一緒に出掛け……ないんですか?
彼は明日休みらしい。
私はそれを聞いて朝からそわそわしていた。
久しぶりに二人で出掛けることが出来るかもしれない。
彼が帰ってきたら早速計画を立てたいと思う。
美味しいものを食べに行きたい。
小洒落たレストランもいいけれど、ハンバーガーやポテトなどジャンクなものも久しぶりに食べたいし、インスタントじゃないラーメンもまた別格の美味しさだろう。
はたまたファミリーレストランなんていうのも案外美味しい。
個人的には揚げ物がサクサクなのでゴボウのから揚げは特に好きだ。
食べることの他には、何をしようか。
映画も最近話題になっているものが多い。
前世からの恋人を探す青春映画は多くの人に絶賛されているようだが、どうだろう。
前世の恋人といえば私と彼も似たようなものではないだろうか。
二次元と三次元だから少し違うかもしれないが。
前世の、ゲーム内の彼には殺されまくりというか、殺されるためにプレイしていたけれども。
他にも、就活の映画が熱いと噂だ。
就活、今、彼に養ってもらっている状態なので正直縁がないような気がするが、気にはなる。
でも、働きたいとかバイトしたいとか言っても、彼は黙って首を横に振るような気がしてならない。きっとそうするだろう。
働いたとしても、私が他人と多く関わることで彼のヤンデレゲージが上がって即デッドエンドに直行する予感がビンビンに働くので、やめておくことが賢明だ。
それから、本屋さんにも行きたい。
私も彼も本が好きだし、彼は本のこととなると私から促さなくとも多少喋ってくれるようになる。
本の好みも似ているから、これが好きです、私も好きです、知ってました、なんてやり取りがあるんじゃないだろうか、と容易に想像できた。
明日のデートに思いを馳せながら彼の帰りを待つ。
もちろん、彼が仕事で疲れているので家でゆっくり休みたいと言えばそうする。
または彼が行くと言っても相当お疲れのようだったら私が引いて家で休ませてあげよう。
出掛けたいとも思うけれど、とにかく私は彼と一緒に過ごせればそれで十分だ。
ガチャリとドアが開く音がして、私は玄関へ飛んで行った。
「おかえりなさい明日お休みですよねっ」
彼は、早口に捲し立てる私を見て、宥める様に頭をぽんぽんと二三度撫でた。
「ただいま」
彼の顔色を窺う。
ううん、やっぱり疲れの色が見える。
いつもより疲れているような。(と言っても安定の無表情なのだが)
疲れている、というよりは、何か嫌なことがあるときのような、ぱっとしない表情かもしれない。
「……もしかして、明日のお休みなくなりました?」
私は、恐る恐ると言った風に口を開いた。
彼は、はい、とも、いいえ、とも言わずに、微妙な間を空けた。
「休み、……だが、出掛ける用事が出来た」
私は、ガーンと頭を叩かれたような衝撃に襲われた。
彼が、私と一緒に過ごすこと以上に優先することがあったなんて。
こんな考えは自惚れなのだろうか。
私は、恐らく目に見えてガックリと肩を落とした。
「そんな……ラーメン、ハンバーガー、ごぼうのから揚げェ……」
口から出るのは明日食べたかったものたちである。
食べ物の恨みは怖いのだ。
彼は、急降下した私の機嫌をとるように、私をひょいと抱き上げた。
しかし、高い高いで機嫌が直るほど私は幼くない。
「どこに、お出かけですか」
じとっと彼を見ながら問う。
彼は、眉間に少し皺を寄せた。
私の機嫌が悪いのに弱っているらしい。
私を抱きかかえたままゆらゆらと左右に身体を揺らす。
このまま眠らせる作戦だろうか。赤子じゃあるまいし。
「後輩の家に」
「こうはい?……仕事の後輩さんですか?」
彼はこっくりと頷いた。
「お仕事で?」
仕事であるなら彼はこんな曖昧な態度をとらないだろう。
私はそれが分かっているのに聞いた。
彼を少し困らせてやりたかった。私は明日、デートが出来ると思って楽しみにしていたのに。
