彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避しました 後日談
「な、何で、怒ったんですか」
聞いた。ついに聞いた。
私は、あの日、彼がハンドクリームに怒っていた理由を尋ねた。
正直、どこに怒るポイントがあったのか分からない。
今後も意味の分からない理由で怒られたり殺されかけたりしていたら命が持たない(本当に)。
彼は、ぬいぐるみを抱いたまま一階に下りてきた私を一瞥すると、ぽんぽんと膝を叩いた。
私は彼の膝にくまのぬいぐるみを置き、その隣に座った。
すると彼はくまを退けて、私をひょいと持ち上げて膝の間に入れ直した。
私は彼の隣に移動したくまを手に取り、もう一度胸に抱いた。
彼はあの日以来怒ることはないし、スキンシップも増えた。
「香りが、駄目だったんですか」
私は、彼の怒りが再燃しないか内心はらはらしながら言った。
「・・・」
彼は黙っている。なんだか言いたくなさそうだ。
「い、言ってください。じゃないと、分からないです」
それでも、彼は私に頼まれれば言ってくれるのは分かっている。私は勇気を出して、答えるように促した。
「・・・あの店の店員は、男だっただろう」
彼は少しの沈黙の後、言った。
私は思ってもいなかった答えに、ぽかんとした。
店員が、男だった。そんなことで。それより、何故クリームの匂い一つで店員の性別まで分かるのか。
「ええと、それって、もしかして。もしかして、やきもちだったり、しますか」
私は思い切って言ってみた。
彼はそもそも私のことを嫌っている、と考えていたけれど。
私はゲームみたいに都合のいい展開を想像した。
「それって、すごく、私のことを好きみたい、です」
自分で言って恥ずかしい。私は赤らんだ顔を隠すように俯いた。
「それ以外に、何がある」
彼は、さも当たり前のことのように、憮然とした態度だった。
それは、つまり。好感度はマイナスではなくて。私のことを嫌って殺そうとすることもなくて。
あの日は、嫉妬で私を殺そうとしてしまったということか。やっぱり彼はヤンデレなのか。
同棲が始まった日は、彼は私のことをどう思っていたのだろう。
私は、殺人計画の始まりなのかもしれない、なんて思っていたが、その時から好きでいてくれたのだろうか。
「一緒に暮らし始めたときから、好きだったんですか」
言葉だけ聞くととんでもなく自惚れている。そうでもない、とか言われたら私はどうすればいいのだろう。
「ずっと前から」
彼はそう言いながら、私のお腹のあたり(といってもくまを抱いているが)に腕を回した。
ぎゅうとぬいぐるみごしに抱きしめられる。背中から彼の体温が伝わって、熱い。
「傍にいて、俺のことばかり考えて、行動するのが可愛い」
彼が喋ると耳に息がかかる。私は少し身を捩った。
彼の言葉は、まるで、惚気ているみたいだ。
「ただ傍にいればいいと思っていたが、あの日は勝手に出掛けるし、逃げようとしたから」
殺そうと思った。私は彼が言いきる前にその言葉を想像した。慌てて振り返る。
「すっ、好きです、ずっと一緒にいたいです。死ぬまで、あなたのことばかり考えます、あなたのためだけに行動します」
殺す、なんて彼の口から聞きたくないし、言われたらなんだか取り返しのつかないことが起こりそうな気がして。
私は彼が言わないように必死に言葉を紡いだ。
それから、自分がとんでもなく恥ずかしい告白をしているような気がして、隠れるように彼の胸に額を押し付けて下を向いた。
彼は、宥める様に私の頭をぽんぽんと撫でて、「なら、いい」と言った。
麗らかな春の昼下がり、私たちは幸福だった。