千年に1度の騎士
10年後、王都ダニアンにあるサフール城の大広間で、王、アストワールの前に十数人の騎士が整列していた。
「ジャンデノン騎士団騎士長、ボワゾールよりご報告申し上げます。我らジャンデノン騎士団は王都から見て南西より侵攻してきておりました隣国、ザビアを撃破し、追い返すことに成功いたしました。」
ボワゾールという大男がよく通る声で報告しているのを笑みを浮かべながら聞いているアストワールは今年20歳になる物腰の柔らかそうな青年だった。
「ご苦労だった。そなた達の活躍は私の耳にもきちんと入っていたよ。聞いた話では1人で軍を半壊させた者がいるということだったが…。」
アストワールの言葉を聞いて1人の騎士が前へ進み出た。
「そなたか。名前は?」
「トーラ・ダリアーノと申します。」
トーラを見た大臣達が驚きの声を上げる。
トーラ・ダリアーノと言う名前は"千年に1度の騎士"と言う名と共に王国中に知れ渡っていた。その本人の身長は160cm程しかなく、平均で190cm以上ある他の騎士に比べたら何とも頼りない体格をしている。
その身長に加え、中性的な顔立ちなので女と言われても誰もが納得するだろう。
「あんな小さな体で敵軍を半壊させたのか…!?」
「何かの間違いじゃ……」
ぼそぼそと聞こえてくる声に騎士団が一瞥をやると、途端に静寂が戻った。彼らの目にはトーラに対する信頼と彼を誇りに思う気持ちが込もっていたのだ。
「トーラ、そなたに何か褒美を与えたい。何が欲しい?」
静かになった広間に再びアストワールの声が響いた。「ならば、スラム街に井戸の設置を。」
「井戸?スラムにか?」
ダニアンにはスラム街があり、そこでは貧困に苦しむ者や何かしらの理由で王都にいられなくなった者が暮らしていた。治安は悪く、王都内で暮らせている者達は近付こうともしなかった。
「トーラ殿は伯爵家の人間だろう。何故スラムなんぞを気にする…」
「お言葉ですが。」
大臣の1人の言葉が言い終わらないうちにトーラが遮った。
「私は国の真の宝とは子供だと思っています。それはスラムの子供だろうと同じ。ですが、今すぐにスラム自体を変えると言うのは無理な話であることも重々承知しております。ですから、せめて綺麗な水を飲ませてあげ、彼らが少しでも健やかに育つように計らいたいのです。」
トーラの1点の曇りもない瞳と、その言葉に騎士団以外の全ての人間が引き込まれていた。
(こんなにも民を思う貴族が一体どれ程いるだろう?伯爵家という高い身分だとしても他の貴族から感じる傲慢さが微塵もない。)
アストワールは自分の国にこんな人間がいることが誇らしかった。
「トーラ・ダリアーノ。そなたの願い、必ず叶えよう。これからも祖国の為に働いてくれ。」
「ありがとうございます。」 トーラに合わせるかのように騎士団の騎士達も深く頭を下げた。
その揃った姿を横目にアストワールは側近のマシャと広間を出た。
「マシャ、トーラとは面白い男だな。」
「はい。彼はきっと王国にとって不可欠な人間となりましょう。」
2人はそう言って微笑みあった。