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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第三章:枯れ果てた地に芽は出ない ~エル・ネヴォ・レイ編~
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第一話

───4月21日、深夜1時8分。キャスタニア北東部高級住宅街のある一軒を前にして、赤髪の女が立っていた。

この区域は通称ヒースと呼ばれており、日久組の管轄だ。

此処には高級住宅が立ち並び、セレブ層がのうのうと暮らしている。

日久組が絶対の安全を誓っているためか治安の良さはキャスタニアでも一、二位を争う。

逆にファミリーやギャングといったならず者にとって近づき難い区域であり、日久組傘下以外が此処を訪れることは殆どない。

そこにただ一人ジェロシアはやって来ていた。


「来たわよ」


入り口についたインターホンに向かってそう言うと、ゆっくりと門が開きだした。

中に入ったジェロシアを待っていたのは生い茂る緑と美しい噴水だった。

しかしそんなものには一切見向きもせず、ジェロシアは邸宅へと足を進めた。

門から離れた場所に立っていた邸宅の扉を開くと、数人の黒スーツの男達がジェロシアを迎えた。


「若はこちらで御座います」


男の一人はそう言ってジェロシアをある部屋へと案内した。

部屋にはチンピラのような男が一人高級ソファに腰掛け、その隣には厳しい顔つきをした老人の執事が立っていた。


「お待ちしていました、ジェロシアさん」

「待たせて悪かったわ、日久秀馬さん」

「いえいえ、いきなり呼びつけたこちらが悪いんです。どうぞそちらに」


秀馬はそう言って向かいのソファに座るよう促してきた。


「改めて、ご指名どうも。フリーは確か初めてじゃないかしら」


ジェロシアはそう言いながらソファに座った。


「ええ。イブリースを通しても一回しか雇わせてもらいませんでした」

「そんなあなたが何故私を?」

「いつも雇わせてもらっている方が別件で19日から日本へ行っていましてね。そこでイブリーストップのジェロシアさんをと」

「そうなの。ま、そんなことはどうでもいいわ。早速依頼内容といきましょう」

「分かりました、依頼内容は至極単純です。スティンガーの抹殺です」


その依頼を聞いたジェロシアは不敵な笑みを浮かべた。


「ほう…よければ理由を聞かせてもらえないかしら」

「いいでしょう。あの男は我々の飼っていたギャングにヤクを渡したからです」

「それだけ?」


ジェロシアの質問に対し、秀馬は少し不愉快そうな表情になった。


「自分はね、ヤクが死ぬほど嫌いなんですよ。アレは駄目だ、全てを滅ぼす」

「そんな人がよくこんな街でファミリー仕切れてるわね。感心するわ」

「むしろこの街だからこそ、ですよ」

「それもそうね。ただ、どうしてスティンガーを雇ったのかが分からないわ」

「19日までは犯人がスティンガーだと分からなかったんで、罠をはって此処に直接呼びつけたんですよ。そして我々を裏切ったギャングに顔を見せて確証を得た」

「罠…二重約束は最初から仕込みだったのね」

「ええ。ゼネリ家にも頼んで、ね。昨夜あなたに会った時は嘘をついてあなたがスティンガーと仲間かどうか調べさせてもらいました」


ジェロシアは秀馬の発言に少し疑問を覚えた。私は確かスティンガーの肩を持っている可能性があると言ったはずだ。


「あら、じゃあ私がスティンガーをかばう可能性を知った上で私に依頼を受けさせるのね」

「いや、あなたは絶対に彼をかばうような真似をしない。あなたはそういう方だとあの時確信しましたから。少し話が脱線しました。報酬についてですが首とかは見たくないので必要ありません。前金で五万、それで全額でどうですか?」


