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リユニバス -Re Uni Birth-  作者: ドージ童子
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【第一章】アンバックの森(1)未知との邂逅

アンバックの森、危険度2。


例、人類騎士研修団上級生が、何とか帰れるレベル。


かつて「ドーカイボク」と呼ばれていた巨大島、その一角が超生物の被害を受け魔都へと変わった。


鉄を食べる銀角の鹿、宝石を収集する白い鳥。返り血により赤く染まった白い金眼熊。


その超生物たちは忽ち一帯を制圧すると、しかし人の気配を感じ取れなくなるや否や


まるでどうでもよかったかのように、そこを放棄。


年と共に、超生物の影響からか見たことのない植物が生い茂り


また、その草を主食とする超生物がゆっくりと住み着いていった。


機械文明の影は僅かに残りながらも、そこは完全なる「森」へと回帰した。



やわらかな雪が降り積もる。


吐く息は銀色で、一面の白が月光を反射して辺りは普通よりは明るかった。


この森には「帰らず」などありふれた異名がついている。


ありふれているが、分かりやすいのは良いことだ。


そのほうが被害もなく、また名前で雰囲気を察し近寄ることもしないだろう。


下手に変な名前を付け、興味本位で入られてしまえばもう無意味なのだから。


そして、そんな森の恐怖の夜を、静かに歩く2人と一匹がいた。


女の深紅の髪が、吹く寒風に当たって左へ靡けば手で押さえ


「……そろそろ、限界か。」と辺りを見回し


黒いマントに積もった雪を、煩わしそうに男が掃い


「あの辺りならばどうだ」と深紅の女に提案する。


彼女が口を開く前に、その横を銀色の巨狼が通り過ぎ


顔色を変えず、静かにそこらの雪を蹴立てた。


「リフィル、ステイ。」


女が静かに言うと、狼……リフィルは動きを止め、あっけらかんとした顔で女を見た。


「ティーダ、頼む。」


女が男へ振り向きながら言う。


声を受けたティーダという男は、右腕の袖を上げる。


青白い病的な肌には、それに反して鮮やかな赤い呪術模様が彫られていた。


ティーダはその掌を空へと掲げ「守れ」とつぶやいた。


直後、三つの影を包み込むように青い光が半円状に形成されたと思うとすぐ見えなくなった。


それを境に、内側には過ごしやすい空気が吹き込み、地面の雪は解ける。



「それじゃあまず、簡単に自己紹介しましょうか。団長さん?」


「元、だがね。いいとも、獣使いさん。といっても、私の説明は必要かな?」


「一応、知ってるのは名前と三年前の功績位のものだし。」


赤い髪の女はそういって、巨大な銀狼の額に手を添えながら語りだした。


「訳あって、今は名乗れない。私は追われている、何処からとはまた言えないが


 しかし名乗らないこともまた不敬と知る。ならばそうだな。


 今の私はロギと名乗ろう。赤髪のロギ、そして銀狼のリフィル。


 一人と一匹の逃避行の様なものだ。」


そういって、ロギはティーダに向き直る。


ティーダはロギの視線を受けて、「次は私か」と体勢を立て直す。


見たこともない銀の巨狼をちらちらと興味ありげに見つめながら男は口を開く。


「……あぁ、俺は名乗れないというわけではない。


 ティーダ、ティーダ・アインスというのが俺の名だ。


 人類騎士団の大団長やってはいたが、どうにも合わず抜けてきた。


 退団手続きを終え、帰る道々お前を見つけたということだ。……これで、いいか?」


「シンプルで結構。」


ティーダの自己紹介を聞くと、はいはいありがとう、とでもいうようにやや冷ややかに手を振った。


それに応じるようにリフィルが短く吠える。


耳が痛くなるほどの静寂。


一組の男女はお互いの名前を、経歴を明かした。ただ、そこで会話は終わってしまった。


ティーダはこれ以上の会話を必要と思わなかったし


ロギはそれよりも、リフィルとの些細な戯れに興じていた。


僅かな物音は雪に消され、聞こえるものはリフィルの鳴き声と……



パキリッ、と木が折れるような乾いた音が辺りに響く。


それはとても大きな音。木の枝が折れるような小さな音ではなく、そう……


巨木が自らの重みで折れるような、雷が落ちたような、そんな巨大な音。


そして突如、リフィルが走る。


「あ、待ちなさいリフィル!」


飼い主のかける言葉も聞かず、しかし途中でこちらを振り向き


「早く来い」と言わんばかりに大きく吠える。


体を低く座っているのは、背中に乗れという事だろう。


男女はためらいながらも巨狼の背に乗り、迷いの森を駆け抜ける


