表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/41

久しぶりに出掛けましょう

 久しぶりの外出は、少し緊張するような、わくわくするような、変な心持がした。


 と言っても、髪を切りに行くだけなのだけれど。


 彼を仕事に送り出し、簡単な支度を済ませた私は、見苦しくない程度に広がる髪を纏めて、家を出た。


 ……そういえば、私、外に出るのいつぶりだっけ。


 確か、友達とのメールで、彼を喜ばせるためにハンドマッサージをしようっていうことになって、ハンドクリームを買いに行って……彼が喜ぶどころか怒って、首を絞められそうになって、危うく「ぬいぐるみエンド」に行きかけた時以来の外出ではなかろうか。


 あの日買ったハンドクリーム、怖くなって引き出しの奥に隠したんだっけ。


 結局ハンドマッサージもしていないし、勿体ないことしたなあ。


 今日、家に帰ったら、仕事でお疲れの彼を労わるつもりでハンドマッサージしてあげようかしら。


 でも、また怒りが再燃しないかは少し不安が残る。


 彼の様子を見つつ、大丈夫そうだったらしてみようかな。


 最近の彼とは割と上手くコミュニケーションを取れている気がするし、いざとなれば抱っこで彼の手を封じれば安全だろう。


 それにしたって、だいぶ久しぶりの外出だ。


 流石に良くない気がする。


 室内で筋トレはしているし、カーテンを開けて日の光も一応浴びているけれど、不健康だ。


 散歩位は、たまにしなければなるまい。


 ウォーキングも毎日少しずつやれば、私も痩せられるのではないだろうか。


 考え事をしているうちに、目当ての美容院についた。


 ハンドクリーム事件の際に、彼は「店員が男だった」とかで怒っていたようなので、女性店員しかいないこの美容院にしたのだ。


 彼が何故店員が男だったということが分かったのか、という謎は、友人とのメールのやり取りの内に明らかになった。


 ハンドマッサージしてくれるのはイケメン店員だということで、巷では噂になっているということらしかった。


 世間のことに疎い私は、そうとも知らずに友人に勧められるままほいほいとマッサージを受けに行ったのだ。


 しかし、人見知りで口下手な私は、イケメンの顔も碌に見れなかったので本当に噂通りの御尊顔なのかは分からない。


 そんなことは知らない彼からすれば、噂のイケメンにハンドマッサージしてもらおう!と思って行ったミーハーのような軽い女に思っていたとしても仕方のないことなのかもしれない。


 彼の怒りも頷ける(だからと言ってデッドエンドに直行するのは甚だ理解し難いのだけれど)というものである。


 私は、もう少し世間のことに興味を持って生きた方がいいのかもしれない。


 今後、何が起こるとも分からないし、友人はどうも彼が嫉妬する様を楽しもうとしていいるようにも感じられる。


 最近の流行りの物もあまり分からないし、今日は、帰りに久々に色んなお店に寄ってみよう。


 そう決意する内に、切り終わっていた。


 心なしか頭が軽くなった気がする。


「すっきりしましたね」と笑顔を浮かべる美容師さんに、「はい、ありがとうございます」と返す。


 美容師さんは椅子をくるりと回して、床に散らばっている、切り落とされた髪を見せた。


「結構多いでしょう。髪、切られるのいつぶりですか」


 そう言われたとおり、思っていたより多くの量の髪が落ちていて、私は驚いた。


 それから、この髪は掃かれて捨てられるのだけど、もしも彼だったら保存するのかしらとか、そんなことを考えて自分で可笑しくなった。


 流石の彼も、そういうことをする性質ではないだろう。


 また、髪を切るのも随分と久しぶりだった。


 彼といると、色んな事に頓着しなくなる、というか、私が今気にしていることって、食べることと、多少の本を読むことくらいのような。


 女子力、下がりまくってるような気がする……。


 再び、椅子がくるりと回され、鏡の中で向かい合っている私は、美容師さんに良い匂いのするクリームを毛先に撫でるように塗ってもらっている。


「髪切ったの、すごく、久しぶりです……というより、出掛けるのも久しぶりで」


 そう言うと、美容師さんは愛想の良い笑みを浮かべた。


「そうなんですかあ、お綺麗なのに勿体ない!この辺、折角たくさんお店があるんですから、出掛けた方が得ですよう」


 高いけれど、不快には感じられない程度の、却って気持ちの良いお店用の声で、美容師さんはつらつらと言葉を紡いでいく。


「例えば、いつも化粧品売ってるあの少し歩いたところにあるお店、ご存知ですか?去年の暮れ頃から、ハンドクリームも売っていて……すっごくイケメンの店員さんがハンドマッサージもしてくれますよ」


 きゃぴきゃぴと楽しそうに話す美容師さんに対して、私はぎくりとした。


 やっぱり、有名なことだったのか。


「そうなんですね」としか返せない私に頓着せずに、美容師さんは続けた。


「彼女いないらしくって、彼女になりたい!ってマッサージ受けに行く人も多いらしいです……そこまでは望まないにしても、本当にマッサージお上手なので、一度行ってみるといいですよ」


 私ももう何回は行ったんですけど、話もよく聞いてくれるし本当に素敵な人でしたあ、とうっとりと話す美容師さんを鏡越しに眺めながら、私の頭には『イケメンさんには彼女がいなくて、彼女になりたくてその店に通う人もいる』という情報が反復して流れていた。


 これは、彼に本当に誤解されていたということで間違いないのでは……?


 彼には、本当に申し訳ないことをしたなあ。


 謝罪に、今日は何か美味しいものを買って帰ろう、と決心する私だった。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