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4日目 彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避しました、たぶん、今のところ

 私は、はっと目を覚ました。


腕にはくまのぬいぐるみが丁度良い具合に納まっている。


部屋は電気をつけていないので真っ暗だ。



 彼の不機嫌な顔が頭に浮かぶ。


なんだか嫌な感じがする。何か忘れている気がする。



 上半身を起こすと、ずきずきと頭が痛んだ。


急に起き上がるとよく頭痛がするので気にすることではない。しかし、不快だ。



 私は頭を押さえながら、彼のことを思った。


好感度だだ下がりなのでは。余計に頭が痛む。嫌われ殺されルート一直線。そんな言葉が頭に浮かぶ。



「あ」



 思わず声が出た。


思い出した。


このゲームの、もう一つの名前を。



 このゲームはただのヤンデレ乙女ゲーではない。所謂、「死にゲー」とも呼ばれている。


このゲームには、ハッピーエンドが存在しない。デッドエンドのみだ。


デッドエンドには確か十五種類ほどある。主人公が殺されないエンドはない。


そして、このゲームはリアルタイムで時間が流れていて、最短で死ぬときは、四日。


どうやっても死ぬ。死にゲーだ。



 今日は何日だ。もう一二時は回っているのか。


心臓が嫌な風に鳴り出した。冷たい汗が背中をじっとりと滑る。



 もし、さっきのやり取りで私が嫌われていたら。



殺される。



逃げよう。



 机の上に置いてある時計を見ると、十一時五十五分。


ぎりぎり間に合うかもしれない。


私は、彼のことが好きだからできるだけ長く一緒にいたいと思っていた。


これから好きになってくれるかもしれないと期待していた。



 でも、ありえない。


だって、思い出してしまった。ゲームのエンドは全て私が死ぬこと。



 死にたくない。死ぬのは怖い。


私は、くまのぬいぐるみをそっとベッドに寝かせた。


足音を立てないように歩いて、震える手で鍵を開け、そっとドアノブにかけた。



新しいので音がすることはないと思うが、ゆっくり、ドアを開けた。



こつん、何かに当たって、ドアは中途半端に三分の一ほど開いて、止まった。


廊下にも電気はついていない。真っ暗だ。



 ぶわりと、鳥肌が立った。


見えない、けど、彼だ。


彼は、じっと立っていたのだ。


そこにただ何もしないままにぼんやりと、あるいは明確な意思を持って、何時間も待っていたのだ。


私が鍵を開ける時を、待ち構えていたのだ。



 閉めようと精一杯の力でドアノブを引っ張る。


しかし、それより先に、強い力でドアは開かれた。



既に正常な判断はできなかった。


逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。



 彼の脇を通り抜けようと走るが、あっさりと彼の腕が私の身体に巻き付いた。


ひょいと抱き上げられ、自分の部屋に逆戻りする。



 暗い。彼はいま、どんな顔をしているのか。見えない。



「・・・何故、逃げる」



彼はいつも通りの、感情の分からない淡々とした喋り方をした。


私は、この彼の声で彼が何を考えているか、何を欲しているか分かっていたはずなのに。


今は、分からない。


恐怖を煽る声だった。


あまりに冷静な声に、怒っているかのようにも聞こえる。



 彼は私をベッドに下ろしてくまのぬいぐるみと並べた。


あ、と思った。また、既視感。


私はこの光景を、知っている。


「ぬいぐるみ」エンドだ。確か、首を絞められて殺されて、くまの隣で死体となった私はぬいぐるみの様に並べ置かれる。



仰向けに寝かされた私の上に、彼が覆いかぶさるように馬乗りになる。


ひっと引き攣った悲鳴が喉から零れた。



彼の手が私の首に伸びる。


私は必死に、その手を掴んだ。



「ご、ごめんなさい、ごめんなさ、嫌わないで」



私は、みっともなく震えた声で命乞いを始めた。



「ハンドマッサージ、したら喜んでくれるかと、お、思って。買いに行ったん、です。気に入らなかったなら、謝る、謝り、ますから」



 彼は、私に掴まれて手の動きを止めた。


今しかない。



 私は、震える手を必死に動かして、彼の手のひらを揉んだ。


揉んだとはいっても、力が入らないのでほとんどなぞるに等しかった。


指の腹を押し、付け根を骨ごと摘まむ。



 そのうちに、段々と目が慣れてきた。


恐る恐る、彼の表情を伺った。



彼は、柔らかい表情で私を見下ろしていた。



ハンドマッサージの力か。私を殺そうとしているとは思えないような優しい目だった。


あるいは、私の必死の謝罪が伝わったのかもしれない。



「ああ、クリームを買いに行った理由は分かった。それで、何故逃げようとしたのか・・・言え」



彼は、私を落ち着かせるように優しく言って、それから、最後に声のトーンを落とした。



 私の身体はぶるりと震えた。


何より、この圧倒的に不利な体勢が恐怖を煽った。



誰が、仮にも恋人である相手に「殺されると思ったから」等と言えるだろう。


私は回らない頭で代わりになりそうな理由を考えた。


考えたが、良い案は何も思い浮かばない。



 そのうちに、するりと首元を撫でられる。



「いぅ」と妙な声が出た。


いつの間にか彼の手は私の手から離れていたらしい。



絞め殺される、そんな考えが頭に浮かんで、私の目からはとうとう涙が零れた。



「い、嫌だ、怖い、こわ、やめて」



彼の指が、勿体ぶるようにゆっくりと私の首を撫で上げる。



「首を触られるのが嫌なのか」



彼の声はなんだかいつもより愉快そうに聞こえる。



「やだ、嫌だから、離して、ごめんなさい、」



恐怖がピークに達して、私はもう何を言っているのかも分からなくなった。



「逃げた理由を言えたら離す」と彼が言っても、恐怖に支配された頭はごめんなさいだとか意味のない言葉しか言えなくなっていた。



そのうちに、彼はきゅ、と首に力を入れる真似をした。



「嫌だあ、もう、逃げないから、やめて、うう、やめぇ」



実際には絞められたわけでもなかったが、私は怖さの余りに酷く泣き出した。



「逃げないのか、二度と、絶対に」



彼は、言い聞かせるように私に言うので、私は「逃げない、二度と、絶対に」と復唱した。



彼が、じゃあいい、と言って首から手を離した。



抱き起こされて、彼の胸に身体を預ける。



「怖かったか」と聞かれたので頷くと、「逃げないなら怖いことはしない」と諭すように言われたので、また頷いた。





その日は、彼に抱きしめられたまま朝を迎えた。


彼は、昨日のことなんてまるでなかったかのように自然に私に「おはよう」と挨拶をした。


私は、昨日のことは夢だったのかもしれない、等と都合のいいことを考えてみたりした。


私も、何もなかったみたいに振る舞えばいいのだろうか。





怖いことに、殺すことは含まれているのか、私は聞けなかった。


逃げることも念頭に入れつつ、暫くは怖いことが怒らないように大人しくしているのがいいのかもしれない。




完結までお付き合いありがとうございました。

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