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剣士と幼魔の奇想曲  作者: F.Koshiba
第3話 友は貴く煌めく(全10部)
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1.冷たき壁の内にて

 夜になり、雪がちらつき始めた日の事。イーリスは街門守衛の兵士に呼び出された。兵士の屯所に保護されているという魔族の、怪我の治療を頼まれて。

 街の片隅に据え置かれた石箱のような屯所に入ると、中では彼を指名した剣士が、テーブルの席で尊大に座る胴鎧の兵士と揉めていた。

「――それは出来ねえってさっきから言ってるだろ」

「こちらだって、無理なものは無理なんだ。何度説明させる気だ」

 苛立っている剣士とうんざりしている兵士の様子に、イーリスは戸惑う。

「ラウル」

 声を掛けられると彼は振り向き、終わらない兵士とのやり取りを一旦区切る。

「イーリス、呼び出してすまん」

「一体、何があったんですか。……あれ、その腕は」

 ラウルは左の手だけ防具を外し、前腕に端切れを巻いている。

「これは『自分で開いた』傷だ、もう薬で塞いだから問題ない。手当てを頼みたいのはこっちだ」

 ラウルは奥に二つ並ぶ簡易ベッドへと向かった。ついて行ったイーリスは、片側のベッドに横たえられた布包みを目にする。ラウルは自分の防寒マントであるその包みを解き、意識のない、有角有翼の小さな魔族を晒した。手足も黒衣も血と泥にまみれていて、酷く痛々しい。

「……リリム種の、幼子?」

「冒険者達に、殺され掛かっていたのを助けた。抱き上げたら脅かしちまったのか気を失って、そのまんまだ」

 ラウルは視線を落としたまま、そう話した。イーリスは詳細を聞くのを後回しにし、取り急ぎ彼女の治療を始める。

「治したらさっさと外界に放して来い。それを見届けないと俺は持ち場に戻れんのだ。これ以上、時間と手間を掛けさせるな」

 兵士の言葉にかちんとくるも、ラウルはイーリスへの説明を兼ねる形で、荒げそうな声を抑えて返す。

「こいつの群れの仲間は、全部殺された後だった。もう、外へ帰しても生きていけない。帰せないんだから、街に居させるしかないだろ」

「事情がどうあれ、規則は規則だ。お前の要求を通す訳にはいかん」

 瘴気より生まれ出でるリリム種は、最初に拾われた同種の群れの集合自我に加わる事で、守られると同時に生きるための知恵や術を学び、育っていくもの。幼くしてそれを失った彼女が守られもせず学べもせず、たったひとりで、如何にして外界を生き抜けようか。しかし許可なく魔族を街に住まわせる事は、人族の規則に反する。

 こうした経緯があって、魔族の子を外界へ帰す帰さないの押し問答が繰り広げられていたのである。

 それが再開されそうになった時、屯所の扉が開いた。表から兵士に通されたのは、空の高みを映したような鎧の騎士。姿勢を崩していた兵士は椅子ごと転げそうなほど驚いて、起立する。

「これは、ヴァリアレン団長――」

「手負いの魔族を連れて来たというのは、お前か」

 金髪灰眼の彼は改まる兵士をよそにラウルを見、イーリスが治療しているその魔族の姿も捉えた。

 兵士は後から入ってきた気弱な後輩兵士に小声で言う。

「……おい、団長のお耳に入れるほどの事ではないだろう」

「も、申し訳ありません。ご帰還の際に門の守衛が規定より少ない事を指摘されまして、説明せざるを得ず――」

 彼等二人がラウルの相手をするのとイーリスを呼びに行くのとに時間を割かれたせいで、該当の街門の守衛は本来定められた人数よりも少なくなっていた。その間に外界へ出ていた騎士団の一部隊が同門より帰還し、団長の彼が敏く気づいて、慌てて持ち場へ戻った兵士に理由を問いただしたのである。

