友人と出掛けます 4
友人は、手に取ったメモ紙を無造作にクシャリと握って、ポケットに押し込んだ。
「あのお店で働いてる店員さんでしょ?やばいめっちゃタイプ~」
そうだ、昔から友人は好みの人間にはガンガンアタックをかける人だった。
友人の、誰に対しても臆さない態度と、多少つれなくされてもめげない性格は、いつだって百二十パーセント発揮される。
私は内心ホッとした。
いいぞ友人、その調子でガンガンいってください。
あわよくばドン引きされて逃げ帰らせるくらいやっちゃってください。
「何年くらい前からあそこで働いてるんですか?」「彼女いますか?」「どんな子がタイプですか?」「惚れっぽい女の子は嫌ですか?」
イケメン店員さんは、矢継ぎ早の質問に口を挟む隙も無く困っている様子だ。
疑問形で喋っているのに相手には全く何も言わせないというのは、ある意味すごい技なのではないだろうか。
私も、初対面で友人にマシンガントークで迫られたことがあるので、イケメン店員さんの気持ちがよく分かる。
正直、怖い。
友人の気の強そうなつり目は目力があって、見つめられるとつい逸らしてしまう力強さがあるし、声は大きく、どことなく子供っぽさが残っていてずっと同じ調子で喋られるともはや何を言っているのか聞き取れなくなる。
脳が聞こうという気持ちを放棄させているのかもしれない。
何より、彼女の身振り手振りの話し方は、熱が入るともはや危険だとすら言える。
案の定、彼女は無駄に大きく手を振ってイケメン店員さんを少しずつ後ずさりさせている。
私は、暫く二人を眺めていたが、友人の終わらないトークに圧倒されて、ぼけっと突っ立っていた。
もう、私、マカロン選んでていいかな。いいよね。
友人が適当に相手してくれるだろうし。
ある日の放課後、「ちょっとお話してから帰ろう」と言われて三時間程度友人の話が終わらなかったことを私はばっちり覚えている。
そのうちイケメン店員さんの方が音を上げて店から出るような気がしてならない。
そろりとコーヒー味のマカロンに手を伸ばす。
彼は、普段から家で飲むのは紅茶ばかりだけれど、確かコーヒーも好きだったはずだ。
私がコーヒーは苦くて飲めないから、遠慮してくれているのかもしれない。
そこまで、気を使ってくれなくてもいいのだけれど。
私の意識がすっかりマカロンに移ってしまった頃、不意に、彼の名前が聞こえて、私は思わず二人の方を振り返った。
何故、彼の名前が出てきたのだろう。
振り返ると、イケメン店員さんの丸く見開かれている目と視線がぶつかった。
何か、驚いているみたいだ。
私は、何だろう、と不思議に思いながら、友人を見た。
友人は、どこか得意げな顔で私を見ていた。
不敵に引き上げられている口が、旺盛に開く。
「本当ですよぉ。彼氏、いるもんねー?」
前の句は、イケメン店員さんに、後半は私に向けられた言葉だった。
何故か、二人の話は私の彼氏の有無になっていたらしい。
一体どんな話の流れだ。と心の中で突っ込みながらも、ひとまず友人の問いにコクコクと頷いて、同意の意を示す。
イケメンさんは、更に驚いたような、衝撃を受けたような顔をした。
し、失礼な。
そんなに恋人のいなさそうな雰囲気を醸し出しているつもりはないぞ。
確かにどちらかといえば地味で大人しそうな感じだが(感じというか、事実だが)彼ともうすでに同棲している仲なのだ!
あまりに驚かれたので少々心持を悪くした私は、上記の内容をもう少し丁寧にした口調でイケメン店員さんに説明した。
隣に立つ友人も、どういうわけだか知らないが、私がそうイケメン店員さんに話していることが自分の手柄であるかのように、勝ち誇った表情をしている。
私が話し終えると、友人が「そういうわけだから」と言って、しかしそれをイケメン店員さんは「それでも」と遮った。
友人の顔つきが、きっと険しくなる。
スマートホンを握っている手にはぎゅうぎゅうに力が入っているらしく、きしっと音がしたような気がする。
イケメン店員さんの表情も、普段接客で見せている素敵スマイルは消え失せ、どこか怒っているようにも見える、真剣な眼をしていた。
拳はきつく握られている。
まさか二人は喧嘩でも始める気ではあるまいな。
私だけが、ぽかんとして首を傾げている。
一体、どういう状況なんだ、これは。
二人はいつの間にかこんな修羅場を作るほどの関係に発展していたのだろうか。
それにしては余りにも早すぎる。
二人の会話をちゃんと聞いていれば良かった。
数分の話でこんなにも人の輪から弾き出されてしまうなんて。人間関係って怖い。
私は、マカロンの誘惑に負けたことを後悔した。
私は困って、助けを求めるように、カウンターにいるお婆さんの方へ視線を向けた。
しかし、おばあさんはカウンターの奥に置いている椅子に座ってこっくりこっくりと船を漕いでいる。
絶望的な状況だ。
お婆さん、不用心だからそんなに寝ない方がいいですよ。
いや、それよりお疲れのところを商品も買わずに修羅場を作ってしまってごめんなさい。
私はとりあえず寝ているお婆さんに向かって心の中で謝っておいた。
イケメン店員さんに視線を戻すと、また、視線がかち合った。
あ、あれ、修羅場は友人とイケメン店員さんの二人だけのものだと思っていたけれど、私も組み込まれているんですか?