秀馬の考えは図星だった。久々に強者を殺せる、それだけで興奮が止まらない。

それにしても前金で全て渡すということは、依頼が必ず成功するという信頼か、もしくは失敗してもどうでもいいということなのか。

だがそんな事はジェロシアにとってどうでも良かった。


「いいでしょう。金は直接が都合がいいかしらね」

「そうしましょう。与一、準備を」


秀馬がそう言うと、横に立っていた与一という名の執事が頭を下げ、ぼろいリュックをテーブルの上に置いた。

そして中身をジェロシアが見えるようにそっと見せてきた。

100ドル紙幣の束が五つ。契約は成立だ。


「確認したわ。あ、そういえばあなた達は例の新興組織についてはノータッチなのかしら」

「そちらは他のファミリーが迅速に対応するでしょう。我々が動く前にね」

「相変わらずそこは変わらないのね。それじゃ、早速仕事してくるわ」


ジェロシアはそう言ってリュックを手に持って立ち上がると、秀馬に向かって手を上げて挨拶してそのまま部屋を立ち去っていった。


「…若様の言う通り、本当の殺人鬼でしたな」


彼女が去った後、与一は静かに呟いた。


「この世界じゃあのぐらい狂気を孕んでなければならないんですよ」

「いや、彼女は別格だった…私共の調べではスティンガーとの交流も多いようでしたし…」

「そういうものさ、殺し屋は。要は殺せればいいんだ、何かに理由つけて」

「…アレを飼い慣らせるフォスター家もやはり恐ろしい…」

「あそこはイブリースの連中を手懐けているなんて一切思っていない。殺したがりに金を与えて利用しているだけですよ。与一、我々は引き続きスティンガーの捜索を続ける。しかし手は出さず、ジェロシアに情報をまわすように」