 ラウルは彼を遠目にだが何度か見た事があり、国王直属の騎士である事を知っていた――が、知った事ではないといった態度で彼の前に歩み出て、訴える。

「……人族の冒険者達が絶やしちまったせいで帰せる群れがない、代わりに育てる奴が必要だって言ってんのに、ここの奴等は街に住まわせる事を認めないの一点張りだ」

 騎士団長にまで無礼に食って掛かられてはまずいと、兵士が割り入って問答の続きを買う。

「育てるという目的ならその魔族に『契約』を結ばせるのが、街への連れ込みを許可する条件だ。長期にわたって滞在させる事になるのだからな」

「契約自体を理解できる歳じゃねえ内に、そんな一生に関わる事をこっちの都合で押し付けられるかよ」

「拒むなら、お前が外界に住めとしか言えん。今ここでの治療を許してやっているだけでもありがたく思え」

 ラウルはイーリスの治療を受けている彼女のところへ戻り、その首に下げられているものを指で軽く引っ掛けてみせた。

「契約させないとは言ってない。自分で考えて判断できるようになるまで、この『仮契約』のままで構わないだろって言ってんだよ」

 数個の金輪が球型を象る中に、小指の先程度の直径を持つ真紅の玉が容れられた、首飾り。その玉は『血界石』と呼ばれ、魔族が人族に対して持つ格別な敵対心の元――瘴気由来の悪意を浄化出来る、この世界で唯一の物質。

 イーリスは理解する。

「それで、腕から自分の血を取って……」

 血界石は、『コライジュ』という植物の樹液と、人族魔族問わず動物の血液とが反応を起こす事によって生じる。

 身体に傷を彫ってコライジュの樹液を滴下すると、滲む血と反応して血界石の微細な粒が生じ、表面に淡く発光する真紅が定着する。その傷紋様――『破紋』を身に持つ魔族は、人族への理由なき敵対心が恒常的に打ち消されるので、魔族は破紋を入れて人族と敵対しない事を保証し、人族は破紋を入れた魔族と敵対しない事を約束する。それが先程から彼等の話に上っている、魔族と人族との『契約』関係。

 人族が知能の低い魔族を手懐けて使役する手段ともなっているが、契約と言えば概ね、特定種の魔族と人族との間で結ばれるものを指す。

 特定種は自身が抱く悪意の不条理を理解する知性と抑制する理性を併せ持っている事により、元々人族に対して友好的な者が多く、街での秩序ある生活を望む事は少なくない。人族としても、魔族との無用な争いを避けられる上に自分達の側に付いてもらえるのは大きな利であるため、彼等の意思を最大限尊重し、対等と平和の合意として契約を結ぶに至る。

 だが今回問題となっている彼女は、特定種ではあるものの身体的にも精神的にも未成熟な子供。自分の意思で決められる時期にない者に、人族側が一方的な契約を強いるべきではないとするのがラウルの主張。

 故に、彼は後々選択の融通が利く『仮契約』での譲歩を願い出た。血界石を所持しているだけでも魔族は悪意を浄化される事から、契約しているのと同じ状態とみなすのがそれである。ラウルが、彼女の契約を求められて兵士から寄越された樹液と自分の血液とで血界石を生成し持たせたので、彼女はこうして、一時的に街へ入れている。

 兵士は大袈裟に溜息を吐く。

「仮契約は石を手放すだけで簡単に破棄出来てしまう信用の低いものだ。日を跨がない程度のごく短い滞在でしか認められていない。本当に面倒な奴だな、気を失っている間に契約させる事くらい簡単だろうに。今ならちょうど傷を負っているのだし、必要がなくなったら肉ごと抉り取ってまた傷を回復させる手もあるのだから、適当なところに――」

「……ちょうど……傷を負っている? 肉ごと抉り取って……?」

 まくし立てる兵士の言い草が、ラウルの逆鱗に触れた。足早に迫り、兵士に掴み掛かる。

「てめえ、一体『何が』この傷を負わせたと思ってやがる、その上まだ痛めつける事を簡単に……!」

「ラウルやめてください! 手を出してはいけませんって、落ち着いて!」

 慌てて飛んで来たイーリスが、身体を張ってラウルを兵士から引き剥がす。

「離せイーリス! どれだけ口で言ったところで通じやしねえ!」

『契約』には、新たな傷と痛みが伴う。ラウルが主張を崩さない根本の理由は、何よりもそんなものから、既に傷つけられている彼女を守るためだった。

 兵士は掴み掛かられた時、自分の身が軽く脆い紙風船にでもなったかのような奇っ怪な感覚に陥って戦慄し、放された後もしばし硬直していた。体感されたものが、聞き及んでいた稀有な体質の持ち主の特異な術によるものであったという理解は、後から追い付く。