いつの間に巻き込まれてしまっていたのだろう。
イケメン店員さんは、何か、意を決した様子で口を開いた。
一体、何を言われるのだろう。
もしも罵られたりしたら泣ける。泣いて逃げ出す。
イケメン店員さんがそんな酷いことを言いだすとは思い難いが、今のイケメン店員さんの目には、それくらいのことをやってのけるくらいの意志の強さが見て取れた。
ぎゅっと目を瞑って、イケメン店員さんの言葉を待つ。
――カランコロン
しかし、意外にも私の耳に入って来たのはイケメン店員さんの声ではなく、来店を知らせるベルの可愛らしく鳴る音だった。
ぱっとドアの方へ目を向けると、そこにはよく見慣れた人の姿があった。
彼が、いる。
どうして。私は、頭の中に疑問符を飛ばしながら、彼を見つめた。
彼の様子は、平生とは少し、違っていた。
彼の口はうっすらと綺麗な弧を描いていて、私と目が合うとにこりと笑みを深めた。
か、彼の珍しい微笑みが見れてしまった。
今日の彼は、何だか爽やかで、格好いい。
普段は見れない素敵スマイルを頂いて、私は、自分の顔に熱が集まるのを感じた。
友人は、彼に場所を譲るように後ろに下がると、彼が私の隣に立った。
そのまま自然に肩を抱かれて引き寄せられ、彼との距離が近くて、私の心臓はドキドキと早く脈打った。
やっぱり、いつもと違う!
普段、人前でこんなにくっついたことなんてない。
自分の顔が随分と赤くなっている自覚がある。
私は、恥ずかしくて、赤くなった頬を隠すように俯いた。
「うちの者に、何かご用ですか」
彼の声の調子も、常よりは軽い。
けれど、どことなく棘がある。
それより、何より、「うちの者」って、「うちの者」って言った。
「うちの者」って、「家の者」?
家族?奥さん??
そんな言い方、まるで、結婚しているみたいだ。
私は思わず、彼を見上げた。
顔の熱は引いていない。
真っ赤なままで、彼の言ったことの真意を少しでも探ろうと、彼の表情を見る。
彼は、私の視線に気づくと私の方へ視線を向けて、余裕のある表情で、目元を細めた。
きゅんっと心を射貫かれた感じがする。
いや、間違いなく射貫かれた。
すでに射貫かれているのだけれど、その上から更に射貫かれた。
彼のこの、大人な感じというか、包容力というか、もう、私の心は射貫きに射貫かれている。
このままでは「射貫く」がゲシュタルト崩壊しそうだ。
私は、彼の言葉が、表情が、全部が嬉しくて、へにゃりと笑った。
「……結婚、されて」
そんな二人の空気に、不意にイケメン店員さんの声が割って入った。
そ、そういえばここは家じゃない。
しかも人前だ。
私は、慌てて表情を引き締めた。
滅茶苦茶だらしない笑みを晒してしまった気がする。
それから私は、幾らか期待の籠った目で彼を見つめた。
結婚は、まだ、だけど。
彼は、何て答えてくれるんだろう。
彼は、私の方へ向き直った。
「結婚、しようか」
そう言って、私の左手を取ると、薬指に、そっと口づけた。
私は、今まで以上に顔を赤くして、こくりと頷いた。
イケメン店員さんが、がくりと床に膝をついたのが見えたけれど、体調でもどこか悪いのだろうか。
そう彼に言ってみると、彼はイケメン店員さんに近づいた。
イケメン店員さんの肩を、彼はぽんと叩く。
「あなたのおかげで彼女にプロポーズ出来ました、ありがとうございました」
するとイケメン店員さんは、今度は上体も床に突っ伏してしまう。
彼は、イケメン店員さんに肩を貸して立たせてあげていた。
彼は気遣いの出来る人だ、優しい。素敵だ!
私は、彼に惚れ直した。
彼は、私に「今日は友達とゆっくり楽しんでおいで」と爽やかボイスで声をかけると、イケメン店員さんに肩を貸したまま店を出た。
家か店か病院だかまで送り届けるか、タクシーでも拾ってあげるかするのだろう。
彼の素敵な一面がたくさん見れて、私はとってもハッピーな気持ちで友人の方へ振り返った。
友人は、何故か苦笑いで「プロポーズ、おめでとう」と祝ってくれた。
イケメン店員さん、ようやくフラグ回収してもらえたね!b




