西の賢者
アストワールとマシャが退室した後、広間は騒然としていた――――主に大臣達が。
「スラムに井戸とは……」
「面倒なことを言いおって…」
「大体、スラムに暮らす者など、ゴミも同じこと。そんな者達の為になぜ国が動かねばならんのだ!!」
「もしやその資金として我々の財産が脅かされるのでは……?」
「それはいかん!!あんなゴミ共にくれてやる金など1銭もないわ!!何としてでも王を止めねば…!!」
広間の両端で大臣達が口々に言い合っていると、重たい物が床に叩きつけられるような、大きな音がした。
一気に静かになった広間で、全員が音のした方を見ると音はボワゾールが自ら抱えていた大剣で床を叩いたものだった。
「スラムの奴らはゴミだと?」
ボワゾールの目には怒りの炎が静かに揺らめいている。
「ならあなた達はそのゴミにこの国を、自分の命を守られたってことだな?」
大臣達が分からないといった表情で顔を見合せていると、トーラが1歩前へ出た。
「ジャンデノン騎士団の騎士の8割はスラム出身です。騎士長ボワゾールもその1人。そして私も含めて全員がスラムで強くなりました。そんな騎士団の前で堂々とスラムを罵るとは…。」
「それはっ……。そもそもトーラ殿、貴殿がスラムに井戸などと言う馬鹿げたことを言わなければ騎士の方々もこのような事を聞かなくてすんだはず。貴殿の責任ではないかね!?」
大臣の1人が声を張り上げて言いきると、騎士達は呆れ返った様子で1人、また1人と立ち上がった。
「トーラ、これ以上の長居は不快になるだけだ。」
ボワゾールの声にトーラも立ち上がる。
その時、部屋の隅から小さな悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ!?下ろせ!!下ろしてくれ!!」
見ると先程スラムを罵倒していた大臣の1人が宙に浮いていた。
大臣達は訳が分からない様子だったが、騎士達はその犯人を知っていた。
おもむろに入り口の扉が開き、フードを深く被った人が、ゆっくりと入ってきた。
「止めろ、イース。」
トーラが言うと、大臣が下ろされた。
「なっ、なんなんだ!!お前は!!」
宙から戻ってきた大臣が汗で光る顔を拭きながら叫ぶ。
「トーラ・ダリアーノの姉、イース・ダリアーノ。」
フードを被ったまま答えたイースは1瞬の内にトーラに責任があると言っていた大臣の前に立っていた。
「確かにスラムは治安は悪いし、食べ物だってろくな物がない。だけどね、あんた達が民衆から法外な税金集めて建てた汚ない豪邸より100倍いい所よ。」
イースは満足して踵を返した。それに続いて騎士達もぞろぞろと広間を出た。
残された大臣達は目を見開いたまま、その場に立ち尽くしていた。
騎士が全員退出すると、金縛りが解けたように何人かが動き出した。
「まさか、千年に1度の騎士と西の賢者が姉弟だったとは…。」
これが、『奇跡の双子』と呼ばれ、伝説となった姉弟の物語の始まりだった。