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ホワイトデー 小話 後

「ね、イケメンじゃない?」


 そう無邪気に問いかけてくる友人に「そ、そうですね」と出来るだけ冷静に答える。

 友人は純粋にチョコレートとイケメンを楽しみに来たのだ。

 私が「浮気ルートだ!殺される!」なんて言ったら友人には変人を見る目で見られるに違いない。

 友人はこの世界がゲームの世界だなんてことも、私がヒロインなんてことも知らないのだから。

 私の数少ない友人を失うわけにはいかない。


 私は平静を装った。

 確かにチョコ店員さんは浮気ルートに存在する攻略対象だが、偶然に店を訪れただけなら浮気じゃない、そう、浮気じゃないのだ。つまり、殺される心配はない……ないですよね?

 不安になる。なんたって彼のルートはデッドエンドしかない。

 何が地雷になるのか分からないのだ。


 私は必死に、思い出しつつある記憶を手繰り寄せた。

 何を以て浮気ルートに突入するのか(どこからが浮気になるのか、みたいな答えの出ない問のような気もするが)、デッドエンドはどんなものだったか、チョコ店員さんはどんな性格だったか、命の危機だ、必死に思い出す。


 確か、浮気ルートを選べるような状態(彼の好感度、デッドエンドを何個以上見たか、そして重要なのはゲーム内で3月14日であること。日付は簡単に設定を変えることができるものではあるが。)で、お出かけコマンドを選んだら浮気相手となる攻略対象を選ぶことが出来る。

 攻略対象を選ぶ、というよりかは行き先を選び、その場所にいる攻略対象と浮気に発展する出会いが起きるといった具合だ。


 チョコレートのお店を選べば、チョコ店員さんと出会う、ということは、つまり、今が、その「出会い」なのだろうか。

 そうだとしたら、出会いイベントとして何かしら起こるはずだ。


出会いイベントは何だっただろうかと、首を捻る私は、今最も恐れるべき……そして、実際逃げ出した方が良かったのではないかと思うが……浮気相手候補になっているチョコ店員が目の前に来るまで、気付くことが出来なかった。


 自らを囲っている女性客に声を掛け引き取ってもらい、こちらに近づいてくるのを見ていた友人は気付いていたが、しかし、そのことについて何も言わなかった。


「いらっしゃいませ。バレンタインのお返しですか?」


 そう声を掛けられ、私は弾かれたように顔を上げた。

 考えすぎて周りが見えていなかった。

 しかも考えていた割りに有益な情報は思い出していない。


 ただ、チョコ店員さんの声が優しく、やけに艶めかしいぞくりとするような声だということを、声を掛けられて、思い出した。

 

 目が合うとチョコ店員さんはゆるりと目を細め、微笑を深めた。

 返事を待たれているのだと気付くのに、3拍ほど時間を要した。


 出会いイベントはこんな感じだっただろうか。思い出せない。

 ただただデッドエンドにて彼の声を聞くことだけを楽しみにプレイしていた私は、他の攻略対象との絡みは聴きとばしていたかもしれない。

 そのことが今は悔やまれる。


「は、はい、お返しです」


 無意識のうちに震える声が、「は、はい、お返しです」「……いえ、違います」の選択肢のひとつだということを、主人公は思い出さない。

 「いえ、違います」を選べば、「うそつき」と罵られてデッドエンド直行だということも、思い出していない。


「彼氏さんですか?」


 「はい」と答えた主人公は、またもやその選択肢によってデッドエンドを回避したことを知らない。


「上手く行ってるんですねぇ」


 この問いが、最難関だった。

 いや、最難関、と言っては語弊がある。

 最難関、最も難しいだけであれば、正しい答えを選べば、それは正解である。

 しかしこの問題、選択肢の二択に、正しい――デッドエンドを回避する――答えが、用意されていないのである。


 「はい、仲良く、やっています」「いえ、実は……上手く行ってないんです」


 この、両極端な答え。

 実は、どちらを選んでもデッドエンド直行である。


 今までの答えの流れからして、後者の選択肢を選ぶとデッドエンドだと思うことだろう。

 いや、もちろん、後者でもデッドエンドなのではあるが。

 仮に後者、「いえ、実は……上手く行ってないんです」を選んだ場合、「やはりお前では役不足だったか……死ね」というチョコ店員の驚きの変わり身と、今までのゆったりとした優しい声が嘘のように冷たくなり、画面が真っ暗になってGAMEOVERの白い文字が浮かぶ。

 

 では、「はい、仲良く、やっています」ならばどうかと言っても、これもやはりデッドエンドなのだ。

 チョコ店員は「何故お前なんだ、妬ましい……死ね」と、やはり驚きの変わり身の早さを披露し、同じようにゲームオーバーという流れだ。


 さて、ここまでのチョコ店員と主人公の応答を見て、疑問を持つ者もあるかもしれない。

 

 この攻略対象であるチョコ店員は、主人公のことを好きなのではないのか?