「かしこまりました」



───同日、朝6時。ノースハウス一室にて。

気だるそうにベッドから体を起こした晃司は、今日の仕事の予定を考えていた。

結局あの日、スティンガーに会うことは出来ず仕舞いだった。現場には死体しか残っておらず、足取りを掴むこともままならなかった。


「…やはり殺し屋への接触は難しいか…」


その時、彼のスマホがやかましく鳴り始めた。

少しイラっとした晃司だったが、表示された人物を見て形相を変えて急いで電話に出た。


「お、おはようございます編集長」

「ん、ああおはよう。こっちは夜だけどね。それよりも早速第一稿を読ませてもらったよ」

「どうでしょうか。如何せん色々ありすぎてごった煮状態だったと思いますが…」

「いやいや、とても面白かったよ。ただ君はフィクション作家じゃなくて記者ということを忘れてもらうと困る」

「は…?」


この編集長は自分の原稿が嘘だと思っているらしい。

腹立たしい話だがそう思うのも仕方ない。平和な日本人から見たらこの世界はフィクションだとしか思えない。


「…まぁ君のことだから実際にあったことなんだろうけど、やはりこれだけじゃあリアリティがなさ過ぎてだね」

「しかしこれ以上現実味を持たせるのも難しくてですね…」

「なら百聞は一見にしかず。写真を撮ってきてくれないか。その…ジェ、ジェロシアだかいう女のな」


晃司はそれを聞いて唖然とした。あの女の写真を撮れなんてよく簡単に言えるものだ。

だが上司の命令に従わなければ自身の首が危ない。部下にノーは許されない。


「写真ですか…分かりました」

「うむ。だがあまりグロいものは写さないでくれな。頼んだよ」


通話はそこで切られた。晃司はベッドにスマホを放り投げ、自分も後ろに倒れこんだ。


「とりあえず…あの人に聞いてみるか」


晃司が今、数少ない情報網として頼っているのはステラである。

彼女とはあれからも何回か出会い、ちょくちょく街のことを話してくれたりもした。

この街の唯一の良心、彼はそう勝手に思い込んでいた。

彼女が来るまでの時間をダラダラと過ごした後、販売車がいつも停まる通りで晃司は待ち続けた。

午前10時を回ろうとした頃、目当ての車がやってきて晃司の目の前で停車した。


「おはよう、晃司君」


そう言いながらステラは笑顔を見せたが、声のトーンはどこか低いように感じた。


「おはようございます。とりあえずプレーンホットドックとコーヒーを」

「はいはい、ちょっと待ってね」


ステラはてきぱきと開店準備を始めた。


「…一つ、いいですか?」

「ん、何かしら」

「ステラさんは、ジェロシアが何処に住んでいるかって知っていますか?」

「聞いてどうするつもり?あの子、アポ無しの来客には絶対応じないよ」

「いや、その取材がしたくてですね…」


晃司がそう言うと、ステラは鼻で笑って返した。


「取材ねぇ、少なくともしばらく無理だと思うよ」

「どうしてですか?」

「デカイ仕事二個も抱えてるんだとさ。ホント働き者だよあの子は」

「仕事内容について詳しくは…」

「はぁ…あのさ、殺し屋の依頼を安々と話してもらえると思ってるの?どうせなら自分の足で調べるか、情報屋にでも聞いたら?」


やはり今日の彼女はどこか刺々しい。それだけその仕事が危険な代物なのだろうか。


「情報屋ですか…」

「はい、ホットドックとコーヒー。3ドル50セントね」


晃司は財布からお金を取り出して彼女に渡し、ホットドックとコーヒーを受け取った。

これ以上の交渉には彼女は応じてくれないだろう。情報屋については自分で調べる必要がありそうだ。

ステラに軽く頭を下げ、晃司は一旦ノースハウスに戻った。

ノースハウスのフロントのテーブルに腰を掛けてホットドックを食べようとした時、一人の男が晃司に近づいてきた。


「よう、俺を呼んだのはあんたかい?」


男は晃司の肩を叩いてそう言った。


「…人間違いでは?」


その男は身なりは普通だが妙に慣れ慣れしく接してくる。晃司は自分の嫌いなタイプの人間だと即座に察した。


「おいおい、せっかく紹介があったから来たってのにつれないぜそりゃよ」

「紹介…?」

「そうさ。世羅田晃司というノースハウスに泊まっている日本人が情報屋に興味を持っているから会ってやってくれないかってな」

「紹介者は誰ですか?」

「それは口止めされているから言えねぇ。でもあんたの敵ではないことは確かだ、心配いらない」


紹介者で心当たりがあるのは、ステラぐらいしかいない。実は俺に対して協力的なのかもしれない。


「おっと、自己紹介が遅れた。俺は情報屋のLE。この街最安値の情報提供を心がけているのさ。ま、その対価として情報を戴いてんだけどな」

「最安値ですか。それはありがたい」

「で、俺に何が聞きたい?口止めされてないことなら金があれば何でも教えてやるぜ?」

「そうですね…ではジェロシアという女性について。何か大きな仕事の最中だそうですが、その内容は?」


晃司がそう言うと、LEは懐から電卓を取り出して何かを計算しだし、画面を晃司に見せてきた。


「そいつはちょいとヤバイ内容だ。800ドルでどうだ?」

「高いですね」

「何てったって両方ファミリーの頭から受けてる依頼だ。しかも今この街で一番ホットな事件に関わってる」

「じゃあそのホットな事件については?」

「そいつなら15ドルでどうだ?割と表にも出始めたからそのぐらいでいいぜ?」


15ドルという金額に納得した晃司は、財布からお金を出してテーブルの上に置いた。


「毎度あり。じゃあ話そうか。この街には7大ファミリーとそれぞれが飼っている無数の下位組織が存在するのは知っているな?」

「ええ」

「先月辺りから下位組織の一部がファミリーを裏切って非行に走ることがかなり増えた。それには何か裏があると調べたところ、新興組織であるエル・ネヴォ・レイが下位組織を買収していたことが分かったんだ」

「エル・ネヴォ・レイ?」

「メキシコ系の麻薬カクテルさ。奴等は下位組織をコカインで釣って傘下に入れたのさ。この街でクスリばら撒く真似をしたからファミリーは大激怒。現在全ファミリーと新興組織で抗争が勃発してるって所だ」