数秒かからぬうちに、先程までいた処の焚火は見えなくなっていた。


「ずいぶんと、逃げ足の速い狼だなぁ。リフィル。」


ティーダが軽い調子でそういうと、わずかに走りが荒くなった。


怒っているのだろうか。見た目に似合わず、可愛いところがあるとティーダは思った。


しかし、そんな緩い思考もすぐに切り替え、視線を上にあげる。



そこには、巨大な「何か」がいた。


夜だからよく見えなかったが、これは分かった。


そこらの木々よりも巨大なそれは15m以上はあるように見えた。


そして、月光に照らされて幾分かは姿が見えた。


月光と、雪が返した光により浮かび上がるシルエット。


ティーダにはそれが、「鹿」のように見えた。


月の逆光に浮かぶその角は、まさに悪魔の羽根に見えた。


先端に人の死体が引っ掛かっているのではないかとよく見てみたが


リフィルにしがみつくので精いっぱいでそこまで見れなかった。


巨大な鹿はゆっくりと首を下げると、先程まで自分たちがいたであろう地点に頭を下ろした。


もう焚火は見えないのに、その光が鹿の角に反射して美しく青い光を四方へ散らすように思えた。


その巨大さと異様さの割に、ティーダにはあまり恐怖はなかった。


いや、むしろそれを「美しい」と感じ、敬意すら感じた。


ああいう存在をきっと、「獣の王」というのだろう。


「……なんだ、そこにはもう何もないのに……。」


そう、ぼそりとつぶやいた。


ロギにも聞こえないような、そんな小さな独り言だった。


そうだ、もしかすれば自分にも聞こえない音量だったかもしれない。


それでも、巨大な鹿は、ティーダがつぶやいた直後にそちらを「見た」。


「……っあ、おい!止まるんじゃないよリフィル!速く逃げないと死ぬよ!」


悪寒が走った。


それは当のティーダのみならず、ロギもリフィルもそうだろう。


「見られた」と感じた直後、リフィルが走るのをやめたのだ。


なんとか数秒の間はあったものの、ロギが再び走らせたが……


その数秒だった、それだけで


巨大な鹿は激しい音を立てて大地を蹴り上げ、すぐ目の前に降り立ち


世闇の中から二人を見下ろしていた。


先程は逆光で見えなかったが、逆の方向に現れたため、その姿は月光に照らされよく見えた。



まず、それは確かに鹿だった。


目の前に降り立った蹄は大地を抉り砕くほど固く


しかし黒光りするその表面には一切の傷がなかった。


次に、やはりそれはデカかった。


先程は15mと見積もったが言い直そう。


闇夜でよく見えないとはいえ、これは騎士城を見上げているような感覚だ。


騎士城は大体、25mと聞いている。


そのうえソレは高さだ。先ほど頭の上を飛び越えた時に見た「全長」


それを図るとなると、このバケモノはどれほど巨大なのか。


嗚呼、そしてその鹿は、やはり美しい。


先程の蹄もそうであるが、全身の毛並みがまるで上質のシルクのように


風を受けてざわめいて、茶色の色は金の様。


同じく靡く大量の胸毛も、一本一本がまるで針金の様に白銀の光をしていた。


撃つ櫛津整った顔立ち、金と銀の毛並みの上に、三つの目が違う宝石の輝きを示す。


強い意志宿す情熱、ルビーの様な赤い右目。


深い感情宿す悲愴、サファイアの様な青い左目。


大いなる知恵宿す、エメラルドのような緑の眼が額についていて


そして、なによりも目を引くのはその両脇にくっついた巨大な双角。


本体がそれほどの巨大ならば、その角はさらに雄々しかった。


光を受けて輝くそれはそういう形の宝石のような


まるで、顔の両脇から巨木が葉をつけずに育っているような


悪魔の翼のような……恐ろしかった。



そんな存在が今、彼らの前に立ち、彼らの道を阻み、彼らを見ている。


ティーダは、いやロギも、狼のリフィルでさえ動くことができなかった。


やがてロギが、ハッとしたように口を開いた。


「……世界に本来いなかった、いやもしかしたら潜んでいただけかもしれない。


 超生物中の超生物……幻想種。


 その、さらに希少種と呼ばれる中の……あぁ、そうか……こいつが」


「……未だ一桁数の個体しか確認されて、いない……。」


ロギの言葉に続いて、思い出したように言葉を紡ぐとリフィルがやっと正気を取り戻し


目の前の巨大獣にむけて喉をうならせ威嚇する。


ティーダはリフィルを見て、その背に手を添えると再びその巨獣を見上げ


恐れと、畏れ込めて、こう呼んだ。




「――幻獣王種。」




やがて日の上り始めた夜に、歌うような高い鳴き声が木霊した。

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