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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第一章:地獄の門を叩く者 ~晃司編~
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第四話

───4月19日、午前8時にスマホのアラームが鳴り響く。

しばらくして意識がはっきりしだし、俺はイライラしながらアラームを切った。

昨晩あの二人が去った後、店には店員達が戻り残された死体の処理を行っていた。

警察に連絡しないのかと俺が聞くと、店員達はしかめっ面で首を横に振り、理由を教えてもらった。

まず単純に警察署から遠いため事件が起こっても警察の到着が遅いこと。

ここに住む住民は何かしら問題を抱えており、下手に警察と関わると自分自身の足がつきかねないこと。

そして何より、あの“殺し屋”に関することで通報しても死体処理しかしてもらえないから、だそうだ。

一通りの掃除が終わった後、店は改修工事をするために休業となり、俺は結局そこで飯にありつく事は出来ず仕舞いとなった。

ただ、あの壮絶な現場を見た後に食欲なんて一切沸くことなく、俺は宿に戻って殆ど詰まってない胃の中身を全て吐き出してしまった。

あの時はあのスティンガーという男に対し冷静さを装って接することが出来たが、今思えば自分自身がおかしくなっていたとしか思えない。

この街でネタを手に入れるためには、やはりあのような現場に慣れる必要があるとは思うが、アレに慣れてしまったとき俺は普通の人間でなくなってしまうのではないか。

いや、何も俺が殺したわけじゃない。俺はただ見ただけなのだ。ただの第三者、あいつ等のような別世界の住人とは違う。

そう言い聞かせつつ外出の支度を済ませ、俺は宿のフロントへ向かった。


「ん、おはよう。モーニングサービスはそこにあるから取って行け。一人一つな」


フロントマンはそう言って近くに置かれたトーストの山を指差した。

俺はそれを持ち、コーヒーメーカーのコーヒーを注いでフロントにあったテーブルに腰を掛けた。


「あんた、今から仕事か?」


と、フロントマンが俺に尋ねてきた。


「ええ、そのつもりです」

「仕事の内容にもよるが…できれば今日は引きこもっといたほうが身の為だよ」


フロントマンの言葉に対し、俺は首をかしげる。


「ああー、あんたやっぱり知らないか。今日は定例会なんだ」

「定例会…一体何処のですか?」


概ね予想は付くが一応聞いてみる。


「ファミリー達のだよ、分かるだろ?」


やはり。ファミリー、つまり俗に言うマフィアの定例会というわけだ。


「何故その定例会で外出を控える必要が?ただの会議なら一般人にそこまで危害はないはず」

「…あんた、この街にいる大ファミリーが一斉に集うってのがどれだけ危険か分かんないのか?」

「そんなに仲が悪いんですか、此処のマフィア達は」

「どうだかな。今こそデカイ抗争はないが、一度火がつけばこの街は終わりだ」


マフィアの抗争で街が終わる。この街におけるマフィアのポジションはそれだけ大きいということなのだろう。

俺は次に沸いた疑問をフロントマンにぶつける。


「その、マフィアのグループは一体どれだけいるんですか?」

「下まで数えりゃキリがねぇ、が上まで辿れば3つのファミリーに行き着く。そしてその下に4つ。後は無数の下位組織って所だろうな」


7つもの大組織がこの街にいる。それは普通に考えても異常な状況だと分かる。

此処キャスタニアはそこまで巨大な都市ではない。この中でそれぞれ対立関係にある組織がひしめき合っているとしたら、争いが起きないほうがおかしい。

なのにフロントマン曰く今は抗争が起こってないらしい。それを実現できているのは恐らくその定例会の存在が大きいのだろう。


「成程…その定例会は何処で?」

「…聞いてどうするつもりだ?行っても門前払いを食らうだけだし、見られるのは黒スーツの男共だけだぞ?」

「せめて定例会のある場所の写真ぐらいはと」

「つくづく馬鹿な日本人だ全く…いいか、定例会はフォスター家の持ちビルの一つでいつもやってる。場所は東部のオフィスビル群の一つ。行きゃ分かる」

「ありがとうございます」


今回のネタ探しでは血を見ることは無いはずだ。遠方からの撮影ならばれる可能性も少ない。

俺は朝食を手早く済ませ、早速宿を出発した。


スマホで目的地を探索すると、此処から徒歩だと1時間以上かかるようだった。

俺はタクシーを拾おうと辺りを見渡したが、タクシーはおろか車も殆ど通っていないことに気づいた。

道行く人も数えるほどしかおらず、皆挙動不審に道の端を歩いていた。

やはり定例会の日は外に出歩かないほうがいいのだろうか。

とりあえず目的地まで徒歩で目指そうとしたその時、後ろから車の走行音とクラクションが聞こえてきた。

後ろを振り向くと、昨日乗せてもらった移動販売車がゆっくりとこちらに向かって来ていたのだ。


