12.精一杯作られる日常
王都に帰還してから二日後。ラウルは商工の建物がごったに並ぶ通りを歩いていた。良く晴れていて、風は布服だけの身体に心地良く通る。
鍛冶屋の前に差し掛かると、店主のムスタに呼び止められた。
「よおラウル。……あれお前、いつものなまくら剣はどうした? 防具も一切なしじゃないか、珍しい」
剣を背負っていないので、お約束の流れにはならない挨拶。ラウルは訳を話す。
「前の仕事で大怪我して、手当てで外されたのを帰る途中に全部置いて来てよ。明日取りに行くんで、これから適当な店で仮の装備を揃えるとこなんだ」
ムスタは驚き、防具を付けていないせいで余計に細く見える彼の身を案じた。
「おいおい、あんまり無茶はするなよ。具合はもういいのか? やっぱり、剣にはちゃんと研いだ刃先と切先が要るんじゃねえか?」
「見ての通り問題ねえよ。それに切らなきゃいけないもんは切って、依頼は達成出来たからな。怪我は断じてあの剣のせいじゃない」
堂々と言うラウルの元気な様に、ムスタは安心する。
「そうか。まあとにかくそういう事なら、鎧は俺が貸してやるよ。古いが素材の再利用で潰すには惜しいものを、いくつか取っておいてある」
ラウルは願ってもない、と申し出を受ける。
「いいのか? 助かるよ。ついでに、俺のと似た大剣ってねえかな」
「んなもんあるか。普通の両手剣なら用意してやるから、それで我慢しとけ」
「いや普通のは駄目なんだ。あの剣に慣れてから他のやつの扱い方がすっかり分かんなくなってて、ちょっとの事でバラバラにしちまうもんだからさ……」
彼の大剣は何から何まで特殊過ぎて、代わりの務まるものはそうそうない。このあと街中の武器屋を回ってもまず見つからないであろう事に、ラウルは頭を悩ませていた。
難儀な事情を把握してムスタは腕を組み、彼に言う。
「困った奴だな……。分かった、俺が出来る限り近い物を鍛造しておいてやるから、明日取りに来い」
***
翌日、ラウルはイーリスの店を訪れた。今からリタ街道へ置いてきた自分の装備一式を取りに向かう予定でいて、その地点を知るレスターに同行を頼み、ここで待ち合わせている。
ラウルはいつもの白銀色ではなく、砂色の鎧を着ている。ここへ来る前に鍛冶屋でムスタに借りたものである。それと一緒に借りて来られた背の武器に、イーリスは突っ込みを入れる。
「……鉄板に見えるんじゃなくて、本当に鉄板じゃないですか」
ラウルの大剣は、その見てくれからよく無骨な鉄板と間違われる。が、いま彼が背負っているのは正真正銘の、分厚い鉄板。板なので当然、鋭利な刃先も切っ先もない。
ラウルはイーリスに向き直り、剣身と同じ一枚の鉄で成形されて滑り止めが巻かれただけの柄に触れる。
「ムスタが極力似せてくれたんだよ。しょうもない挨拶しながら、いつもよく観察してたんだな。特徴が捉えられてて妙に手に馴染む」
「貴方の背中にも馴染み過ぎていて、剣と入れ替わっている事に気づかないくらいですよ……」
実際、鍛冶屋から薬屋まで歩いて来る間に幾らか顔見知りと会ったのに、指摘したのはイーリスが初めてだった。
「材質と造りが全然違うから強度は不安だけど、剣を取り戻すまでの往路くらいは保つだろ。後の気掛かりは、装備が置き引きに遭ってないかどうかだな。鎧は大分傷んでるらしいし買い替えが利くから諦めつくけど、流石にあの剣は、失くすと困る。また作るのは相当手間だしよ」
「街道は調査が済むまで封鎖を継続していますし、あれは誰かに見つけられたとしても運ぶのを断念させる重さですから、多分無事ですよ。だから自分で取りに行く事にしたんでしょう?」
ホーネット討伐の依頼完了を国に報告した際、後に諸々の確認へ向かう調査隊に装備の回収を頼む手も考えた。しかし鎧はともかく、大剣の方は、彼以外が背負ったならばどんな屈強な戦士でも背骨から潰れ、地に屈服した姿勢のまま立ち上がれなくなる重量。他者に運ばせるのは酷――というのも勿論、理由の一つではあるのだが。
「何より、もうあれとは離れられない仲だからな。唯一、『切っても切れない』ってやつだ。やっぱ俺自身が迎えに行かねえと」
イーリスは微笑む。生彩に溢れる彼とまた、こうして会話が出来ている事を噛み締めて。
そしてふっと思い出す。
「仲と言えばラウル、あの、聞こうと思っていたんですけど……。『ルノア』って、どなたですか?」
ラウルは小首を傾ける。
「ルノア……? さあ、何の話だ?」
「貴方が息を吹き返した時、最初に呼んだ名前だったので、私の知らない大事な人か何かかと……」
「俺が、呼んだ? 覚えがねえけど……いや、うん……?」
