吾輩は山椒である・リターンズ
吾輩は山椒である。
都々逸調で名乗るなら、
「木から摘まれて、干されて摺られ、そして小瓶に詰められた」
ってトコだ。
今回は最初から正直に言う。
吾輩の望みは、鰻と一体化することである。
銀シャリという寝床の上で、鰻と添寝をしてみたい。
期待しない、期待しないといいながら、内心はずっと期待していた。
大森家の食卓に、鰻が登場する日を。
期待して出てこないのだから、期待しなければ逆に出てくるんじゃないかという浅ましい料簡もあった。
そうして出会ったのは、サンマの蒲焼き、穴子、精進うなぎと、ベクトルの方向が微妙に違うものばかりだった。
しかし今回は、期待する余裕もなかった。
戸棚から取り出された吾輩は、相手を見極める間もなく、ボウルのなかへと放り込まれた。
待ち受けていたのは、かなりスイーツな相手だった。
真っ白な甘い肌を、吾輩にねっとりと絡ませてくる。
フライパンで焼かれたあとは、純白の肌は、美しい小麦色へと変わった。
性格も豹変した。
最前のしつこさは消え、ふわふわと軽薄なほどだ。
彼女は、ホットケーキミックス粉だった。
彼女と渾然一体となり、ともに焼かれた吾輩は、今、この家の主・飯太郎の前に置かれている。
しかし、ホットケーキに山椒って、どう考えてもおかしくはないか?
スイカに塩と同じで、少量なら舌の気晴らしにもなろうが、色が変わるほど入っている。
美味いとは思えない。
飯太郎も、微妙な面持ちで眺めている。
どっから出たんだ、このアイディア。
その時、吾輩の脳裏に、昨日見た光景が浮かび上がった。
ヘッポコ主婦の郁代は、献立に困ると、キッチンカウンターに置いたパソコンでレシピを探す。その閲覧先に、有名なレシピ投稿サイトがある。
そこはまさに玉石混淆の世界で、プロ顔負けのレシピや、美味しい家庭料理が載っている一方、ゴミクズのような料理も多い。
不思議とゴミクズ料理に限って賞賛が大きかったりする。お友達票というやつだ。
玉ねぎを粗めのみじん切りにして、器に入れ、牛乳ザバー。小麦粉ザバー。ぐるっとかき混ぜ、バターをのせて、レンジでチン。
「じゅえりんぐママ謹製☆レンジde簡単・本格シチュー!」
というレシピに対し、
「やってみたらビックリ、レストランの味!」
「簡単なのに美味しくできました!」
「じゅえりんぐママさんの時短テクは参考になります!」
などの「ありえねえ」コメントが並ぶ。
それはマシなほうで、切ったちくわにマヨネーズをかけて「料理です!」というのもある。
もっとひどいと、袋から出したちくわをそのまま皿に置き「料理です!」とのたまう。
それもビックリだが、
「素材の味を活かした料理、最高です!」
「時短ですね、賢い!」
と、どこまでも褒め讃える“お友達”の根性にも驚くし、
「小手先ばかりの自分に気付きました。基本に戻ろうと思います。ありがとう」
と感謝を捧げているコメントには正気を疑う。
まあ、そんなことはどうでもよい。
昨日、パソコンに向かっていた郁代は、振り返って一瞬吾輩を見た。
おそらく、あの時に見つけたのだろう。
「も・ち・ふ・わ☆ ジャパニーズハーブでパンケーキ!」
とか、そういうものを。
なぜ菓子か。せめて、おかずにしようよ。
魂が半分抜けた吾輩の耳に、郁代の甲高い声が響いた。
「どう、パパ。美味しい?」
「うーん」
飯太郎は首を傾げた。フォークを持つ手も、三分の一を食べたところで止まっている。
だよねだよね。やっぱり不味いよね。
よし言え、飯太郎。家長の威厳で言ってやれ。
不味いと。
俺の稼ぎを無駄にするとはどういうつもりかと。
まともな食材からゴミを生成するオマエは、どこの三流錬金術師かと。
飯太郎が言い返す前に、郁代が言葉を続けた。
「外国では山椒が大人気なのよ。その希少性から高値で取引されているんですって。最高級品は、『緑のダイヤ』と呼ばれているらしいわよ」
うん、そうらしい。
吾輩のじっちゃんである山椒の木も自慢していた。
でも、使うのは肉や魚料理だから!
ケーキには使わないから!
「ほう、そうなのか」
そう答えた飯太郎の声には、弾むような張りがあった。
目にも光が戻っている。数秒前までは、砂浜に打ち上げられて「あと30秒で死にます」という魚のようだったのに。
典型的な日本人である飯太郎は、「外国では~」という言葉に弱い。「海外では」「欧米では」「欧州では」「北欧では」にも弱い。
具体的な地名、「アメリカでは」「イギリスでは」「フランスでは」を出されれば、簡単に考えを変えてしまう。
しかし、アフリカ・アジア圏にはあまり揺らがない。そういうところも実に日本人らしい。
「そうだな……」
フォークを置いた飯太郎は、しばし考え込んだあと口を開いた。
「コングロマリットしたような味だな。しかし、この絶妙なハーモニーはクセになるかもしれない」
ソムリエ気取りか、ジジイ!
つか、「コングロマリット」と「こんがらかってる」をごっちゃにしてないか? 複合企業みたいな味って、本気の発言?
「冬枯れの大地に降る優しい春の雨」
まだ続くか。
「枯れ草の間から萌えいずる若き緑の躍動。命の煌めきを感じ、そわそわと犬小屋を出入りする犬」
ごめん、マジで意味が判らない。特に最後のが。
犬小屋を出入りする犬以外の生き物がいたら怖いわ。
飯太郎は、グラスを口に運んだ。
恰好をつけたのかもしれないが、牛乳ではさまにならない。
「そういう諸々のものが混然一体となって、もれなくフィットネスな感じだな」
もれなくフィットネスって何だよそれ! もしかしてフィットって言いたかったのか? それでも十分おかしいが。
しかしそこは、われ鍋とじ蓋夫婦である郁代。組んだ指に二重顎を乗せ、うっとりと飯太郎を見つめるのだった。
「さすがパパ! 表現が豊かだわあ。既成概念に囚われず、新しいことに果敢に挑むところも、好・き!」
飯太郎が誇らしげに鼻の穴をふくらませる。
ああ、いいように転がされてるよ。
しかし、よく見ろ。
ババア、自分の皿を横に押しやってるだろ。一口食っただけで、あとは手ェつけてねえだろ。
それが答えだ。
もういい。抗う気力も失った。
声をなくした吾輩は、ホットケーキという名の舟に乗り、牛乳でできた真っ白い激流へと押し流されていった。




