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ハロウィン 小話

 十月がもう終わってしまう。


 早いものだ。


 最近の気候はなんとも不安定で、朝、目が覚めた時はカーテンかた眩しい太陽の光が射しているかと思えば、夕方、ふと窓から空を覗けば暗い曇り空が広がっている。

 気温もいまいち安定していなくて、昨日までぬるいくらいの涼しさだったというのに、突然寒くなってみたりする。


 今日は、なんとなく、春らしさを感じるように日差しが優しい、小春日和だ。


 日に当たっていればぽかぽかと気持ちいい。


 日向ぼっこ日和、と言ってもいいかもしれない。


 私は、そんな日の一日の大半を、庭で読書することに費やした。


 読書と言ったら、小説を読んでいるようで偽っている感じがあるが、読んでいたのはイラストと活字のコラボレーション……漫画である。


 この漫画というのが、彼が後輩さんから借りてきたものであるのだが、最近十年ぶりに映画化するという話題の作品……その原作なのだ。


 真っ黒いノートに誰か人の名前を書くと死んでしまう恐ろしいノートを手にした主人公は、犯罪者を撲滅していくというものだ。


 巧みな頭脳戦、心理戦は私をそれに夢中にさせた。

 また、キャラクターも個性があって、一人一人が魅力的で、誰を応援したものか悩んでしまう。

 けれどやっぱり、主人公である、ある意味殺人犯(直接手を下しているわけではないのである意味、と付け加えさせてもらう)の人間を応援してしまう。

 世間一般の人も、私のように主人公に感情移入していくのだろうか。

 若い女性であれば、主人公と、その敵対するキャラクターとのビジュアルの好みでどちらを応援するのか決めるのかもしれない(ちなみに、主人公も敵対するキャラクターも男性で、イケメンだ)。


 作品に入り込んで読んでいる間に、日は暮れてきて、肌寒くなった。


 私は、冷たくなった指先にはぁ、と息を吹きかけて温めると、暖かい家に帰るべく、十何冊に及ぶ漫画を抱えて窓を開けた。


 室内は、壁によって空気を遮断しているだけであるのにも関わらず、屋外よりかはうんと暖かい。


 窓を閉めて、カーテンも閉じると、家の中は薄暗かった。


 パチンと電気をつける。


 彼が、早く帰ってくるといい。


 なんてったって、今日はハロウィンなのだ。


 まあ、ハロウィンだからと言ってパーティーをするわけではない。

 飾り付けも特にしていないし、巷で流行っているハロウィンのコスプレをするわけでもない。

 今朝、彼からちらりと聞いた分には、金色のギラギラとした衣装とヒョウ柄のファーを着てりんごとパイナップル、そしてペンについて歌う人のコスプレが、今の時期に多いらしい。

 

 ぎらぎらの金色に揉まれながら帰路について、りんごとパイナップルとペンのことを歌っている人たちと一緒の電車に乗って彼が帰ってくるのだと思うと、少し気の毒だ。

 ぎらぎらって、なんだか目に優しくない気がする。

 彼の精神状態が些か不安である。


 心配ではあるが、彼が何かお菓子を買ってきてくれているか、それが楽しみだ。


 トリックオアトリート!


