後輩さんについて、私のお腹について 後-1
彼が帰ってくるのを、私は玄関で仁王立ちで待っていた。
ない胸を反らし、腕を前で組み、足を肩幅に広げる。
ちょっと寒くなって来たので、本当は早くリビングに戻りたい。
出来るならリビングを飛ばして寝室のベッドでぬくぬくごろごろしていたい。
そんな欲望を押さえて、彼の帰宅を待つ。
何故なら、私には、彼のスマートフォンを取り押さえて私のお腹の写真がないか確かめなければならないという使命があるからだ……!
それからまた二、三分ほど待つと、ガチャリと玄関の鍵が回るのが見えた。
私は出来るだけ厳格な顔をして、彼が現れるのを待った。
彼は、玄関で仁王立ちしている私を見て、目を丸くした。
それから多少急いだ様子でバタンと玄関を閉めると、少し困ったように眉を寄せた。
「おかえりなさい」
私の、少し棘のある物言いに、彼は苦笑した。
「ただいま」
対する彼の声はいつも通りに淡々として、でも穏やかさが感じられるものだった。
「いつから」
いつから、ここで待っていたのか、ということを尋ねられたようなので、私は、三秒ほどうーむと考えて、感覚的に多分七分間くらいの時間だろうと結論付けた。
「七分くらい前からです」
そう、出来るだけ威厳をもって答えた私の頭を、彼は優しく撫でた。
「……玄関の近くは、寒いだろうに」
労わるように声をかけられる。
や、優しい……!
けれど、これに騙されてはいけないのだ。
私は今日、私のお腹の写真を撮っていた疑惑について彼に言及しなければならないのだから。
私は、早速「スマホを出してください」と言おうとしたが、それより先に、彼が口を開いた。
「風呂は?」
「へ?……沸いてます」
寒かったのだろうか。
いつも彼が帰る頃には沸かしているのに、どうして今日に限って聞くのだろう。
まさか、話題を逸らすための罠……?
しかし彼は、私の答えにふるふると首を振った。
「もう入ったのか」
「はい、入りました」
どうやら私がもうお風呂から上がっているのか尋ねたらしい。
お風呂も、彼より先に入っているのはいつものことだけれど。
やはり、話題を逸らしているのだろうか。
「折角風呂に入ってもこんなところで待っていたら身体が冷えるだろう」
彼は、そう言うと私を抱き上げた。
私の身体を心配してくれていたらしい。
優しすぎる……!
話題を逸らしているのだとしてもあまりにも優しい!
でもここで挫けてはいけないのだ。
お腹の写真なんて撮られていたら恥ずかしすぎる、ちゃんと彼と話し合わねばならん。
「ソファとベッド、どっちがいい?」
しかし彼が耳元でそっと甘やかすように囁くので、私は撃沈した。
私が所望する方へ運んでくれるらしい。
個人的にベッドでゴロゴロしたかった、ぬくぬくしたかったという願望と、彼の甘やかし攻撃に私は為すすべもなかったのだ。
「ベ……ベッドで、お願いします」
彼は、一つ頷くと、寝室まで軽々と私を運んでくれた。
私は大人しく彼に身を任せていた。
ベッドにそうっと下ろされると、毛布を掛けてくれた。
「電気は?」と尋ねられて、首を振る。
「わたし、寝ませんからね。起きてます、お風呂から上がったら話し合いですよ」
第一ラウンドは負けてしまったが、彼がお風呂から上がってきたら今度こそ容赦しないで追及してやるのです。
彼は、「そうか」と夜更かし宣言をする子供を見守る保護者のような目で私を見た。
「……寝てたら起こしてください」
毛布がぬくぬくあったかで、既に眠くなってきていた私は、そう頼んだ。
彼は、目を瞑った私の瞼に、口付けたようで、柔らかい感触を感じた。
少し眠っても、彼が部屋に入ってきたら物音で目が覚めるだろう。
そう見当をつけた私は、眠気に逆らわないことを決めた。
***
私の意識は不意に浮上して、はっと目を覚ました。
がばりとベッドから飛び起きる。
電気は、ついたままだ。
きょろきょろと辺りを見回して、まだ彼が寝室にいないことを確認して、溜息をついた。
良かった、寝過ごして朝になっていたパターンは逃れられたらしい。
耳を澄ますと、トントンと、階段を上がる小さな音が聞こえてきて、どうやら絶好のタイミングで私は目を覚ましたということが分かった。
寝室のドアが開いて、そちらを見ると、部屋に入って来た彼と目が合った。
彼は、少し目を見開いていた。
むむ、その顔、さては私が寝るだろうと算段していたな。
私は、ベッドをぼふぼふ叩いて彼が隣に来るよう促した。
彼も流石に観念したのだろうか、大人しくベッドに入った。
それから昨日のように、うつぶせになったので私も彼の隣に並んでうつぶせになった。
「スマートフォンを出すのです」
私の言葉に従って、彼は素直にスマートフォンを取り出した。
私はうんうんと頷いて、「写真を見せてください」と続けた。
しかしそこでスマートフォンにぱっと表示されたのは、私の寝顔でも、私のお腹でもなく、全く予想していなかったものだった。
「これは……お、お肉?です?」
画面いっぱいに広がっている肉、肉、肉!
