10.力と心は秘められて
白魔法は正常が損なわれた事による様々な身体症状を治療出来るが、疲労に対しては生死に関わる状況でもない限り用いられず、休養が最も有効な回復手段とされている。
皆疲れ、流石に治療者のイーリス自身にも、女王の火葬とラウルの治療で疲労がどっと押し寄せてしまった。重傷に重症が重なっていたラウルは命に支障のない外傷にまで治療の手が十分回っておらず、シャラとレスターも応急処置の状態でイーリスの回復を待たざるを得なくなったので、彼等はその日の帰還を諦め、洞の中での野宿を決めた。
ラウルは最初から居る一番奥で横になったまま、身体が休息を求めてまた眠り込んでいる。彼に掛けられたマントに一緒に包まって、ニーナもすやすやと寝ていた。
シャラとイーリスとレファレッドの三人は焚き続ける火を囲い、座っている。レスターは見張りをすると言って洞の口に近いところで一人腰を下ろし、外に目を配っていた。
ようやく本当に一息吐けたところで、イ―リスが口を開く。
「――あの時、一体ニーナに何が起きたんでしょうか」
ラウルに口付けるニーナが立ち昇らせていた、正体の不明な金色。イーリスは過去に感じた何とも異なるその光が一度絡んだ指先を見つめる。
彼のすぐ隣のレファレッドは、端から頭に浮かんでいた事を発した。
「……あの子は、『リリス種』の力を使ったんじゃないかね」
シャラもイーリスも、彼女に驚きの目を向ける。
「リリス種? まさか」
「ニーナはラウル中から瘴気だけを吸い出して、発生源もろとも平らげたろ。瘴気そのものを操って自分へ移した事になるけど、そんな力、リリス種以外でついぞ聞いた事がないよ」
リリス種は、リリム種が変異し、瘴気を操る無二の力と無限の寿命を得たものとされている。だがその存在は古い歴史資料や言い伝えの中に残るのみで、現在は一体も確認されておらず、真偽の一切が不明である。
シャラはレファレッドに尋ねる。
「魔族の間では、リリス種の話はどうなってるの? もしかして何処かに生息しているのを知らないのは、人族だけとか……?」
「あんたらのと対して違わない噂話しかないよ。まあ、あたしが知らないだけかもしれないけどね。ずっと人族側に居て、外界に知り合いは少ないし」
言って手にした柴木の先に焚火を貰い受けたレファレッドは、焼きマシュマロでも楽しむ風にぱくつく。
イーリスはニーナを見やる。
「実際に目の前でラウルの命が救われた訳ですから、リリス種の話は本当で、リリム種のニーナはその力を秘めているのだと、思えてしまいますね……」
彼等が話す傍ら、何かに気づいたレスターが洞の口から身を乗り出して、上方を注視する。シャラが声を掛けた。
「レスター、何かいるの?」
「あっちの崖縁に、カガリザクラが咲いた。あんなところにも生えていたのか……」
「えっ、どこ? 見たい見たい」
彼女は立ってそちらへ行き、彼の指す方を伺う。
「――わあ本当! 今年はすっかり諦めていたから、一本でも見られて良かった」
彼等の睦まじい後ろ姿を見て、イーリスは微笑む。
「今日は、本当は二人で花見に行く筈だったんですよね」
シャラはカガリザクラに輝きを貰った笑顔で振り向く。
「ええ。そう言えばイーリス達が知っていたのは、ニーナちゃんに聞いたからよね? 直接話したのって、確かニーナちゃんだけだから」
「そうですよ。ラウルが今日の仕事を誰と行くか考えていた時に、シャラ達は無理だと教えてくれたのが彼女で」
うんうんと頷き、シャラは昨日の朝の事を話す。
「レスターと二人で街をあちこち回ってる時に、イーリスの店の前で遊んでるのが見えたから声を掛けたの。デートの準備だって話したら、デートの意味を熱心に聞かれちゃってね、仲の良い相手ともっと仲良くなれるお出掛けだって説明して――」
レスターが話される内容の小っ恥ずかしさに、赤らむ顔を片手で覆う。
「……俺から離れている間に、そんな話をしてたのか。ニーナにはまだ早いだろう」
「あら全然? ニーナちゃんには、もう大好きな人がいるんだもの」
シャラとイーリスが笑う中、しかしレファレッドのみ、シャラの話を聞いた段階で真顔になっていた。額に手を当てて、何故か謝りだす。
「……えっと、すまないね。今回ニーナがやたらとラウルの仕事について行きたがったのは、あたしのせいかも知れない」
皆きょとんとなる。
「それは、どういう事ですか?」
「カフェでラウルと話してる時、あたしがこの討伐の仕事をデート、と呼んだんだよ。あたしは最初、これにイーリスを誘う気でいてね。でもラウルに打ち明けたら渋い顔されて、自分が引き受けるって言い出したからやめて……。つまるところニーナは、ラウルとデートがしたかったんだろうよ」
その説明で、イーリスは絶対にラウルと行きたいと言って癇癪を起こしていたニーナに合点がいった。
「道理で……。いつも以上に聞き分けてくれなかったのが、引っかかっていたんです」
シャラは目を細くする。
「行きたい本当の理由が言えなかったのは、恥ずかしかったからね。相変わらず――」
――ラウルと、もっと仲良くなりたい。
それが本当の理由であるという結論に、異を唱える者は居なかった。
シャラは再び外に向き直り、そこからカガリザクラを仰ぐ。
「……何だか、私達を夜から守ってくれているみたい。表で、もっとよく見たいなあ」
「……仕方ないな。危なくないように、ここから目の届く範囲にしろよ」
さらりと流されたシャラは急にむくれ、レスターの腕をむんずと掴んで引っ張り上げる。
「なに動かない気でいるの、貴方は私が行きたい本当の理由くらい、言わなくても分かるでしょ!」
「いった……! ああ分かった分かった! 行くから引っ張るな、また折れる」
行き損なった花見の代わりを、少しでも――。腕をもぎり取られそうなほどの強い意向を受け、レスターはそこかしこ軋む身体を押して、彼女と表へ出た。




