ホワイトデー 小話 前
3月14日。ホワイトデー。
この日付を聞いた世間一般の皆さんはどのような反応を示すのだろうか。
2月14日に見事本命チョコなるものを受け取りリア充と化した一般大衆は浮ついた心持で3月14日というこの日を待っていただろう。
真顔、もしくは死んだ魚の目でカレンダーを眺める人々のことは気にするまい。
言及しない優しさ、というものだってあるのだ。
さて、基本的にはバレンタインデーは女の子から男の子へ手作りなり買うなりのチョコを渡し、ホワイトデーはバレンタインのお返しとして男の子から女の子へチョコを贈るものである(外国ではそうではないらしいとか、贈るものによって返事の意味合いが違うだとか、そういうことを考え出すとややこしく私の頭では処理が追い付かなくなるので置いておくとする)。
しかし私は、先月の14日、すなわち2月14日のバレンタインデーに、彼にチョコを渡していなかった。
何故か。基本的に家から出ない、やることと言えば朝・昼・晩の三食のごはんを食べることと、彼から与えられた本を読むこと、惰性で行われる筋力トレーニング。
日付感覚は愚か、曜日感覚だってあやしい引きこもり、もしくはニートと呼んでも差し支えないかもしれない、そんな人間がバレンタインデーなんぞ把握出来るわけがないのである……というは、言い訳だろうか。
しかし実際、今月が何月であるかすらもあやしい時がある。
今月の初めに「もう2月ですか。早いですねぇ」と彼に声をかけたところ無言で手帳を取り出された。
そして、2月のページをぱらりと開くと、几帳面に1日1日、全てに黒のボールペンで斜線が引かれていた。
ぱらりとひとつ、ページが捲られ、3月。
斜線がひとつも引かれていないそれを見て、「あ、3月でしたか」と間抜けに声を上げたのは記憶に新しい。
その時、3月14日に青のボールペンで小さく丸がついているのを見て、私ははっとしたのだった。
おまけに、はっとするまでにも時間がかかったことをここで告白する。
その時の私の思考回路と言ったら、「14日、誰かの誕生日だったかなあ。彼の誕生日、ではないし。いや、そもそも自分の誕生日に丸なんてつけないよなあ。つける人もいるかもしれないけど、少なくとも彼はそういうタイプではない。かといって私の誕生日でもないし。んん、そもそも彼は私以外の誕生日を把握するような、把握するとして手帳に書き込むような人間だろうか。」と、こんな具合である。
考えている間に彼は手帳を引くとぱたりと閉じ、その後仕事に出掛けて行った。
私がホワイトデーだから14に青丸がついていた、ということに気付くのは愚かにもインターネットで「3月14日 何の日」で検索してからである。
我ながらこんなにも気付かないで忘れていられるものかと激しく動揺したものだ。
それと同時に、頭をよぎったのは先月のバレンタインデーのことである。
もちろん、などと胸を張って言えることではないが、やはり私は、もちろんバレンタインデーというものそのものを頭からすっぽ抜かしており、チョコを用意することもなく、そもそもバレンタインデーであることを気付くこともなく1日を過ごしていた。
バレンタインデー当日も、だからと言って彼はいつものごとく表情も変えず、特別な言葉もなく、通常運転であったので、気付かなかったのは私のせいばかりではないと主張したい。
……しかし、よくよく考えてみれば彼は仕事から帰ってきたその日、チョコレート菓子で有名な某ブランドの菓子折りを買ってきてくれていた。
正方形の形をした淡いピンクの可愛らしい、けれど彼が買うにあたって子供っぽくはない、落ち着いた雰囲気の包みを見て、私は両手を上げて喜んだものだ。
チョコレートは丸に四角に様々な形をしており、3×3で計9個行儀よく区切られて並んでいた。
金箔のかかっているものや、捻りが加えられているもの、チョコのぱきっとしたソースが波線にかかっているものなど、目にも楽しく、そして味も十分に美味しいものだった。
