後輩さんを家に呼びましょう 中
後輩さんが家に来る当日。
最近は暑くなったり寒くなったりと温暖さが激しく、今日は暑いのか寒いのかどっちなのかな、なんて思っていたのだが、寒い。
三寒四温というやつか。たいへん春らしくてよろしいです。
いや、よろしくはない。
朝は寒くて昼は暑い。夜にまた暑くなってと目まぐるしくて仕方がない。
どうしてこんなにも移り変わっていくものなのか。
何も変わらないものが、あればいいのに。
そうしたら、それだけを信じてきっとずっと生きていけるのに。
生きる理由に出来るのに。
なんだか、思考が宗教じみてきた。
五月病というやつにかかってしまっているのかもしれない。
それというのももしかしたら、今の服装に多少気持ちが引き摺られているのではなかろうか。
その日の服装の色合いや素材に気持ちが引っ張られるのはそう不思議なことでもあるまい。
そんな五月病チックな今日の私の服装はというと、一言で言えば、黒。黒、黒、黒である。とにかく、黒い。
黒のワンピースは、丈がくるぶし辺りまである随分と長い丈で、とにかく、ただ、黒く、特別な装飾もなく、地味、というべきか、あまりに黒く異様さが際立って地味とも言い切れないのだが。
特別な装飾がないと先で述べたが、正確には、ひとつだけある。
特別な装飾であるというわけでもないが。
胸元に、リボンが一つ。それだけだ。
しかもこのリボン、黒い。
完全に布地と一体化している。
一見気付かない。
近くでまじまじと見なければ気が付かないレベルの、もはやついている意味を製作者様に問いかけたい位の目立たない装飾だ。
もしかして今日はお葬式ですか……?
と言いたくなるようなワンピース。
服を選んでくれたのはもちろん彼である。
普段から服を買ってくるのは彼であるし(彼自身が恐らく買いに行ってお土産として持って帰ってくることもあれば、ネット通販で頼んだらしく家に届くこともある)、その日着る服を決めるのは……これは彼が普段指定してくることはほとんどない。
大抵私はクローゼットの手前にある服を着るので、じゅんぐり回っているのではなかろうか。
特別寒い日なんかは、彼が「これを着ろ」と世話を焼いてたくさん服を着せてもこもこにしてくるが。
しかし今日は珍しく、彼の方から指定があったのだ。
真っ黒のワンピースに身体はすっかり覆い隠されているのだが、下には黒いタイツを履いている。彼は一体どれだけ私を黒く染めたいのか。
そして服装に関して言えば極めつけは黒の手袋。
何故手袋を……?
今日は寒いとは言え、そこまでの寒さではありませんが……。
まあ、薄くさらりとした質感のものなので暑くもなく、冷えることもなく、丁度いいので構わないと言えば構わないのですが。
服装に関して言えば、そう、服装に関して言えばこれでおかしなところはおしまいです。
……つまり、別の部分でおかしなところがあるわけなのだが。
しかしこれは、もしかすると服装、の一部と捉えることが出来るかもしれない。
これ、すなわち……首に巻かれた、包帯のことである。
首に巻かれた包帯を見て、家に招かれた後輩さんは果たして何を思うだろうか。
彼がヤンデレて再登場「ぬいぐるみエンド」にて首を絞められたが九死に一生を得、首にできた手形の痣を隠すため……なんて、まあ、後輩さんは考えにも至るまい。
それにもちろん、現実に彼とぬいぐるみエンド再び、をやった事実はない。
病気で声が出ないとか、そのように思われるかもしれない。
声が出なくて包帯が巻くことってあるのか、分からないが。
例えば喉にポリープなんかが出来て、喉をぱっくり開いて除去して縫い合わせた、なんて場合なら包帯を巻くかもしれない。
そんなにざっくり喉にメスを入れたら死ぬのではないだろうか。人間の急所のはずだ。
しかし現代の医学の進歩を侮ることは出来ない。
きっと喉を切ることも可能だろう。多分、声が出なくなるとかのリスクはあるのだろうが。
「ええと、この包帯は、何なのでしょう……」
真正面に向き合って、包帯越しにすりすりと首を撫でる彼に尋ねてみる。