ヤクは裏社会において非常に重要な資金源の一つである。巨大な組織によるルートの整備がされている中、無断で市場にヤクが流されればそれは商売の破綻に繋がる。


「成程。それでジェロシアはその新興組織を潰す仕事をしているんですかね?」

「さぁ、どうだろうな?」

「質問を変えましょう。ジェロシアに会うにはどうすればいいでしょうか?」

「アパートだけならタダで教えてやっていい。だがそこから先どうするかはあんた次第だ。アポとって正面から会うか、尾行して行動を監視するか。だがな…」


LEはそれまでのヘラヘラとした態度から一変し、鋭い目つきで晃司を睨んだ。


「あんたが思っている以上にあの女はヤバイ。誰に対しても態度を変えずに接してくるから特にあんたみたいに何も知らない奴は勘違いしちまうんだ」

「何を勘違いするっていうんですか。俺は彼女が殺し屋だってことぐらい知っている、それに…」

「それがどうした?この街じゃ殺し屋なんて掃いて捨てるほど居る。殺しを経験した奴になるともう数えるのをあきらめるぐらいだ。だがジェロシアは別格なんだ」


晃司は黙ってLEの話を聞く。


「あいつは誰とでも接触を図る、そして誰であろうととびっきりの笑顔浮かべて躊躇なくぶっ殺せる奴だ。人の皮を被った悪魔だよアレは」

「その程度のこと、この街の人たちなら皆出来るんじゃ…」

「出来るわけねぇだろ。あいつが所属しているイブリースあるだろ。あそこで稼げる奴は殺しは仕事と割り切っている奴が殆どだ」

「でも彼女は違うと…」

「そうさ。アレは仕事だと理由つけて数え切れないぐらい殺してきた。そして一生遊び呆けても使い切れないぐらいの金を手に入れてもまだ殺し続けている」

「まるで、殺人を楽しんでいるようですね…」


快楽殺人者、真っ先に浮かんできたのはこの文字だった。

殺人によって快楽を得る異常な人間はこの世にいくつも存在する。


「しかもアレはとびっきり強い。綿密な計画を立てて他者にばれないようコソコソと殺しを働く犯罪者とは全く違う」

「その強さにも何か秘密が…?」

「おっと、こっからは彼女の過去に関わる話になっちまう。この街じゃ過去について語るのはご法度だ、何せ皆ワケアリだからな」

「いくら積んでも無理ですか?」

「ジェロシアの過去についてなら二千からだ。どうだ、無理だろ?」


流石にそれだけの大金を出すことは不可能だった。しかし本当にジェロシアの過去にはそれだけの価値があるのだろうか。


「…では聞きたいことはアパートの場所だけで十分です」

「そうか。アパートは此処から更に北に歩いたところにある。名はフウリーガーデン。ニビヤシアックっていう区域でアジア街が大部分を占めた場所だ」

「ありがとうございます」

「あの辺りはそこまで治安は悪くない。アジア街では積極的に観光客獲得に励んでるぐらいだ。安心しなよ」



───同日、午後3時頃、某所にて。


「いやはや、流石七大ファミリーと言われるだけはある。根っこを腐らせても力が衰える気配がない」


薄暗い一室にて男はタバコを深く吸いながらそう言った。


「でも我々の作戦は順調だ。混沌は力もまた乱れさせる。今のファミリーは確実に平常時よりも弱っているだろう。そう思わないかい?」


男が話しかけている相手は返事を返さない。だが男は気にせずに話を続ける。


「にしてもあのジェロシア、あれは格別だ。ギャング共を19グループ潰しやがった。仲間が一人いるとはいえあの強さは桁が違う」


短くなったタバコを男は地面に投げ捨てる。


「だが、その強さを拝めるのもそろそろ終わりだ。あの女を殺せば、フォスター家の戦力は無力化されるも同然。後はなし崩し的に他のファミリーも潰れていくはずだ」


「根っこを腐らせて、働き蜂も駆除すれば、残るものは儚く散るしかない花だけ。そうなれば我々はこの地に花を咲かせることが出来るのさ。さぁもう一仕事と行こう」

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