「――お前の言い分は分かった」

 静観していた騎士団長が、口を開いた。睨め付けてきたラウルに、彼は淡々とその怒りを解釈して返す。

「魔族の幼子から群れを奪い、傷を負わせたのは『人族』。されば人族が引き取って育てるのが道理。にも関わらず、それに際してまたしても人族の勝手により、幼い身に傷と痛みを重ねさせる等は到底許しがたく、受け入れられないと――。そういう事だな?」

 端的で明解な代弁。イーリスはいくら宥めても収まらなかったラウルの、逆立った毛が寝かされていくのを感じた。

「……ああ」

「ラウルと、イーリス、と言ったな。私は『青の騎士団』の団長を務める、ジーク・ヴァリアレンだ」

 王都の住民なら、誰もが知る名前。改めて威風凛然と名乗られ、ラウルもイーリスも心持ち姿勢を正す。

 ジークは先にイーリスへ目をやり、本来の役割を促した。

「治療の手を止めさせてすまなかった、戻って続きを頼む。以後、執り成しも含めてこちらの一切は私が引き受ける」

「あ――はい」

 我に返ったイーリスはもう鎮まっているラウルから離れ、言われた通り治療に戻る。

 そしてジークはラウルを向き、本題を切り出した。

「お前が要求する魔族の処遇についての可否は、件の詳細を明らかにした上で判断されるべき事柄だ。そのための聴取に、今から協力を願いたい」

 ようやく自分の話を筋立てて聞こうとする者に会え、ラウルに断る理由はなかった。

「ああ、分かった」

 ジークに目配せされると突っ立っていた兵士達が飛び上がって動き出し、棚とテーブルとを忙しく行き来して調書作成の準備をする。しかしその仕事には二人も必要なく、途中で元いた兵士が後輩兵士を肘で小突き、門の守衛へと帰した。

 兵士が着席すると、ジークはラウルと相対して質問を始めた。

「まず、魔族を保護した場所は何処だ」

「イーファの森、北西に並び建つ禁制の石碑の、少し手前だ。追われていて、深層まで逃げようとしてたところだと思うが」

「それを追っていた者達についても、併せて知りたい。如何な理由があって、あの魔族の幼子を手に掛けんとしていたのか」

 ラウルは唾棄するように語る。

「どう見ても、いたぶって遊んでただけだ。あいつ等自身もそう言っていた。十人で、残ったのか残したのか分からない一番小さな最後のひとりを追い詰めて、一斉に弓を引こうとしてたところを止めさせた時にな」

「ならばその者達の所在は分かるか? 外界を含む当国の領内では、やむを得ぬ場合を除き、特定種への加害行為は禁じられている。群れ一つ絶やす虐殺があったのなら、我々は彼等を捕らえて審理に掛けなければならない」

 ラウルの口元が歪む。思い出したくない光景と世にも不快な身体症状が、ありありと思い出されて。

「……全員、死んだよ。群れの遺体から発生した瘴気で」

 話の内容と共に、場の空気が一層不穏に傾く。

「十名全員が一度に死に至るほどの瘴気が発生して、何故、同じ場所に居合わせたお前だけが生還出来た?」

「それは……」

 ラウルは、自信が持てなくなっていた。人とも魔ともつかない女が現れて、瘴気を『食い尽くした』という記憶に。実際それで救われた筈なのだが、彼女に関わる記憶は既に曖昧に揺らいでいて、瘴気にあてられて見た幻かも知れないとも、彼に思わせる。

 ラウルが口ごもって目を逸らした事で、ジークの視線が鋭利なものとなる。

「――よもやお前が、怒りに任せてその者達を殺した、という訳ではあるまいな」

 彼に掛けられる、あらぬ嫌疑。イーリスは治療を続けながら、不安げに耳をそばだてる。

 ラウルは顔を上げて否定した。

「誓って、ねえよ」

「では状況を説明出来るか」

「俺も、一度は瘴気に巻かれた。それで記憶が飛び飛びになってて、はっきりした事は言えない。すぐに瘴気が失せて助かったとしか」

 嘘も不確かも一切なしで、となれば、そういう返答にしかならなかった。女についての記憶はこの後しばらく誰にも話されず、ラウルの内に仕舞われる事となる。

 調書を取っていた兵士が、ここぞとばかりに立ち上がった。

「貴様、そんな有り得ない事をよくもしゃあしゃあと。その妙な力と剣で殺したのではないのか」

 彼は先程ラウルの怒りと力に脅かされた事を根に持っていて、報復的な追及をする。世界の異分子的な『力持たぬ力』への無理解や偏見に今更腹を立てる事もなく、ラウルは冷静に返した。