一緒に入っていたお品書き、なるものを読んでみたけれど、横に長い片仮名がたくさん並んでいて、記憶には薄い。
ブランデー。ウイスキー。などお酒の名前もいくつか紹介分の中にあったことは覚えているけれど、お酒の味の違いなど分からない私には、総じて「全部美味しい」というなかなか語彙力の残念な感想しか言えなかった。
合計9個のチョコレートだったが、私は彼への配慮も忘れなかった。
「9個だから、5個と4個で分けましょう。……どっちがいいですか?」
彼が5個は私に譲ると分かってやったのではないのです。断じてそんなことはないのです。
しかし彼は、私の想定しているよりも随分と優しかった。神だと崇め奉りたいレベルで優しかった。
「3つでいい」と言った彼の両手を思わず握って、「本当にいいんですか」と期待がばりばりきらきらに籠った目で見つめていた自信がある。
何でもないことのように頷いてくれた彼には、感謝の念しかない。
彼は、私が6個のチョコレートを全て食べ終わるまで特に何もせず、私の向かいに座って、私が食べている様子をじっと眺めていた。
彼の、よくある日常的な行動なので、私はもう特に気にしていない。
6個食べ終わった私は、何という傲慢なことか。
彼がまだ手を付けていない3つのチョコレートを見つめた。
その眼は欲望にぎらついていただろう、と思う。
そして、彼は優しかった。崇め奉ろうと決心が芽生えるほどに。
「一口食べるか」と問われて、彼は神だと確信した。
私は、6つのチョコレートを食べて、3つのチョコレートを一口ずつ貰った。
そんな私の様子を一通り眺めた彼は、ようやくチョコレートを食べた。
全て私の食べかけであり、完全な一つのチョコレートではないことが申し訳ない。しかし私は反省もしていなければ後悔もしていなかった。
目の前にチョコレートを並べられて大人しく食べることもせず我慢できる彼を心底尊敬する。
……結局そのあとは早々に寝てしまって、バレンタインデーであったことに気付きもしなかったのだが。
いや、仕方ないのだ。
彼はその日のように時折お菓子をお土産として買ってきて、一緒に食べたりすることがあるので(その時も大抵私が多く食べている)、その一環だと思った私はバレンタインデーだなんて考えもしなかったのだ。
そして本題。今日は、3月14日。バレンタインデーである。
しかし私は案の定そのことについて忘れており、彼が仕事に出掛けるのを見送りソファに腰を掛けた今、思い出した。
正確には、テーブルに置いてあった本をとり、適当にぱらりと捲れば丁度学生が14日に青春しているような内容だったのではっと思い出したわけだ。
さて、私はチョコを買ってもいなければ手作りするための材料もない。
どうしようか。
買いに行こうかなあ。でも、勝手に出掛けたら怒るだろうか。
連絡してから出ればいいかしら。
ひとまずは、彼から許可を得るために「出掛けてもいいか」という内容のメールを送る。
もう仕事をしているだろうから、返事は来ないかもしれない、と思いながらも受信箱を更新する、ぐるぐると受信中のマークが回り、そこにはやはり、受信したメールは1通……1通!?と、私は目を剥いた。
早い。早すぎる。あまりにも早い。
もしかして、彼は仕事をしてない説が浮上……?
なんてある意味失礼なことを考えながらメールを見ると、件名「やっほー★」だった。
彼は「やっほー」なんて言わない。星マークもつけない。彼じゃない。
タイミング的に彼だと決めつけてしまっていたが、よく見ればそれは友人だった。どんなタイミングだ。
本文を見ると、「今日買い物に一緒に行かないか」という内容で、なんと、彼には既に許可を取っているという。
私の友人、普段は馬鹿に見えるくらいに明るいのですが、もしかして出来る子なのでしょうか……。
私は友人に承諾の返信を送った。
迎えに来てくれるそうなので、私は身支度を整え、友人の来訪を待つことにした。
後半は明日投稿します。
皆様もよきホワイトデーを★




