深夜の空腹に気付いたのでラーメンを食べます
空腹を感じて目を覚ました。
隣を見ると彼が眠っている。
枕元の時計を手に取ると、午前2時。
「うう˝ーん」
私は唸った。
こんな深夜に目が覚めてしまうとは。しかも空腹で。
最近筋トレを始めたせいでお腹が空きやすくなっているのだろう。
今月の目標は1日20回の腹筋である。(未だ達成はしたことはない)
インスタントラーメンが食べたい。
私の空腹はよりによってインスタントラーメンという深夜に最も食べてはならないものを欲していた。
食べるか否か、私は、時計を見て、彼を見た。
それから彼を起こさないようにそっと彼の腹筋を擦る。
うらやましい。私もぜひカチカチの腹筋を手に入れたい。
気持ちは、ラーメンを食べないことに傾いていた。
「よし、ラーメン食べよう」
しかし、悲しいかな。気持ちと身体は全くの別物なのである。
私のお腹がラーメンを要求している!
私は、そうっとベッドから下りて、インスタントラーメンを探すべく寝室から出た。
階段を軋ませないよう慎重に下りる。
しん、と静かな暗闇の中で、私だけがひっそりと動いていた。
台所に着くと、食器棚の下の引き出しを開けた。
何味にしようか。あっさり塩ラーメンがいいだろう。ダイエット中だから。
「豚骨にしよう」
気持ちと身体は別物なのである。
がさごそと引き出しを漁る。
しかし、お目当ての物は見つからなかった。
そういえば、彼がインスタントラーメンを食べているところは見たことがない。
つまり、この家にはそもそもインスタントラーメンが存在しないのだ。
私は絶望に打ちひしがれた。
こんなことなら荷物に即席麺を入れてくるべきだった。
渋々と引き出しを閉める。
仕方ない、あるものを食べて今日は寝よう。
「コンビニでラーメン買おう」
最早言うまでもないが気持ちと身体は別物だ。
しかし、コンビニでインスタントラーメンを買うためにはもちろんお金が必要だ。
そして、財布は寝室に置いてある。
当然取りにいかなければならないが、その際に彼を起こさないように細心の注意が必要だ。
ダイエットを宣言しているのに深夜にラーメンを買いに行くことがバレるのは嫌だ。
きっとバレたら私のお腹をぽんぽん叩くに違いない。
私は息を潜めて階段を上った。
寝室に静かに忍び込む。
彼はベッドで眠っている。
隣にはクマのぬいぐるみが置いてあるのが可愛らしい。
ベッドは、東側、財布が入っている箪笥は西側にある。
ある程度距離もあるのできっと気付かれないだろう。
私はすり足で箪笥の前まで行くと、音を立てないように引き出しを開け、財布を取り出した。
閉めるときに音がしてしまっては意味がないので、開け放しにしておく。
財布を手に入れることができてほっとする。
案外彼も起きないものだ。
私は彼が寝ているであろうベッドに目を向けた。
しかし、先程まであったベッドの膨らみが、ない。
ベッドには2体のくまのぬいぐるみが仲良く並んでいる。
しかし、肝心の彼がいない。
起きたのか。それとも、ベッドから落ちたのか。
心臓がばくばく鳴っている。
まさか、
そう思いながら寝室の扉に目を向ける。
そこには、彼が、いた。
仁王立ちで私のことをじっと見据えている。
暗闇の中で少しも動かずに私の動向を伺っているのだ。
いつの間に移動したのだろうか。全く気付かなかった。
「何をしている」
暫く無言で見つめあっていたが、先に声を発したのは彼だった。
「ト、トイレに行こうかと・・・」
何かいい返しはないかと考えたが、何も思いつかない。
とりあえずトイレだと言ってみる。
それから、財布を後ろ手に隠した。
彼は大股で私に歩み寄ると、財布を取り上げた。
「こんな時間に買い物か」
彼はどうやら怒っているらしい。
眉間に皺を寄せていつもより低い声で私を問い詰める様に話す。
「お、怒ってますか」
私は震える声で尋ねた。
そういえば、以前にハンドクリームを買いに行った時にも彼は不機嫌になった。
私が買い物に行くことには全面的に反対しているのかもしれない。
彼は何も言わずに私を見下ろしている。
怖い。最近の彼は穏やかだから忘れていたが、彼はヤンデレている可能性がある。
そういえば、首を絞められそうになったのも夜中の、この部屋だった。
首、首、首を守らなくちゃ。
私は、彼に向って両手を真っ直ぐに差し出した。
彼は、不機嫌そうな顔はそのままだったが、反射的に、とでも言うのだろうか。
私の脇に手を差し入れて、抱き上げた。
それから横抱きにされる。
この格好なら私の体重を支えなければならないので彼の手は自由にならない。
私の首も安全である。
「か、勝手に出掛けようとしてごめん、なさい。」
とりあえず謝っておく。殺されるのはごめんだ。
「ラーメン、食べたかったんです・・・」