「遺体を見りゃ、死因はすぐに分かるだろうよ。疑うなら、魔族の餌になる前にそっちを確認してくれ」

 尚も攻め立てようと身を乗り出す兵士を、ジークが遮る。

「そうか。すぐに調査隊の派遣を手配する」

「ヴァリアレン団長! この者の戯言に付き合う必要はございません、後は我々で処理を――」

「引き受けた以上、この件に関する全ての事実を確認するのは私の責務だ」

 睨まれて、差し出た事を言ってしまったと気づいた兵士は直ちに頭を下げる。

「し、失礼致しました……」

 兵士が大人しく席に着いてから、ジークはこの後についてをラウルに告げた。

「お前には調査の間、ここに留まっていてもらう。イーファの森なら入り口までの移動に転送円が使える、一日あれば完了出来るだろう。その結果如何では、留置場所が牢となるが」

「俺にやましい事はない。ちゃんと調べて、捕まらずに済む証明をしてくれ。でなきゃ、俺は牢を破らないといけなくなっちまう」

 ラウルの熱量に対し、冷ややかさを増すジークの眼差し。

「仮の事とはいえ、私に牢破りの意思があると宣言するのか」

 イーリスは見かねて、ラウルを諭す。

「ラウル、私は貴方を信じていますしそんな事には絶対にならないと思っています。だからこそ、あまり大それた口を利かず今は――」

 ラウルは一度、イーリスが寄り添っている彼女の方をちらりと見やった。それから再度、ジークに目を向けてきっぱりと言う。

「俺はあいつの面倒をみると決めてる。あいつから命以外全部奪った自分達の行いすら省みられない規則とやらに、拘束される筋合いはない」

 あくまでも自分の主張を押し通す姿勢は変えない。そんなラウルを見据えて、ジークは少しの間、物思う。

 やがて彼もまた、自らの信念の下、意を固めた。

「……お前の要求は承知した。証言が全て本当だという裏付けが取れたなら、被害に遭い庇護を要する魔族においては仮契約での壁内長期滞在を認めるよう、所管組織に要請を出す」

 兵士が書き留めながら、おずおずと尋ねる。

「み、認められるんでしょうか? この規則は保安上絶対ですが……」

「そこが認めなければ、私から直接、国王陛下に陳情する」

「こっ、こく……?」

 取るに足らないと思っていた案件があまりに大きくなり過ぎてついて行けず、兵士の頭と調書の続きは真っ白に止まる。

「彼の監視は、騎士団の者にさせる。それがここに着き次第、お前は門の守衛へ戻れ」

 兵士に言い置いて、ジークは早々に身を翻し扉へと向かう。

 ラウルが黙って見送る後ろで、イーリスはすっかり驚いていた。忠義の固さと冷徹さから、国王より『牢固たる氷壁』と信認厚く称えられているとも伝え聞くジークが、このように温情的な取り計らいをするとは思ってもみず――。

「――どうして、貴方がそこまで」

 口をついて出た問い。ジークは足を止め、少しだけ見返った。

「……同じ事を、彼にこそ問いたい。人族の咎を一人で背負い、魔族の幼子を今より守り通さんとする強情な気構え、自らに非があり贖罪を求めての事であるのなら理解しやすいが……。基づく真相が、理解しがたい方にある事を願う」

 彼は、冷徹ではあっても冷血ではない。返答から、イーリスはそんな一面を垣間見たのだった。

 

 その後、実際に国王への陳情にまで話が及んだかどうかは不明である。だが、身体に負った全ての傷を癒されたニーナは数か月が経った今も、ラウルから貰った首飾りを大事に持って人族の街に留まり、彼等と共に暮らせている。

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