「包帯」と聞き返されたので、「包帯含め、このあまりにも黒い服装についても教えてほしいですけど」と質問を追加注文してみる。
首を柔らかく撫でられるのがくすぐったく、ふるりと逃れる様に首を振る。
するとぽん、と動くのを咎める様に首を軽く叩かれる。
大人しくする意を込めて、目を閉じてじっとすると、意図をが伝わったようで撫でる動きが再開された。
ちなみにこれは十分程前から繰り返されている行為である。
それまでの十分は彼からの説明待ちと、家に後輩さん(=部外者、と申し訳ないが彼からすれば恐らくこの表現で間違ってはいないので呼ばせてもらう)を呼ぶのはテリトリーを荒らされるのに近しいことだと考えられるので、彼の機嫌が上昇するように何も言わずにされるがままにしていた。主に後者の理由が大部分を占めている。
しかし彼がやはりというべきか何も言わないので私から説明を求めたのである。
彼は十分な沈黙を保った後、ようやく重い口を開けた。
「見せたくない、聞かせたくない」
それだけ言って、彼は再び閉口する。
これ以上言うことなど何もないと言わんばかりの態度だった。
(肌を)見せたくない、(声を)聞かせたくないと自己補完して脳内で反芻する。
その前には、「他の男に」がつくのか、「他の誰にも」なんて壮大な台詞がつくのか……わからない。
彼は友人と会うことに関しては比較的寛容なので、相手が女性ならば問題ないのかもしれない。
それにしても、肌を見せたくないので、黒い服装で(黒、はなんとなくだが拒絶、閉鎖、孤独、のようなイメージがあるので、後輩さんに対して私はあなたと関わるつもりはありませんので、あなたも私に関わろうとしないでくださいね、とでもいう小さな意思表示的なものを可能にしている、のだろう)、覆い隠すというのはまだ分かる(しかし分かっていいのだろうか)のだが、声を聞かせたくないから包帯を首に巻くと言うのはいかなることか。
やはり病気か。病気設定なのか。
彼はもう説明責任は果たした、とでも言いそうな表情でこれ以上口を開きそうな雰囲気はない。
まあ、彼にしては譲歩しての後輩さんを家に呼ぶという一大事なのだから、この程度(お葬式にでも行きそうな喪服ファッション、声が出ない謎の病弱設定)は許容しよう。
だって休みなのに彼が私と一緒に過ごさないなんて謎すぎるというかしっくりこないというか、逆になんでだよって感じに突っ込んでしまいたくなるほどなのだ。私も大概彼に考え方を毒されている気がしないでもない。
「そろそろ後輩さん、来ますかね……チョコレートの先輩さんは呼ばなくて良かったんですか?」
彼は一向に動く気配を見せずに私の首を撫で続けるので、声を掛ける。
彼が一方的に私の首を撫でる交流(?)が中断される言葉に、彼は眉をしかめた。
それから、一度首を振ると、私をソファからひょいと抱き上げ、……抱き上げた?何故だ?
頭の中を疑問符が飛び交う。
それから、彼の足が二階の方角を向いたのを見て、部屋に仕舞っておくつもりだと気が付いた。
部屋でお留守番するのだとしたら、私は彼と同じ屋根の下にいるだけで、一緒に過ごすことは出来ないのではないか?
彼にとっては部屋は違えど同じ家なのだから一緒に過ごす内に入るとかそういう理屈を使うつもりだろうか。
私は彼と同じ部屋でのんびりしたり、彼が私以外の人と過ごす時の、いつもは見れない側面を見たり、彼のハサミ裁きを見たりとかがしたいのだ。
部屋を離されてはそれら全てが実行不可能になってしまう。
詐欺である!断固抗議である!
「――」
私は何かしら彼に文句を言おうと口を開いて、しかし彼の掌に覆われたことによって言葉を奪われた。
直後、ピンポン、と来客を知らせる高く間抜けな音。
口を塞がれたとは言え抗議の姿勢を見せる私の目を確認した彼は、私の顔から手を離した。
諦めたように首を振ると(無理に二階へ連れて行けば私が「出してくださーい」と叫び出すとでも思ったのだろうか。まあ多分やる)、喋るな、と私の唇をむにっと掴んで、私の首が縦に動いたのを確認すると、玄関へと方向転換をした。
……私を抱きかかえたまま。