どうやらアップされているようで、一切れ一切れカットされている肉の、周りはこんがんりと焼けていて、中心に赤が残る美味しそうなお肉が写っていた。
「ま、まさか、これは、ローストビーフ……」
私は、お肉が大好きだ。
ハンバーグ、焼肉、ステーキ、もちろん、ローストビーフも。
個人的には、お肉を食べるのは特別な感じがまた美味しいので、あまり頻繁に食べに行くべきものではないと考えている。
多くとも一か月に一回とかくらいだろう。
現状、私は引きこもり体質のおかげで彼と同棲してからは一度も焼肉なんぞを食べに行ったことはない。
彼もまたそうだと思っていたが……この写真、彼は、お肉を食べに、行っていたのだろうか?!
それはもちろん私の持論は頻繁に食べに行くものではないって言っているけれど、でもやっぱり食べたい。
飽きるほどに食べたい。
お肉一切れでご飯をたくさんの量食べられる人間だから私は随分安上がりでお財布に優しい人だと思っているけれど、一度でいいからご飯よりお肉をたくさん食べてみたい。
ご飯が見えなくなるほどの量のお肉をどんぶりに乗せたい……!
しかし、この写真はローストビーフ単体のようであるから、どんぶりにいっぱいに乗っているわけではな
い。
アップされているからとても多い量に見えるだけだろう、そうに違いない。
そう思いながら私が写真を食い入るように見つめていると、彼が人差し指と親指で画面を縮めるような仕草をした。
すると、アップされていた写真がだんだんと元のサイズに戻っていき……私は見た、見てしまった。
これが、どんぶりいっぱいに乗っているローストビーフだということを。
そして、この写真は巷で噂になっているローストビーフ丼であるということを……。
「ご飯が、見えません……」
私は、震える声で言った。
彼は、こくりと頷いた。
「上手かった」
私は、じとっと彼を見た。
「私も、食べたいです。こんな……こんな、お肉……いつ食べたんですか」
責めるような調子になってしまったのは致し方あるまい。私はお肉が大好きなのだ。
「この間、後輩と」
ああ、と納得する。
後輩さんの髪を切った時に、ご飯を奢るとメールが来たが、ローストビーフ丼を食べていたのか。
若い人の間(?)ではこのローストビーフ丼のことをロービー丼と略すらしい。
小慣れている感じでなんだかいいと思う。
「でも、外出は億劫だなあ……」
ベッドに突っ伏する。
最近の外出は、もちろん楽しかったのだけれど、イケメン店員さんと友人が争ってたり、少し前には帰ってきたら「はさみエンド」に突入したりと大変だった。
暫くは外出を控えたいように思う。
すると彼は、フォローするようにこう言った。
「家でも作れるらしい」
私はがばりと顔を上げた。
「家でですか?!」
彼はこくりと頷いた。
「クッククックに載っていた」
私は、彼の口からまず「クッククック」という単語が出てきたことに驚いた。
「クッククック」とは、Cook-Cookというお料理サイトのことだ。
彼はそういうのを見る人だったのか。知らなった。
それに、「クッククック」という「く」の同じ音の連続が、彼の口から発せられたのだと思うとなんだか可愛らしく思えた。
「ふふ、クッククック……もう一回言ってください」
「くっくくっく」
彼は、今度はなんとなくのっぺりとして抑揚のない、それこそ意味のない音の連続のように発音したので、私は尚更笑った。
「今度二人で作ろうか」
そう彼が優しく言うので、私は「はい」と返事をした。
ひとしきり笑って疲れた私が、もぞりと布団をかぶり直すと、彼がパチリと電気を消した。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
何か忘れているような気がしなくもないが、もう、眠くなってきたし今度思い出した時でもいいだろう。
お久しぶりです(小声)
待っていてくださった方、本当にありがとうございます。
今後はぼちぼち更新していく所存であります……!




