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2日目 ヤンデレかと思いきや普通に嫌われてる説が浮上したので好かれたい 

 窓から差し込む朝日。小鳥の囀り。ふかふかのベッド。暖かい人の体温。


私はゆっくりと目を開けた。繋いでいた手はいつの間にか離れていて、彼は背を向けて眠っていた。


壁にかかっている時計を見ると、午前7時を少し過ぎている。


休日の朝には丁度いい時間だろう。


私は彼の肩を揺さぶった。



「起きてください」



朝ですよ、と続けて言うと、彼はこちらを振り返った。



「おはようございます」



私は少し照れ臭かった。


恋人と迎える初めての朝はどんな風にすれば普通だろうか。


誰もが私のようにはにかんでいるのか。



 彼はいつもの通りに、一つ頷いてみせた。


私は彼が何の挨拶もしないことを不満に思った。


彼がヤンデレゲージを上げていくのは、彼が私に声を掛けたり行動を起こしたりしないからだろう。


その癖に最後は私を殺そうというのだから、意味が分からない。理不尽だ。



「お、は、よ、う、ご、ざ、い、ま、す」



私は一字ずつ区切って、もう一度挨拶してみた。



 彼はぱちくりと瞬きをした。


それから私の目を覗き込んだ。


何かを探すように見据えられて、私はたじろいでしまった。



「おはよう、って、言ってください」



彼には、どうも言葉で何をしてほしいかはっきりと言わないと伝わらないらしい。


彼はなるほど、とウンウン頷いた。



「おはよう」



そして、馬鹿みたいにあっさりと私が望んだ返事をした。


挨拶一つで、私がこんなにも気を揉まなくてはいけないなんて。


これから、私は彼にいくつお願いをして、歩み寄って、価値観を擦り合わせていかなければならないのだろう。


考え出すと気が遠くなる。


気持ちを切り替えて、一つずつ距離を縮めていこう。私の命のために。



「今日は、出掛けたい、です」



ベッドを先に下りた彼に手を伸ばして言うと、彼は私の手を取ってベッドから下ろしてくれた。


それから彼は紳士にドアを開けて私が部屋を出るのを待ってくれた。


私は彼にぺこりと頭を下げた。


洗面台では私が顔を洗っている間に新しいタオルを持ってきていた。


私は今まで、彼のこういう親切を当然だと思っていた。


何も言わない彼を理解してあげている私は彼に尽くされるべきだと思っていた。


まるで、女王様のように振る舞っていたのでは、と考えるに至った。


では、彼はヤンデレたのではなく、単純に私を嫌いになって、殺してしまうのではないだろうか。


まさか、彼と私との同棲生活は、彼の殺人計画の始まり、だったりするのだろうか。


もしそうだとしたら、私は彼のヤンデレゲージを抑えるのではなく、マイナスの好感度を、せめて0か少し嫌われている、くらいに引き上げて殺されない程度の価値の人間にならなければいけないのでは。


