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後輩さんを家に呼びましょう 前

お久しぶりですお待たせしました……!

これから3日は投稿します。

「今度のお休みはどうしますか」


 彼の仕事がお休みの日を目敏く見つけた私は(彼の手帳を背後から覗き込んだ)、ご機嫌で彼に尋ねた。

 前言っていたローストビーフをcook-cookのレシピで作ってもいいし、私と彼の調子が良ければ(主に私が引きこもる気分でなければ)外食に出掛けてもいい。


 しかし、声を掛けられた彼は、何だか悩ましく溜め息をつくと、ぱたりと手帳を閉じた。

 何となく元気がないようだ。

 もしかして、うっかり休みと書き込んでしまっただけで本当は仕事なのだろうか。

 それとも、また、私とは別の人と予定を入れてしまったのだろうか。


「……先約でもあるんですか」


 不満を露わに低くなった私の声に、彼は多少困ったように私を振り返った。

 ソファに座っている彼は、立っている私に向かって手を伸ばして、宥める様に頭を撫でる。

 どうやら、先約がある、で当たっているらしい。

 撫でられた程度で、私の機嫌は直りません。


「次の休みは一緒に過ごしたいって、言いました……!」


 納得のいかないまま口に出す。

 彼は、暫く無言で私の髪を撫でていたが、諦めたようにスマートフォンを取り出した。

 それからちょいちょいと操作をして、画面を私に向けた。

 そこには、なんだか見覚えのあるもっさりとした黒髪の青年が映っていた。


「んん、この人は……あ、後輩さん、ですか」


 私の髪を切るための練習台として彼に使われた、会社の後輩さんだった。

 以前髪を切った時には、ジャニーズ顔負けの流行に乗った髪型になっていたはずだが、今見せられた写真は、カット前のような地味もっさりに戻っている。

 つまり、髪が伸びて元に戻ってしまったということか。

 また練習に髪を切りにいく、ということだろう。

 私はむっとして唇を突き出した。


「もう練習しなくていいです、上手です」


 そう抗議するも、ふるふると首を振られる。

 なんだ、彼の向上心は果てしなさすぎるのではないか……?

 このレベルで駄目とか言っていたら彼が私の髪を切るのは一体いつになるんだ。

 何年とか何十年の単位で私は待たなければならなくなってしまう。

 しかし、彼の表情から察するに(無表情だが彼の無表情には幾つかのパターンがある。最近習得しつつあるのだが、それらも含めると彼は割と表情豊かであるように思う。無表情なのに表情豊かとはどういうことだろうか)、どうやら彼のカットレベルだけの問題ではないらしい。


 では他に、どんな理由があるのだと訝し気に彼を見つめる。

 彼は、またスマホを指で操作すると、画面を見せた。

 SNSのメッセージのやり取りをしているようだ。

 そこには、後輩さんらしき人との会話があった。


「先輩、良かったらまた髪を切ってほしいです」

「どうやったらこの強すぎる癖毛をあんな風に切れるのか分からないって床屋のおじちゃんが言ってました」 


 この後輩さん、なんだか可愛い。

 床屋のおじちゃんって言い方が既に可愛い。おじちゃんと仲良しなのだろうか。

 うわー、弟にしたいような可愛さだ。

 ほのぼのした気分で画面を眺めていると、不意にスマートフォンが引っ込められた。

 はてなと思って顔を上げると、彼の表情は何処となく不満げだ。

 私はソファに回り込むと、彼の隣に座った。

 

「ええっと……どうしました?まだ、最後まで見てないです、よ」


 彼は眉間に皺を寄せて、画面を見ている。

 何だか不穏な気配を察知して、大人しく彼の動向を見守る。

 これはもしかすると、ヤンデレスイッチを押してしまったのでしょうか……?