「おはよう、晃司君!」


そう言いながらステラは窓から手を振っていた。

車は俺の目の前で停車し、ステラが窓から顔を出した。


「おはようございます、昨日はありがとう御座いました」

「気にしないでよ。それで、今からたぶん定例会見に行くところだったんでしょ」

「え、何故それを…?」


そういえばステラには俺の仕事のことは殆ど話していなかった。

なのに俺の行動をどうして当てることが出来たのだろうか。


「君さ、二回も出くわしちゃったんでしょ、“仕事現場”」


仕事現場…恐らく“殺し屋”の、ということなのだろう。


「いやー、二回はまずいよ。流石にちょっと噂になってるんだから、晃司君のこと」

「本当ですか…」

「でも聞いた感じだとヤバイ事情抱えてないっぽいし、おとなしくしとけば大丈夫だと思うんだけど…どうしても見に行きたいんでしょ」

「ええ、まぁ」

「なら乗ってく?定例会ん時は外番の子達がヒマして色々買ってくれるんだ」

「是非、お願いします…!」


こんな幸運なことはない。この街にもいい人は居るもんだ。

俺は早速助手席に乗せてもらった。


「あー、こりゃ旦那が見たらホントに妬きそうだわ。さ、出発!」


ステラと俺を乗せた車はゆっくりと発進した。


「さて晃司君。定例会が一体何なのか、どのぐらい知ってる?」

「ファミリーが集まることと、大きなファミリーは7つあることぐらい、です」

「へー、もうそんだけ知ってるんだ。じゃあさ、7つのファミリーについて、1ファミリー3ドルでどう?」


いくら良い人とは言え、やはり情報の提供は立派なビジネスの一つなのか。だが確かに気になるし、たった3ドルなら十分だ。


「いいでしょう、全員分お願いします」

「毎度あり!さてまずは3大ファミリーからだね。その中でもいつも定例会を開いているフォスター家は特に大きな勢力なの。

相当古い家系でこの街の色んな場所に関わってる、まさにキャスタニアの裏の顔役って所かしら」


フォスター家、それだけ大きな組織なら色々裏で危険なことも行っているのだろう。


「そして残り2つはプレグレッフィ家とシルヴァーニ家。前者はイタリア系で後者はロシア系の巨大な家系よ。

プレグレッフィは昨日晃司君がいたホテル街の統括、そしてシルヴァーニはガンショップの経営に関わっているとても力の強い勢力ね」


ホテル業や銃器販売はそんなに儲かるのか。ただそれ以上にアメリカ以外の国の家系も存在することに驚きが隠せない。


「次に4つの家系、ルドマン家、ゼネリ家、清龍党、日久組だね。

ルドマン家は警備会社、ゼネリ家は風俗業、清龍党はアジア街の統括、そして日久組は高級住宅建築を担ってる。日久組ぐらいは知ってたんじゃない?」


残念ながら日久組なんて暴力団組織は聞いたことがない。指定暴力団のように表立って報道されることのない、どちらかといえばマフィアに近い組織なのだろう。


「情報ありがとうございます。でも何でステラさんはそんな事まで…?」

「この街に住んでると嫌でも覚えるのよ。この街でファミリーの息が掛かってない場所なんて皆無に等しいしね」

「成程…あ、ではあのジェロシアといった方達もどこかのファミリーに所属してるんですかね」

「それは流石にダメ。それに晃司君はそこまで知る必要ないんじゃない?」


確かに、俺が知りたいネタはこの街の非現実的な日常、それとどんな組織がどんな産業を行いどんな店を開いているかの体験レポといったものだ。

読者としてもそういった身近に感じられるネタ、例えばこの店を経営しているのはこんなマフィアだったみたいなもののほうがウケがいい。

だが、やはり“殺し屋”という存在はかなり刺激的なネタになる。というかあんな壮絶な現場を見せられた以上興味が出ないわけがない。


「どうしても、教えてもらえませんか?」

「…あ、ほら着いたよ!いやー、今日はいつにも増して車が停まってるねー!」


車はゆっくりと減速し、道路の端に停まった。

露骨な話題転換に俺は落胆しつつ、窓の外から異様な光景を目の当りにした。

黒塗りの車が道路の端に所狭しと駐車され、歩道には幾人ものスーツ姿の男達が厳しい顔つきで徘徊している。

普通の会社員とはオーラが全く違うのが見て取れる。

俺は早速写真を撮るためにスマホを取り出そうとズボンのポケットに左手を入れたが、その腕をステラが素早く押さえた。


「見るだけにしときな。次こそ生きて帰れなくなるよ」


これまでの陽気な雰囲気とは全く違う、ドスの利いた声でそう呟かれた。


「写真くらいなら、別にいいんでは…」

「…何でこんな大それた集まりやってんのに、警察やメディア関係者がいないか分かるかい?下手に絡んだら総出で潰されるからだよ」

「でもこちらは一般人、そう安々と手を出されるような…」

「へぇー…君さ、この街でそんな甘いこと通用すると思ってんだ。やっぱ平和な国に住んでる人は違うなー、お気楽で羨ましいよ」


