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魔法使いの甥  作者: neco
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叔母の家へ向かう

魔法使いの叔母と甥の話です。

カーステレオから流れるラジオ、ぽつぽつと行儀良く並ぶ外灯が作る点滅。

程よいリズムで流れるそれは眠気を誘うには充分だった。

ぼんやりと目を開ければ笑う声。

僕はちょっとだけ体を起こす。


「******…」


「******…***」


帰省先に向かう車の助手席で、微笑む母と運転中の父の後頭部。

僕も笑っていたような気がする。

とても穏やかな時間だった、この時までは。


バッと沸いた前方からの強いライトで母親の横顔が黒くなる。そのあまりの眩しさに思わず目を伏せた瞬間、体が持ち上がって…。






***





そこで僕は目が覚めた。


また、あの夢だ。

うなされていたらしい、パジャマが寝汗でぐっしょりと体に張り付いていた。

部屋の窓から差し込む光は天井に当たっているがまだ弱く、日が出てそんな経っていないようだ。

まだ起きるには早いが、あんな夢から二度寝する気分ではないのでさっさと顔を洗うことにした。





去年の十二月、僕の両親は高速道路の事故で命を落とした。

飲酒運転の車が逆走して両親の車に激突、そして後方から来た車と挟まれて大破した。

車体は原型を留めない程破壊され、両親は即死。一緒に乗っていた僕は偶然出来た座席の僅かな隙間に助けられ、無傷ではないものの生き延びた。


事故当時の出来事を、僕はあまり覚えていない。

事故直前までの記憶から先は途絶えたまま。目が覚めたら病院のベッドに寝かされ、事故の事は親戚の話と搬送先の病院で見たニュースによって知った。

母方の親戚に帰省中の事故だった為、入院手続きやら何やらは全部母方の家に任せきりになった。もちろん両親の葬式も…。


退院してからは母の二番目の妹、マサヨおばさんの家でしばらくお世話になっていた。

そして、今日はマサヨおばさんの家から母の末妹にあたるチエコおばさんの家に移り住む日だ。


僕の父は天涯孤独で身寄りが無く、だからこそ母方の親戚は僕を引き受けるにあたって大揉めに揉めた。

それはそうだ、僕だって肩身が狭い。

今までお世話になっているマサヨおばさんも、口には出さないものの僕の扱いに困っているのはわかっていた。


マサヨおばさんは病弱でよく病院に通っている。

夫であるタケシおじさんは単身赴任で頑張っているが、お世話にも生活は裕福とは言えない。子供だって今年の四月で私立中学に入学した一人娘だけで手一杯だろう。

この家で高校生の男子を養う余裕が無いのは僕でも分かる。だから僕の引き取り先がチエコおばさんの家になったのはほぼ消去法だった。


入学予定の高校も近いし、なによりチエコおばさんは若くて独身で『余裕』があると親戚の口々から漏れる嫌味ったらしい言葉の数々。

半ば、おばさんは強引に押し付けられた形となるだろう。ものすごく、申し訳ない。

しかし、同時にちょっとだけ安堵したのも事実だ。

現時点はマサヨおばさんに頼らざるおえないとして、僕はどうしても我慢ならない事があったからだ。


「今日で、やっと居なくなるのよねこの日を待っていたわ!」


従妹・クルミからの罵倒である。

彼女は僕が嫌いだと言う。退院してマサヨおばさんのところで暮らし始めてから一ヶ月もしないうちに言われた。


「だいっきらい!!気持ち悪い!!!」


両親が健在だった頃から何度かクルミと会って遊んだ事もあるから、彼女からの罵倒に傷つかなかったといえば嘘になる。

マサヨおばさんも耐え兼ねて窘めるが効力は薄い。


「だってあの人!おばさん達のお葬式で一切泣かなかったのよ!?涙が出ないのはしょうがないとしても悲しい顔になるのが普通じゃない!なによあのすました顔!!事故からずっとおかしいわよ、あの目だって…!!!」


彼女はヒステリックを起こすとだいたいこのような事を叫ぶ。

お葬式の時はもう放心状態で……決してすました顔なんかしていないし、そもそも色んな事が一気に起こったせいで記憶すらも曖昧だ。

目だって。どうしてこうなったか、自分でも分からない。

事故に遭ってからしばらくして僕の瞳は変色した、黒からくすんだ緑に。

原因は不明、視力も若干弱くなった。

医者も首を傾げた事態だが、なにより不可解だったのが視界にモヤが映ること。

道端や空に黒や灰がかったモヤがふわふわと浮いて見える。ずっとではないが、不意に視界に入るのだ。モヤは漂うというより意思を持って動いているように見えなくもない。

眼科医に調べてもらったが結局「飛蚊症」で片付いてしまった。


変色した目や、口数も決して多くない僕の態度がクルミを苛立たせてるのは間違いない。

けれど、半分は八つ当たりに近いと思う。

自分の生活が崩されてしまった事への戸惑い、怒り………クルミの中でもわかってないのだろう。


僕だって日常を崩されてしまった側だから、表に出さなくてもストレスもある。むしろ、表に出すのが苦手な自分だからこそ嫌いなものを嫌いと言える彼女が羨ましくもあった。


マサヨおばさんの家庭には馴染みもしない、異物である僕。彼女の中にある正体不明の憤りをぶつけるには格好の的なわけで、仕方のない事だ。

しかし、それも今日で終り。

明日から僕は違うところで生活する。


マサヨおばさんの家で最後に食べるご飯は相変わらず美味しかった。

最低限の荷物を畳み、玄関に向かう。


「しばらくの間ですがお世話になりました。ありがとうございました」


「いいえ、アキラ君が一番大変なんだから気を使わなくて良いのよ。チエコさんはちょっと変わった人だけど…きっと良くしてくれるわ、向こうでも頑張ってね……………クルミ、最後に挨拶なさい」


マサヨおばさんがクルミに促すが


「言うことなんか無い、さっさと出ていって」


早口に言い捨てて奥に引っ込んでしまった。


「クルミ!!…ごめんなさいね、あの子も悪気があるわけじゃないの」


「ごめんなさい、ごめんなさいね…」


謝るマサヨおばさんの身体がさらに小さくなったような気がした。








こうして僕は別れの挨拶もそこそこにチエコおばさんの家へ向かうことになった。



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