 我が国でハロウィンが定着して、一大イベントになったのはここ数年のような、最近のような気がするのだが、どうなのだろうか。


 私が感じているより時が流れているのって案外早くて、十年二十年前から、という可能性も十分に考えられる。


 しかし、何年経っていようが何十年経っていようが、ハロウィンというイベントがお菓子を貰える素晴らしい習慣になっていることは疑いようのない事実だ。


 ありがとうハロウィン。


 ハロウィンに感謝の意を捧げて黙祷している内に、玄関が開く音がした。


 私は、ぴょんとソファから下りると、彼にお菓子を貰いに……もとい、お仕事で疲れた彼の出迎えをするために玄関へ向かった。


「おかえりなさい」


 そう言った私の声はお菓子への期待で、普段より幾らかトーンが高かったかもしれない。


 彼は、何か微笑ましいものを見るような目で表情を和らげると、「ただいま」と優しい声をした。


「トリックオアトリート……です」


 私は言いながら、彼の胸ポケットが膨らんでいるのを目敏く見つけて、そこに狙いをつけていた。


 彼は、私の視線を受けて、正解、とばかりに私の頭を撫でると、ポケットからお菓子を取り出してくれた。


 四角いそれは、オレンジ色を基調とした、カボチャのお化け……ジャック・オー・ランタンのイラストが描かれた可愛らしい包装紙に包まれていた。


 彼から手渡されたお菓子は、彼の手と同じくらいに冷えていたので、ずっとポケットに入れていたわけではないらしいことが分かった。


 玄関を開ける前か、私が出迎えにくるまでか、分からないが、私がお菓子を強請ることを予想されていたようで、嬉しいような、恥ずかしいような。


 私は、確認するように彼の顔を伺うと、こくりと頷かれたので、その場で包みを開けた。


 チョコレートでコーティングされたケーキのようで、ふわふわとした柔らかさのあるお菓子が姿を現した。


 ぱくっと食べると、やはりふわりと柔らかく、嚙み切るころにぱきっとチョコの折れる音が口の中で聞こえた。


 チョコには少量のお酒が使われていたようで、独特の風味が口に広がる。


 中には甘さが控えめのクリームが入っていて、とろりと舌の上で溶けた。


 一口サイズのそれは、小さな幸せをぎゅっと凝縮しているようで、私は満足な笑顔を彼に向けた。


「ごちそうさまでした」


 私と彼の、ささやかなハロウィンだった。


 仮装して街に繰り出す、なんていうのは私たちの柄ではない。

 何より私は人より体力がないし、彼も人混みは好きではない。

 基本的にお互いにインドア派。お家大好きなのだ。


 でも、もしも、体力とか心の余裕とか時間が、あれば、来年でも再来年でも、いつでもいいけれど、街に出て、彼とハロウィンの空気を味わってみても、悪くないのかもしれない。


 




***






 彼がお風呂から上がって、その後はいつものごとくソファで彼の足の間に納まってのんびりとお喋りをした。


「どうだった」


 そう、彼が漫画をぺらぺらと、特別見るでもなく捲りながら言う。


「おもしろかったです、ドキドキしました」


 率直な感想を伝えると、なんとなく自分の語彙力のなさを感じる。

 まるで小学生の読書感想文のようだ。

 そういえば、読書は昔から好きだったけれど読書感想文なんかで賞を貰ったことは一度もない。

 そういう賞って、普段は本を読まないような、読んでいたのだとしても興味のなさそうな人の方が賞を取っていた記憶がある。

 普段からよく本を読む人は、読書感想文でも無駄に頭を捻って考えすぎたりして、読みにくい文章を作ってしまっているのかもしれない。

 高校生の頃、とても高校生の読むような本ではないものをチョイスして恐ろしいほどつまらない感想文を書いた苦い思い出を、じんわりと記憶に掠めた。


「でも、こんな、人を殺せるようなノートが現実にあったら恐ろしいですねえ」


 そう話を続けた私に、帰ってきたのは、よく話題にされる議題だった。


「実際にあったら、どうする」


 彼の声は淡々としていて、話題が話題だけにどことなく不気味なのだけど、この声のトーンはいつものことなので気にしないでいいだろう。


「うーん、私は、あっても使わない、です。多分」


 だって、私は基本的に関わる人と言ったら彼くらいのものだし。あとたまに友人。

 彼のことは大好きだからもちろん殺す理由がない。友人も然り。


 あれ、家から出なければ争い事もないし殺人事件とかってこの世からなくなるのでは……!?

 家から出ないで済む社会が出来たらとっても平和かもしれない。

 出会いがなくなるから人類滅亡の危機だろうか。

 いや、今時ネットでも十分に出会えるだろうし、スカイプとかでお話しできるし。

 ちなみに私はスカイプなるものをしたことがない。

 友人に誘われたことはあるが、彼から許可が下りなかったからだ。

 うん、出会えないこともない。これからの社会は、引きこもり社会だ。

 思考が明後日に向かいだしたところで、私ははっと我に帰った。


「あったら、どうしますか」


 私も彼に聞き返したが、彼は静かに首を横に振った。

 彼も、殺したいような相手はいない、ということだろうか。

 彼は社会で働いているから、殺したいくらいに憎い相手がいても不思議ではないと思ったけれど。

 優しいんだなあ。


 でも、やっぱり社会に出てたら人間関係って煩わしいんだろうなあ。


 いつも頑張ってくれてありがとう、の意を込めて、ハグしてみよう……と思って、彼の足の間に座っているので難しいなあ、ということに思い至った。


 仕方ないので、この状態のまま出来ることを考える。


 ふと、彼の漫画を捲る手が目について、彼の右手首を左手で掴んだ。


 それから、右手の人差し指で彼の手の甲に、「い、つ、も、あ、り、が、と、う」と書いていく。


 しかしそれは、「が」の三角目辺りで止められた。


 彼の手首を捕まえていた左手は、彼の左手によってそっと離され、彼の右手はくるりと裏返ると、私の右手に、所謂恋人つなぎで指を絡めた。


 突然のことに驚くやら恥ずかしいやらで慌てる私に追い打ちをかけるように、彼は私の首元に顔を埋めると、何度も首筋や耳に口付けるので、私は「うひゃっ」と間抜けな声を出した。


 暫く、彼にされるがままにしていると、彼も落ち着いたらしく、雨のように降っていた口付けが納まった。


 彼は、私の耳元ではあ、と熱いため息をついて、「可愛い」とそれだけ呟いた。


 時間もそこそこ経っていたので私は少し眠くなっていて、「寝ませんか」と何度か声を掛けたのだけれど、その度に帰ってくるのは首元へのキスで、私はそのうちにベッドに行くことを諦めて、彼の胸に凭れたまま眠った。

 



 朝起きると、ベッドにいた。


 彼が何故昨日ソファから動かなかったのか知らないが、ちゃんと運んでくれたらしい。


 やっぱり、彼は優しい。


 私は隣に眠る彼を見て、へにゃりと口が緩むのを止めなかった。

 


 

 

 


 

ハロウィン遅刻ですが←

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