 一番最後の質問の答えに対するチョコ店員の返す言葉は、どちらも明らかにおかしいだろう。


 この様子では、まるで……チョコ店員が主人公ではなく、彼のことを恋慕しているようだ、と。


 その通りだ。

 この、チョコ店員は、彼のことを恋慕っている。

 更に言えば、彼女である主人公を殺すことに躊躇の無い、クレイジーサイコホモであった。


 しかし、全ての攻略対象のルートでクレイジーサイコホモというわけではない。

 彼のルートに入っている時だけ、チョコ店員はクレイジーサイコホモとなり、デッドエンドのひとつを担うのだ。

 

 彼ルートの全てをプレイしたことがあるわけではない友人は、そのことに気付いていない。

 それもそのはず、彼ルートにさえ入っていなければこのチョコ店員、思い込みが激しいだけでむしろ扱いやすく、このゲーム内では易しいヤンデレなのだ。


 ただ、悲しいかな、現実、チョコ店員はクレイジーサイコホモと化している。


 しかし、デッドエンドに彼が登場しないせいだろう、主人公の記憶にも留まっていないらしい。

 彼女は、目の前にいる妖艶に微笑む男が、まさか自分の彼氏を恋いているクレイジーサイコホモだとは、夢にも思っていないらしい。


「はい、仲良く、やっています」


 主人公は、無意識のうちに、選択した。

 デッドエンド一直線の答えを。


 チョコ店員の口元から、笑みが消える。

 一度、ぎゅっと真一文字に引き結ばれた口が、開く。


 何かおかしいと、異変に気付いた友人が、主人公とチョコ店員の間に割って入ろうとする――よりも早く、言葉を紡いだのは、主人公だった。


「バレンタイン、ここのお店で、彼が買ってきてくれたんです」


 その言葉に、チョコ店員ははっとしたような顔をした。

 友人も、その変化を見つけて、踏み出そうと浮かせた足を引っ込めた。


「彼、甘いものはそんなに好きってわけじゃないんですけど、ここのチョコは好きみたいです。バレンタインじゃなくてもよく買ってるし、彼にしては口が進むんです」


 主人公は、穏やかな、優しい表情で語る。


「彼が美味しそうな表情、といっても微妙な変化なんですけど、ここのチョコの時は割と分かりやすいんですよ」


 可愛いですよね、そう、呟くように、言葉を大事に包むように幸せそうな表情の主人公に、チョコ店員は、がっくりと崩れ落ちそうになるのを耐えながら、言った。


「その、彼……は、店員について、何か、言ってたりとか」


「あ、会社の先輩がいるって言ってました。元、ですけど。会社辞めて、夢追いかけて、尊敬してる大事な先輩だって」


 大事な先輩、の辺りでチョコ店員は、ついにがくりと膝を折った。

 嬉し泣きに泣いた。号泣だった。


 ……勝者、主人公。

 気付かぬうちに、主人公はデッドエンド「チョコエンド」を回避した。


「チョコエンド」が1部のプレイヤーから「クレイジーサイコホモエンド」と呼ばれていたことは、蛇足である。












 突然泣き出したチョコ店員さんを友人と支えて、裏に運ぶ。

 チョコ店員さんは「私とふたりで話がしたい」と言ったので友人には一旦はけてもらった。


 このチョコ店員さんは、彼が話していた「先輩」さんだった。

 彼と親しかったらしく、けれど最近はお店で店員と客の立場で会うばかりで寂しかったらしい。

 こんなに泣く程って、どんだけ彼のこと好きなんだ。

 

 私はチョコ店員さんの話を聞きながら慰めてやり、彼のことを聞きたがるのでいろんなことを話した。

 チョコ店員さんはそのうち満足したのか泣き止み、「また話を聞かせてくれ」と言った。

 彼経由で連絡する、という言葉に、彼を通すなら問題ないか、と承諾する。


 泣き止んだチョコ店員さんをお店に戻し、友人とチョコを買って帰った。

 友人には、「何もなかったの?」と何度も尋ねられ、私は「チョコ店員さん、すごく、彼のことを好きみたい」と話すと、凄く微妙な顔をされた。









家に帰った私は、彼とホワイトデーのチョコを食べつつ(お返しなのにほとんど私が食べた)チョコ店員さんの話をした。


「号泣してましたよ」

「……」

「気の毒なので、今度家に呼んであげてください」

「……だが」

「私との時間より後輩さんとか先輩さんの方が大事ですか?」


先日、後輩さんに彼をとられた(と言っては語弊があるというか、逆恨み、というか)のを、私はどうやら根に持っているらしかった。

にこりと微笑みながら言うと、彼は「考えておく」とだけ答えた。


……もしかしたら私は、自分で思っているより嫉妬深いのかも、しれない。

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