彼は首を振った。
「髪を、切りに」
髪を切りに。髪を切りに、美容室でも床屋でもなく、後輩の家に行くとな。
後輩くんの実家がそういうお仕事とか、そういうことなのだろうか。
でも、彼の髪は早急なカットを必要としているとも思えない。
まさか思い切ったイメチェンでもするつもりだろうか。
そうだったらちょっとやめてほしい。
彼は今のこの髪型が恐らく最も似合っているのだから。
くるくると思考を回す内に、はっと気づく。
「後輩さんの、髪を切りに行くんですか?」
彼の首が縦に動く。
そういえば少し前に、彼は私の髪を切りたいと言っていた。
しかし私が変になったら困るといって断ったので、知り合いの髪を切って練習する、と言った。
まさか本当に練習するつもりとは、と正直驚いている。
そこまでしてくれるのは、少し嬉しいような、でも後輩くんが気の毒な気がしないでもない。
個人的には、気の置けない同僚とか、そんな感じの、うん、せめて同い年の友達だと思っていた。
後輩くんは、先輩に言われたから断ることも出来ずにいやいや引き受けた、とかではないのだろうか。
その点は少し心配である。
「……家に呼べばいいじゃないですか」
私は、頬を膨らませた。
これでは、出来るだけ一緒にいたいと思っているのが私だけみたいだ。
彼は首を横に振る。
「何でですか、私と一緒にいたくないですか?」
私は、そんなわけがないのに、意地悪なことを聞いている、という自覚があったが、口から出てしまった。
彼の眉間にまた皺が寄る。
困らせたらしい。
でも、私は明日、彼と出掛けられるかもしれないと勝手に、だが楽しみにしていた分、落ち込んでいた。
自分勝手かもしれないが、彼に八つ当たりをした。
「……見せたくない」
彼は、暫くの間を置いて、そう言った。
私は一瞬、きょとんとした。
そしてすぐに、彼の後輩くんに私を見せたくないのだ、という言葉を補完して、顔がぶわあと熱くなるのを感じた。
そういえば、そうだ。
彼はそういう人間だ。独占欲が強いのだ。
知っていたのに、拗ねてしまった。
考えれば分かることだったかもしれない。
もしかしたら、こう、言ってほしかったのかも。
私は、赤くなった顔を隠すように彼の胸に顔を押し付けた。
「……でも、私、寂しいです。せっかくお休みなのに、一日一緒にいたかったです。」
彼のシャツに口を当てながら、もごもごと喋る。
彼は、私の顎に手を添えて、そっと上を向かせた。
彼と、目が合う。
それから彼は、一つ、私の額に唇を落として、私の頭を押さえると私の顔を彼の胸のところに戻した。
「……じゃあ、明日は、いいです」
彼のちゅーに免じて、明日の彼のお出かけは許すことにする。
許す、とは何とも尊大な言葉だが、休みなのに彼と一緒にいられないなんてことは、私にとってとても大きな、耐えがたいことなのだ。
彼が、はあ、と溜息をついた。
耳に息が当たってくすぐったい。
それにしても溜息とは、面倒くさい奴だとでも思われたのだろうか。
そうだとしたら、すごく悲しい。
「……可愛い」
杞憂だった。
私は彼の腕の中で顔を熱くして、縮こまった。
「でも、後輩さん、本当に『いい』って言いました?」
「ああ」
「先輩だから遠慮したんじゃないですか」
「それでもいい」
私はくすりと笑った。
そりゃあ、彼はそれでもいいかもしれないが、後輩くんはそれでよくないかもしれないではないか。
「後輩さん、本当は嫌だったら気の毒ですね」
「そうだな」
「お菓子を持って行ってあげてください」
「ああ」
彼は、そうだな、と言いつつどうでもよさそうな様子だった。
私のせいで髪を切られることになってしまった後輩くんに同情する。
しかし、休みの日なのに彼と過ごす時間を減らされた私は、少し後輩くんが羨ましいような、彼をとられたようで悔しいような気がして。
髪型、失敗しても別にいいかも、なんて意地悪くもそう考えた。