簡単な化粧を済ませている間に、結論は出た。



 彼は、童貞をこじらせて(笑)私を殺すのではない、傲慢な態度をとり続ける私に嫌気がさして私を殺すのだ。


私は、マイナスの好感度を少しでも上げなければならない。



 今日は、幸いにも彼と出掛ける予定を立てている。


彼が童貞かどうかは分からなくなってしまったが、仮にも若い女の子とデートするのだから多少意識する部分もあるだろう。


そこで、私が可愛らしくアピールすれば、好感度は上がる。間違いない。



 出掛ける支度が整った私は、一つに結った髪を撫でている彼の手を止め、振り返った。



「出発、です」



 玄関を出て鍵をかけると、私は彼に手を差し出した。


手を繋ぎましょう、言わないと伝わるまいと思って口を開いた。


しかし、彼は私が「手」とも言わないうちに私の手を取った。


予想外なことで私は真っ赤になって変な汗までかきだした。


言わなくても、行動でも分かるのか。へえ、へえ。私は心のうちでへえ、とか、ふーん、とか、頻りに呟いて落ち着こうとした。


しかし、落ち着こうとすればするほどに手汗は酷くなるし、顔は熱くなるし、気が気ではなかった。



 少し歩くと、屋台が出ている。月市だ。こんな日に休みが取れた彼はラッキーだろう。


炭で焼いているらしい香ばしい匂いが鼻孔を擽る。



「焼き鳥、食べたいです」



私は可愛らしくアピールする等と考えていたことも忘れて、真顔で彼に強請った。


彼も表情を変えずにうん、と頷いて買ってくれた。



 駄目だ、これではちっとも可愛くない、好感度なんて上がらない。


私は後悔しつつ、焼き鳥を頬張った。


口に熱々の鶏を含んだ瞬間に、炭で焼いた香ばしさが口いっぱいに広がる。


とろとろの甘辛いタレが舌の上で溶けると、私の頬は後悔も忘れてゆるゆるに緩んだ。


視線を感じて彼に目を向けると、口元は柔らかく、微かに口角が上がっているように見えた。


彼が手にしているのは、塩。


普段無表情の彼を思わず微笑ませてしまうほど、塩は美味しいのか。


私は断然タレ派なのだが、彼にそんな顔をされたら塩も気になってしまうではないか。


私の(焼き鳥・塩への)熱い視線を受けた彼は、きゅ、と表情を戻した。


彼の焼き鳥を持った手が私の口元に運ばれる。


小さく口を開けると、そこに押し込むように入れられる。


唇に当たるのでもう少し口を開いて、舌でそれを右側のほっぺに移動させた。


私は頬に当たる感触までも楽しむ人間なのだ。


続いて左にも移動させる。


口中が焼き鳥味になる。


これほど幸せなことはない。


確かに、塩もあっさりしていて美味しい。


鶏そのものの味がよく分かるし、油の甘さがたまらない。


もきゅもきゅと咀嚼していると、また彼の視線を感じた。


何か物足らなさそうな、不満げな顔をしている。いや、表情には出ていないのだが、私には分かる。



・・・彼も、タレ味が食べてみたいのだろうか。



なるほど、一方的に私から奪われて不満なのかもしれない。


危うく好感度を下げるところだった。


彼にしてもらったように、タレ味の焼き鳥を彼の口元へ運んだ。


しかし、彼はそれを食べようとせず、じっと私を見つめている。


食べたいのではなかったのかしら。


それとも、私に遠慮をしているのか。



「口、開けてください」



遠慮は無用。


私は年上の余裕(前世の分合わせて)を持って、彼に得意げに微笑んで見せた。どや顔とも言う。


私のその顔を見て、彼を口をぱかりと開け、串から焼き鳥を一つ取っていった。



 私は彼がもぐもぐと口を動かしている間に残りの分を食べた。


おかわりでも要求されたら私の分が減ってしまう。


私は食べることに関しては意地汚いほうであろう。自覚している。



 その後はカットパインで口内をさっぱりさせ、デザートに飴を買ってもらった。透明の赤色で、日を受けてきらきらしている。


私は飴にキスをするように少しずつ舐めた。


ベンチに座っていると、彼が水を買ってきてくれた。


飴を舐めているときは味を邪魔しない水に限る。


彼が分かってくれていることが嬉しくて、私は上機嫌で飴を舐めつつ、口が渇けば水を飲んだ。


そして、はっとする。


今の私、偉そうなのでは。好感度下がってる。絶対。


私は、飴を加えたままちらりと彼を覗き見た。



 彼もちょうどこちらを見ていたらしく、目が合った。


がり、思わず飴を噛んだ。飴は砕け、大小様々な欠片になって、私の口内に広がる。