此処にきてステラの物言いが明らかに挑発的になっている。それだけヤバイものを俺達は前にしているということか。

ならどうして俺を連れてくるような真似をするんだろうか。此処で止めに入るぐらいなら最初から止めろという話だ。


「なら此処からは俺一人で…」

「あー、あらららら…こりゃマズイねー。マズイよホント、ごめんね連れてきちゃって」


今度は一体なんだろうか、そう思ったその時、前方から明らかにおかしい大型トラックが一台、猛スピードで走ってくるのが見えた。


「あれは…?」

「いやー、あっちゃー、まさか定例会狙ってくるほど馬鹿じゃないと思ってたけど」


ステラはそう言うと、運転席の後ろについた覗き窓を開けた。


「あんた、仕事の時間よ!」

「準備できてる…っておいなんだその男!何で俺じゃなくてそんな男を助手席に座らせてんだ!」


何と後ろの部分に人が乗っていたのだ。黒人男性でサングラスをかけており、どうやらかなりの重装備をつけているようだった。

彼が恐らくステラの旦那だろう。


「そのことは後で謝るから、ほら早く行ってきな!」

「チクショウ、ステラは俺だけを愛してると思っていたのに…!チックショー!」

「うっさい!今月は此処で稼がないと赤字なんだから!アタシらは一旦逃げるから、お家で合流ね!」

「分かったよ!…愛してるよ」

「ええ、愛してる!」


後ろに乗った男はマシンガンを両手に一丁ずつ持つと、車から素早く降りた。


「晃司君、事が始まったら頭を下げていて。上手く逃げるけど、もしものことがあれば運転お願いね」

「は、はい、分かりました」


ステラは車のエンジンを掛けなおし、アクセル全開で急発進させた。

外からは銃声が聞こえ始め、数発の銃弾が車に当たった音まで聞こえてきた。

俺は体を窓より低く保ち、顔だけを外を見るために上げようとしたがステラにきつく頭を押さえられてしまった。


「頼むよ、ダーリン…アタシやあの子を悲しませないでね」


ステラはそう呟き、車を減速させずにUターンさせた。凄まじい重力が俺の体を激しく揺らす。

そしてそのまま車は猛スピードで定例会会場から走り去っていき、銃声も直に聞こえなくなってしまった。


「…もういいよ」


ステラがそう言ったので、俺はゆっくりと体を起こした。

俺は一連の騒動を整理するので精一杯だった。定例会を襲ったあのトラックは何なのか、そしてステラの旦那が何故戦いに赴いたのか。


「…厄介事に巻き込んじゃった侘びだ、ジェロシアとかの事教えてあげる」


ジェロシア…?何故今このタイミングで彼女の話になるのだろうか。


「君がこれまでに会ったジェロシアにアリーチェ、スティンガー、そしてアタシの旦那はね、平たく言うと“殺し屋”さ」

「え、ステラさんの旦那も…?」

「そうよ。普通はさ、“殺し屋”って言うとマフィアとかの組員だったり、もしくは本当にフリーで金を貰って殺しを働く典型的な感じだったりするじゃない」


そう言われても、こちらとしては“殺し屋”の存在自体が非現実的なのだが、今はとりあえず頷くしかなかった。


「でも、この街の“殺し屋”はちょっと変わってて、例えばアタシは移動販売、晃司君はライター、みたいに普通の人達は何かしらの職業に就いてたりするでしょ」

「まぁ当たり前ですね」

「この街じゃさ、“殺し屋”って一大ビジネスなんだよ。建前上は特別派遣組織イブリースって言って色んな仕事を行える人材を適宜派遣するシステムなんだけど、実態は君が見てきたように殺しを請け負うことが殆ど」

「え、殺しが、ビジネスとして成り立っている…!?」


“殺し屋”。散々繰り返すが我々一般人にとっては架空の存在としか考えてこなかった、まさに裏世界の話。

それがこの街では、ビジネスとしてごく当たり前に存在する。そう言うのだろうか。

俺がただ唖然としていると、ステラは更に話を続けた。


「この街は、とても他の街じゃ生きていけないようなロクデナシばかりが住んでる。その中でも“殺し屋”なんてやってる奴等は人の死をなんとも思わない本当のロクデナシさ」


「でもね、君だってジェロシアとかと話した時、決して手をつけられない猛獣じゃなくて、普通の人間だって感じたでしょ」


「───君が思っているほどさ、“殺し屋”って非現実的なものじゃないと思うよ」


俺はこれまで、この街の出来事を非現実的で刺激的なモノとして受け取ってきた。現に殺しに銃撃戦といったものを肌で感じたことなんて初めてだったからだ。

だが、ステラや街の住人にとってはこの街こそ日常であって、“殺し屋”もビジネスとしてごくありふれたものとしてあるのだろう。

非現実的な日常を、俺はこれから過ごしていくのだろう。そしていつか非現実的ではないと思うようになるのだろう。



血の薫り、硝煙の薫り、この世界の薫り。


タイトル、鉄薫る世界にて。第一稿を此処に記す。


    ───2012年5月3日発売、週刊外道伝新コーナー記事。世羅田晃司著。

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