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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第一章:地獄の門を叩く者 ~晃司編~
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第一話

――2012年4月17日、太平洋上空にて。

エコノミークラスの窓側席に座っていた俺は、さっき頼んだコーヒーをすすりながら、旅行パンフレットをぱらぱらとめくっていた。

今この飛行機が向かっている場所は、アメリカ西部の湾岸都市「キャスタニア」だ。人口およそ120万人のそれなりに大きい都市であるが、観光名所と言えるものは少なく、日本からの観光客はまずいないという。

俺も仕事の為にその都市に向かうことになっている。仕事ついでに観光しようとも考えていたが、観光情報が載っていたパンフレットもこのたった一冊のみ。

ふと、隣の席に座っている老け顔の男の視線に気づいた俺は、その男の方を見た。


「君、日本人なのにわざわざキャスタニアに?」


目が合うや否や、男はそう問いかけてきた。


「ええ。仕事ですけど」


俺は流暢な英語でそう返した。この英語がもっと不得意ならば、海外に仕事で行く事にならなかったのかもしれない。


「へぇ…仕事か。君、キャスタニアがどんなところか知っているか?」


その問いに対する答えはいったいどういうものだろうか。どう答えるか迷っていると、男は話を続けた。


「あの街、結構ヤバイ組織が根を張っていてね。そんな所で仕事だなんて、君も結構危ない職業に就いてたりするのかね?」


成程、その件についてか。それなら簡単に答えるまでだ。


「いや、俺はただの雑誌の記者です。何というか、アウトローな事についての記事を色々書いていまして、今回はアメリカトップクラスの犯罪都市、キャスタニアについて調べてこいと上から言われましてね」


俺、世羅田晃司(せらだこうじ)は日本でもそれなりの雑誌出版社に所属するライターである。

俺が担当する記事は、少しドロドロした事件を扱うゴシップ誌の中の一コーナー、一般人から見た裏世界についてである。

暴力団が経営するような店に行ってみたりする少々危険なコーナーだが、これがどうも読者受けがいいらしく、今回更なるコーナー拡大に向けて海外の裏世界について記事を書くことになったのだ。


「ライターさんでしたか、それは失礼。でも普通の人があの街で仕事だなんて大変そうだ」


確かに大変だろうが、その分この分野の記事は意外と金になるのだ。というか金にならないと割に合わないぐらい危険な分野なのだが。


「まぁ、上の命令なんでどうしようもないですよ。そういえば、あなたもキャスタニアへ?」


と、今度は俺が相手に問いかけた。


「私は生まれも育ちもキャスタニアでね。日本での仕事が終わって帰る所でして…っと失敬、少しトイレに」

「ええ、どうぞ」


男はゆっくりと立ち上がり、こちらに軽く頭を下げてからトイレへと向かった。


「本飛行機は、後6時間でキャスタニアへと到着いたします。引き続き快適な空の旅をお楽しみください」


まだ6時間もかかるのか。俺はあの男が帰ってくる前に一眠りすることにした。正直、あれは好きなタイプの人間じゃない。初対面なのに馴れ馴れしくされるのは嫌いだ。

わざとらしく雑誌を顔にかぶせ、俺は眠りについた。


――同日、午後6時45分。キャスタニア国際空港前ターミナルにて。

空港から出た俺を待っていたのは、いたって普通の街の姿だった。

あわただしく行き交うスーツ姿のビジネスマンに、道の脇に座り込む浮浪者。道路には何台ものタクシーが停まっており、客を待っていた。

とりあえず、予約しているホテルに向かうことにした俺は、一台のタクシーに近づいた。すると運転手が窓を開けてこちらを睨んだ。


「ボスカイオラホテルまでお願いします」


そう言うと、運転手は嫌そうな顔をしたが首を縦に振った。

俺はひとまずタクシーに乗り込み、荷物を積み込んだ。


「空港からの料金は一律40ドル、先払いで頼むよ」


ぶっきらぼうにそう言う運転手に、俺は40ドルを手渡した。


「…あんた、日本人?海外旅行は初めて?」


お金を受け取った運転手は露骨に嫌そうな声を発した。それと同時に俺は数枚の1ドル札を渡した。あやうくチップを忘れるところだった。


「なんだ、分かってるじゃないか」


運転手はそう言って、タクシーを発進させた。

空港を抜けて、ビル街に入ってもやはり風景は何も変わらない普通の街だ。

どれだけ犯罪都市と言われてても、流石に大通りで事件が起こったりはしないものなのだろう。

外を眺めている俺をバックミラー越しにちらっと見た運転手が、口を開いた。


「ボスカイオラは後15分ぐらいだ。あの辺りは治安がいいから、あんたみたいな平和ボケした奴でも安心だな」


この街は人々をうざったい性格にさせる作用でもあるのだろうか。こちらは客なのに何故そんなことを言われないといけないのか。


「ただ、あのホテルで何かあっても知らぬ存ぜぬで通すことだな」

「それは、ホテルで何かしらの犯罪行為でも行われているとでも?」

「さぁな。俺はあんな高級ホテル入ったことないし、知ったこっちゃない」


忠告はありがたいが、そのようなことを言われては調べたくなってしまう。この好奇心こそが記者に必要なものなのである。

しばらくビル街を走り抜け、タクシーはあるビルの前で停車した。


「ほら、到着だ」

「どうも」


俺は頭を軽く下げて、とっととタクシーから降りた。

荷物を提げ、ビルに近づく。それと同時にビルの中から一人のホテルマンが出てきた。


「いらっしゃいませ、当ホテルにご予約のお客様でしょうか」

「はい、世羅田晃司で予約していたものですが」

「お待ちしておりました。お荷物をお預かりしましょう」


ホテルマンはそう言って荷物を素早く持ち、ビルの中へと案内した。

ビルの中はそれなりのホテルの装いをしていた。客もそこそこおり、いたって普通だ。

ロビーで手続きを済ませ、俺は自室である538号室に案内された。シングルベッドのその部屋はビジネスマンには少し持て余しそうな広さだった。

ホテルマンにチップを渡した後、俺はさっそく荷物からパソコンを取り出して原稿を書く準備を始めた。とは言ってもまだ何も書くことはない。今日は疲れたし、ルームサービスで食事を済ませて寝ることにした。

夜になっても外には車が行き交い、街灯やビルの電気が明るく光っていた。

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