 彼は視線を落としたまま、口を開いた。


「……俺以外の男の言葉でお前が笑うと、不快だ」


 そう言ってむすりと口を引き結んだ彼には申し訳ないが、嬉しく思ってしまう。

 見せてきたのはそっちじゃないですか、とか、ヤンデレデッドエンドルート入ってないですよね?とか思うことは色々あるが、彼が分かりやすく嫉妬するのは珍しい(人間関係をほとんど築けないような事実上の軟禁状態で同棲していることはひとまず置いておくとして、だ。彼がこういうことを言葉にすること自体が珍しいのだから)。

 ふふ、と嬉しくなってつい笑ってしまった私を見て、彼はふいとそっぽを向いた。珍しい態度を取ってしまったことに自分で気づいて、照れ臭くなったのかもしれない。

 これは、畳みかけるなら今、な気がします……!


「後輩さんに頼まれたから切らなきゃいけないっていうのは分かりました、けど、毎回後輩さんの家に行くのも迷惑ですよね?だから、今回は後輩さんをこの家に呼んだらいいと思います」


 彼が、驚いたような、嫌そうな、とても微妙な顔をして振り向いた。

 しかし、ここで引いてはいけない。


「次の休みは一緒に過ごすって約束しましたよね?(正確には一緒に過ごしたいですと私が願望を一方的に伝えただけだが)それにホワイトデーの時、先輩を家に呼んであげるとか、後輩さんも呼ぶとかって私が提案したとき、考えておく、って答えましたよね?」


 言っている内に何が何だか分からなくなった。もしかしたら支離滅裂なことを言っているかもしれない。

 それでも彼は、言ってしまえば私に甘い。私に弱い。

 暫く黙って考え込んでいたが、結局は、こくりとひとつ、頷いてくれる。

 お家に後輩さんを呼ぶことによって、私と彼が「一緒に休みを過ごすこと」に成功です!

 後輩さん別にいなくてよいのですけど、なんてこっそり思ってしまったのは秘密です。 

 彼の人間関係を邪魔するようなことになってはいけませんものね。


 私が後輩さんの家に行く、という案も思いつかなかったわけではないが、考えれば考えるほど彼が嫌がりそうで、もっと率直に言えばデッドエンド一直線のような気がしたので提案するまでもなく没となった。

 私が「後輩さんの家に行きたいです」なんて言ったらその時点でデッドエンドに突入しそうなものである。彼と一緒にいたいのはもちろんだが、それ以上にわが身が可愛い。というか生きて健康な精神状態と肉体状態で彼と共にありたいのだ。

 恐らく彼は私が彼のテリトリー(つまりここ、彼の家)にいることが最も彼の精神状態を安定させ、ヤンデレる可能性は少なくなると思われる。

 犬がお気に入りの骨を自分の犬小屋に入れておくのと似ているかもしれない。

 ゲームでも「お出かけ」コマンドを多く使う程デッドエンドが起こるのが早くなっていたし、この家にいれば比較的安全なはずだ(しかしデッドエンドはこの家で起こることがほとんどだという矛盾には、今は目を瞑っておくとする)。

  自分の身の安全を確保しつつ彼と一緒に時間を過ごせるので、私のご機嫌は急上昇した。

 

「後輩さんが来る日はごはん、どうしますか?ちょっと豪華なもの、つくりますか?」


 人が家に来るということは、すなわちいつもよりちょっとグレードの高いご飯が食べられるということである!私の機嫌は上昇し続けている。


「出前」


 彼にしては珍しく、早い返事が来た。

 うん、出前もいいですね!

 普段は取らないから、これもお客さんが家に来るときならではのお楽しみではなかろうか。


「楽しみですね」


 そう言って、ピザ、そば、ラーメン、何を頼もうか、なんてうきうきの浮かれ気分で考えていた私は、彼の表情が曇っていることに気付かなかった。


 ただ、「条件がある」と聞こえた彼の言葉に、彼を伺い見た時には、彼の表情はいつも通りの何も感じさせない、感情を捉えさせない無表情で、私は何も不思議に思うこともなく、出前の値段を制限されるのかな、なんて呑気に考えていた。

  

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