私はじゃりじゃりと飴を転がしながら、何を言うか考えた。



「・・・今日は、一緒に出掛けてくれて、ありがとうございます」



やっぱり私は恥ずかしくて、彼に面と向かって物を言おうとすると声は小さくなるし、歯切れは悪い。


それでも、今までは伝えられなかった言葉が伝えられているので、よしとしよう。


彼だってお礼を言われて悪い気はしないだろう。


好感度はまだマイナスだろうか。どうだろう。私は彼のことが好きだから、あわよくば私のことも好きになってもらいたい。



 そんなこと考えると恥ずかしくなって、また俯いてしまった。


彼も同様に俯いたのが影の動きで分かった。


付き合って2年たってもこんな陰気な喋り方をするから、呆れているのだろうか。


私は、どちらかといえば陰気ではあるが、彼以外であれば普通に会話だってできる。


呆れないでほしい。


私は少しいじけて、唇を尖らせた。一生懸命喋ってるのに。


彼も黙ったままだ。


私は思った。これでは駄目だ。


私はこうやって、勝手に自己嫌悪して、拗ねて、言葉を伝えないのがいけない。


これだから嫌われてしまうに違いない。



「あの、わたし、顔見たら・・恥ずかしくて上手く話せないです、けど、一緒に歩いたり、食べたり、いろんなことが共有できて、今日、本当に、その、嬉しいです」



私は頭を使って、考えながら言葉を紡いだ。


一緒にいるだけでなく、一緒に何かを共有できることが嬉しいことも伝えたので、殺さないでいろんなことを一緒にしてみよう、という気になってくれるかもしれない。



 そんな思いが伝わったのか、彼は立ち上がり、私の手を取った。


手を、取った。彼が。私は何も言っていないのに。


その事実に私の心臓は早鐘のようにばくばく鳴り出した。


初めて、彼が。彼から。手を繋いできた。



 それから、私たちは歩き出した。


春の陽気がぽかぽかと私たちを包む。


暖かくて、まさに散歩日和。


道にあったゴミ箱に食べ終わった串を彼が捨ててくれた。


やはり手汗はこれでもか、というほどかいたし頭に熱はカッカと上るしで死んでしまうかと思われたが、人間は丈夫なもので、死なないうちに彼の目当てであるらしい店に着いた。



「・・・雑貨屋、ですか」



店内に入ると、冷房が入っているようでひんやりと涼しい。


入ってすぐの右の棚には食器が並んでいる。


左手はカウンターで、店員の女の人がいらっしゃいませ、と可愛らしい声で挨拶してくれた。


次の棚には文房具。その次には時計や財布、ポーチ等。奥にはくまのぬいぐるみがたくさん置いてあった。



 私は迷いなく、奥の、くまのぬいぐるみの棚を見に行った。


体は黄色で赤い服を着たくま。幼いころに見て一目ぼれしたくまシリーズだが、今思えば間違いなく前世の影響だと分かる。


インドアな私は滅多に家から出ないので、こんなお店があるとは知らなかった。


私は手ごろな大きさのクマを抱き上げて、彼を振り返った。


彼は一つ頷いて見せて、店員に「これを」と短く言った。


即買いである。


今のは買ってアピールではなく、可愛いのを共有したかったのだが。


しかし、くまのぬいぐるみで喜ぶというのは可愛さアピールに繋がっただろう。


万事オッケーだ。


いや、これは、見方によっては、悪女にもなり得るのではないだろうか。


よくない。何にしろもらってばかりでは絶対によくない。



「わ、私も何かプレゼントします」



今日のお金は全部彼が払ってくれていたが、私だってお金がないわけではない。


以前バイトで貯めたお金がある。


期待を込めた目で彼を見つめると、彼はきょろ、と少し辺りを見回した。



 それから、私が選んだくまの隣に置いてあったくまを手に取り、店員に「これも」と言った。


店員は私に袋に入ったくまを渡し、「仲良しですね」と声をかけて、彼が選んだくまの会計を始めた。


彼が選んだくまは、私のくまと首元のリボンが色違いのものだった。



 雑貨屋を出ると、他にも周りにお店はたくさんあったが、普段から引きこもっている私に体力はなく、家に帰ることにした。



 店を出てからも彼は何も言わずに私の手を取って歩き出した。



 家に帰ってから、寝室のベッドに二つのくまのぬいぐるみを置いた。ベッドはかなり大きいので私たち二人とくまが寝ても落ちることはないだろう。



 同棲二日目、かなり彼との距離が近づいたように思う。

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