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イケメンさんに遭遇しました

 髪を切った私は、支払いを済ませると軽い足取りで店を出た。


 その際に美容師さんに「彼は靡かないお客さんにはちょっと強引な接客をすることもあるんですけど、そこが逆に良いって評判なんですよー」と今になっては不必要な情報を提供してくれた。


 以前、ハンドクリームを買いに行った時のイケメンさんとの記憶は正直ほとんど残っていない。


 強引な感じは全く感じなかったように思う……というのは、強引な売り方をされれば印象に残るだろうから、残っていないということは、イケメンさんは強引ではなかったということだろう。


 いや、美容師さんは「靡かないお客には」と言っていたっけ。


 私はクリーム目当てにすぐ「買いますハンドマッサージもお願いします」だったからそもそも強引な接客が必要なかったということか。


 ううん、強引なイケメン……その字面だけでも需要は十二分にありそうだ。


 看板娘ならぬ……看板イケメン?少し、間の抜けた響きのような気もする。


 しかし、店員が男性であると彼が怒ると分かった以上、今後関わることはないだろう。


 今思えば、店員が男性であることよりそれ以上に、イケメンと名高い店員にハンドマッサージされることが彼にとって問題だったのであろうが。


 しかし、そんなに評判になっていることだったなんて知らなかったのだから仕方なかった、というのは言い訳になるかもしれないが、事実だ。


 やっぱり、私はもっと世間のことを知るべきなのかもしれない。


 新聞も最近はめっきり読まなくなった。


 彼の家では新聞も取っていない……新聞も、取っていなかっただろうか?彼なら新聞くらい読んでいそうなものだけれど。


 私が見かけないだけで取っているのかな。


 でも、それなら家のどこかにたまるはずだ。


 廃品回収の日くらいしか捨てることはできないだろうし、廃品回収は確か月に一回だったか、二月に一回だったか、どちらにしろ、そんなに頻繁にあるものではない。


 ということは、やはり、新聞を取っていないということだろうか。


 今度、彼に新聞をとるように勧めてみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、街を歩く。


 店がたくさんあって、華々しいそこは、綺麗で、可愛くて、胸が躍る。


 しかし、元来引きこもり体質である私は、早くも疲れてきていた。


 彼と同棲するようになってからは、運動不足に拍車がかかってきている気もしなくはない。


 とりあえず、彼のお土産にお菓子を買って、そこであまり疲れているようなら帰ることにしようかしら。


 通りには何組かのカップルとすれ違って、少しだけ、羨ましかった。


 彼とのお出かけも、最近はしていない気がする。


 全く、外に出てみるといろんなことが分かるものだ。


 ずっと家にいたら何も見えなく、分からなくなるんだなあ、と少しだけ社会に置いて行かれているような、寂しいような気がした。


 そんな感傷的な気分になりながら足を動かす。


 ふと気づけば、すぐ目の前にあのハンドマッサージをしてもらった店があって、私は内心苦笑した。


 このお店のせいで「ぬいぐるみエンド」に行きかけたんですよー、なんて心の中で馬鹿なことを言ってみた。


 すると、丁度お店のドアが開いて人が出てきたので、心の声を聞かれる訳もないのに、私はドキリとした。


 出てきたのは、長身で、明るい茶髪の、イケメンだった。


 その顔を見て、ああ、この人が噂のイケメンさんなのかな。とぱっと思う程度にはイケメンだった。


 しかしこのイケメンさんは彼を怒らせることになった元凶でもある。


 イケメンさんに罪はないが、金輪際関わることはお断りだ。


 私は俯いて、早足にお店の前を通り過ぎた。通り過ぎようと、した。


 通り過ぎようとしたのだが、足元に影が差して、誰かの靴が視界に入った。


 俯いて、急いで歩いていたので、気付いた時には遅く、私はその人の胸の辺りに軽く頭突きをするような形でぶつかっていた。


「わ、す、すみません」


 慌てて謝り、顔を上げる。


「いえいえ、こちらこそ急に道を塞ぐような真似をしてしまいました」


 申し訳ありません、と言葉を紡いでいるこの人は、たった今お店から出てきた、イケメンさんだった。


 そして、はたと気付くが、イケメンさんは「道を塞ぐ」と言ったか。


 ということはつまり、意図的に私の前に現れたということだろうか。


 それはまた、どうして。


 私は、バッグを掴んでいた手にきゅっと力が籠るのを感じた。


「以前、お店にいらっしゃった方ですよね?」


 そう流暢に、優雅だと言えるほど滑らかにそう言ったイケメンさんに、私は驚いた。


 客の顔なんていちいち覚えているのか!


 しかも、たった一度ハンドクリームを買っただけの客を?


 驚愕の表情でイケメンさんを穴が開くほど見つめる私に、イケメンさんはにこりと微笑んで見せた。


 その世の中の大半の女子が黄色い悲鳴を上げて歓喜しそうなサービススマイルにはっとする。


 「お店に来たことありますよね」と言ったら大抵の年頃の女子には当てはまる、ということではなかろうか。


 つまり、イケメンさんは、私のことなんかこれっぽっちも覚えていないが、そう声を掛ければ十中八九、来店したことがある人、という仕組みだ。


 これならいちいち顔を覚えていなくたって誰にでも声を掛けられるし、声を掛けられた人は嬉しくってまた商品を買うだろう。


 お店に来たことがない人でも、これだけのイケメンに声を掛けられれば、悪い気はするまい。「ないですでも買います」な思考になるか、「はい来たことあります」とつい話を合わせてしまうかもしれない。


 なかなか考えられた接客業だ、と自己完結し感心する。


「以前来られた時からだいぶ経つので、そろそろクリームが切れた頃ではありませんか」


 そう言われて、ぎょっとする。


 来店時期なんて覚えているものなのか、それともこれも当てずっぽうなのか。


「い、いえ、あの、全然、ぜんぜんです」


 とりあえずは断っておく。


 あの日購入したクリームは減ったどころか一度も使われていない。


「商品がお気に召しませんでしたか?それとも何か問題が?」


 イケメンさんに真剣な顔で迫られ、うっと言葉に詰まる。


 商品に問題なんて全然ありません。むしろ問題があるのは私と彼の間のことです。


 もう少しましな断り文句を使えば良かった、と申し訳なくなる。


「使うのを忘れていたといいますか、その、商品に全く問題なくって、ええと、ずっととってあるので、今日帰ったら使います」


 よし、商品のフォローは出来た。


 とりあえずはこれで去ろう、そう思って私はイケメンさんに愛想笑いをして軽く会釈して、歩き出そうとした。


「そうなんですね、新商品もいくつか入っていますので、どうぞ見るだけでも見て行ってください」


 歩き出そうとしたが、イケメンさんは私の隣に立つと、肩を抱いてお店の方向に歩き出した。


 案外イケメンさんの力は強く、離れようとするが肩を抱く腕はがっちりと掴んでいるようだし、足は踏ん張った分、耐え切れずに進んでしまうと勢いがついてそのまま店まで入ってしましった。


 私の頭の中には、美容師さんが言った言葉が流れた。


『彼は靡かないお客さんにはちょっと強引な接客をすることもあるんですけど、そこが逆に良いって評判なんですよー』


 確かに、世の中の一般的な女子ならこんなイケメンさんに肩を抱かれれば喜ぶのだろうけれども……!


 

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