小さな声でぼそぼそと言う。
彼はちゃんと聞き取ってくれたようで、うん、と頷いた。
ダイエットするって言ったのに、情けない気持ちになったが、ばれてしまっては仕方がない。
「だから、今からラーメン買ってきていいですか」
そう言うと、彼は横に首を振った。
私は予想外の答えにぎょっとした。
素直に私のお願いを伝えれば彼は言うことを聞いてくれるはずなのに。
「ラーメン・・・豚骨・・・」
と呟いてしょげていると、彼は私を抱いたまま歩き出した。
寝室から出て、1階へ下りる。
彼は私を食卓の席に下ろして、座らせた。
それから、私の頭をぽんぽんと撫でると玄関を出た。
これは、彼が買ってきてくれるということだろうか。
私は大人しく座ったまま、彼の行動について考えることにした。
彼の怒りポイントは理由を告げずに出かけることのようだ。
今回は、出掛ける前に彼にラーメンが食べたいということを伝えたから以前の様に殺されかけはしなかった、ということだろう。
それから、彼が不機嫌になったときは抱っこで両手の自由を奪うことが有効だということが分かった。
一時はひやりとしたが、なかなか良い情報を手に入れることが出来た。
***
彼は、大量の袋を抱えて帰ってきた。
慌ててかけよると、中身は全てインスタントラーメン。
豚骨が多めだが、塩、醤油、カレー、シーフードなどバリエーションに富んでいる。
彼はお湯を沸かしている間に戸棚にラーメンをしまった。
豚骨ラーメンにお湯を注いで、2人とも席に座って待つ。
しかし、ラーメンは一つしか用意されていない。
「あの、食べないんですか?」
尋ねると、彼は頷いた。
「じゃあ、えっと、寝てていい、です。夜中にごめんなさい」
気を使ったつもりだが、彼は首を横に振って動かない。
食べないのにここにいて何か楽しいだろうか。
あるいは、私がまた勝手に出掛けないか警戒しているのかもしれない。
豚骨の香りが広がって、涎を垂らしそうになる。
食欲をそそる香ばしい香り。
私はフタを開けようとして、彼の手に止められた。
彼はきっちり三分計ってくれているらしい
私は、大人しく三分経過するのを待った。
彼が頷いたのを確認して、蓋を開ける。
香りが濃厚になり、この時点で幸せだ。
彼が割ってくれた割り箸を受け取り、麺を一口分掴むと、ふうふう息を掛けてから口に運んだ。
麺の頼りない細さ、安っぽい薄さ。そしてそれに絡むジャンクなスープ。
それが堪らない。
何故こんなにインスタントラーメンは美味しいのか。
私はご機嫌でちゅるちゅると麺を啜った。
一通り食べ終わって、彼を見る。
彼も私を見ていたようで目が合った。
本当に何もしないでただ私が食べ終わるのを待っていたのか。
なんとなく彼が気の毒になった。
私だけ楽しんでしまって申し訳ない。
私は、スープに浮かんでいるナルトを箸で摘まんだ。
そのまま彼の口の前まで持ち上げると、彼はぱくりとそれを食べた。
もしかしたら彼はジャンクフードを受け付けない人間かと思ったが、そうではないらしい。
チャーシューも箸に取り、彼の前に運ぶ。
彼はやはり、ぱくりと食べた。
「美味しいですか」と尋ねると、頷かれる。
「何味が好きですか」と尋ねれば、首を横に振る。これは、何味でもいいです、という意味だ。
私は、スープの底の方に溜まっている少量の千切れた麺を掬っては自分で食べたり、彼に食べさせたりした。
いよいよ食べるところが無くなった。
ご飯を投入したい、と思ったが、この家では基本的にパンしか食べないので米はない。
それに、白米を求めれば彼はきっと家を出て、大量の米を購入してくるに違いない。
そこまでしてもらっても困るので、ダイエット中でもあるし諦めることにしよう。
私は、ずず、と一口スープを飲んで、深夜のご飯を終えることにした。
彼に渡すと、彼も一口スープを飲んだ。
それから、洗面台の前に立って二人並んで歯を磨いた。
歯を磨き終わると、彼は私を抱いて寝室へ上がった。
どうやらこの体勢を気に入っているらしい。
殺されるかもしれない、と思った時にはこの格好を何とも思わなかった(思っていられなかった)が、普通の状態でこんなに密着していると思うと恥ずかしい。
私は顔を赤らめて、彼の腕の中で縮こまった。
ベッドにそうっと下ろされて、「ありがとうございます」と言うと、彼は頷いた。
彼も私の隣に寝るが、私の方を向いている。
何だろう、と思って彼を見つめ返すと、ぽんぽんとお腹を撫でられた。
「や、やめてください」
やはり、彼に馬鹿にされた。これだからばれたくなかったのだ。
彼は嫌がる私を見て、目を細めた。
「おやすみなさい」と言うと、返事の代わりにさすさすとお腹を撫でられる。
私は目を閉じたが、眠りにつくまでお腹を撫でられている感触を感じていた。