それに関する記憶は、近付いたり遠ざかったりして揺らぎ、既に彼を弄んでいた。
考えていたところに、いつもの装備を整えたレスターが到着する。
「よう、待たせたな。あれから調子はどうだ?」
「もう何ともねえよ。ただ寝てた分、なまってるかもな。そっちは?」
「やっと身体の軋みが取れた、問題ない。……というかお前、大剣もうあるじゃないか。それを取りに行くんじゃなかったのか?」
レスターはラウルの背を指して目を丸くする。ラウルは無言でそれを外し、彼によく見せた。
「……鉄板じゃないか。騙すなよ」
「勝手に騙されたんだろ」
そんな緩い空気でルノアという名については曖昧なままとなり、やがて二人の出発に際して、イーリスはもう一つ大事な事を思い出す。
「ああそうだ、薬。ちゃんと飲んで行ってくださいよ」
彼が棚から出してきてカウンターに並べ置いたのは、例のごとく、瘴気あたりの薬瓶。ラウルはあからさまに嫌そうな顔をする。
「また五本……? いや多いだろどう考えても。今日は大量討伐じゃねえんだし」
「いいえ、外界では何が起こるか分からないというのを改めて思い知らされたばかりですし、実際これで延命されていたお陰で、貴方は助かったんですからね」
それは分かっていても、ラウルは好き嫌いする子供じみた態度を取る。
「まとめて飲むのは、嫌なんだよなあ……。舌は渋みで自由が利かなくなるし、喉は薬なのか胃液なのか分かんねえイガイガが張り付いて、逆に具合悪くなる気がするしよ。ほんとにこんないらねえって、摂り過ぎも良くないもんだろ?」
「一回の用量内ですから心配いりません。お代もいりません。全部飲むまで店を出しません」
イーリスは何が何でも飲ませる意志を固めていた。
そこへ響いたのはしょっちゅう聞かれる、上から転げ落ちるように階段を下る音。奥の壁から小さな二本の角が生える頭を出し、彼女は店の中を伺う。
「ニーナ、だから階段の上り下りは静かにと――」
イーリスの注意を素通りし、彼女はぱたぱたとラウルに駆け寄る。
「ラウル、治ったか? 痛いとこは? キブンは?」
両手を胸の前で組み、ラウルを見上げて真剣に聞く。それを大層可愛らしく思い、ラウルは笑って返す。
「ああ、もうすっかり良くなってるよ。心配かけたな」
件の後にイーリスが確認したところ、彼女は、自分がラウルを助けた時の事をよく覚えていなかった。こちらも力の正体が謎のまま、彼等の中に一旦置かれている。
良くなったと言うラウルに対し、けれどニーナは何故か納得せず、問い詰める。
「……ほんとに? 平気? 全部? どっこも? 悪いとこないか?」
「へ……? まあそう言われりゃ、横になってる時間が長かったせいで背中と腰が痛くなったのは、まだ残ってる気がするけど……」
良くなったのが良くなかったのだろうか、とややこしい事を思ったラウルが適当に答えると、ニーナの表情が明るくなった。
「なら、これ飲め!」
彼女は両手の中に包み持っていた品を、ラウルに押し付ける。
「……何だこれ?」
受け取ったのは薬の小瓶で、中に詰められているのは見た事もない――いや、色だけは確実に見た事のある、どす黒い液。
イーリスは頭を押さえた。
「あああ、また目を離した隙に勝手に作って……」
レスターがラウルの横から瓶を覗く。
「今度は、一体何を作ったって?」
「薬です、白魔法の勉強を熱心にしてくれるようになったのは良いんですが、その過程で薬の生成にはまってしまって……。材料をごっそり使ってしまうし、処分に困る薬を大量に生産してしまうしで、参っているんです」
ニーナは、ラウルを助けた覚えよりも、ラウルを助けられず悔しかった覚えの方をしっかりと心に刻んでいた。彼が怪我をした時に自分が白魔法を使えたら――という思いの強さから、帰還後、以前には興味がなかった白魔法の勉強を、自らイーリスに請うたのである。
そんな、『彼女の気持ち』が詰まった瓶。ラウルはみるみる顔色を悪くする。
「……て事は、『例のやつ』の再来……?」
まだ記憶に新しい、彼を一週間寝込ませたチョコレートの、液体版。
それでも一応薬なら、とレスターがイーリスに尋ねる。
「何か効果とか、使い道はないのか?」
「臭いを嗅いだだけでも意識が飛ぶ代物ですからねえ……逆に、既に失神している場合には『気つけ』になるかも――」
「……勘弁してくれっ!」
薬瓶の並ぶカウンターにニーナの薬も放り出し、ラウルは店を飛び出す。
「あ! ちょっと私の薬も飲まずに――」
「ラウル逃げるなあっ!」
二人の声を振り切って、彼は一目散に、日常の冒険者生活へと駆け戻って行った。
桜火剣乱の一日・終




