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その五 (完結)

 思えば世界で一人くらい、心の底からボーカライドの未来に思いを馳せる者が居ても、その無駄な時間の使い方を咎められたりはしないだろう。

 宇宙の時の流れに比べて、そんな何も生み出さない時間は無に等しい。

 

 遺伝子治療や高性能宇宙船を開発していく人類は、宇宙への種の保存や拡散を願う地球という一つの種子からの発芽かもしれない。


 文化を栄養素とし、発芽の瞬間を待ちわびているのが人類とするならば、ボーカライドは人類の伴として宇宙へと伸びていくのか。

 それとも発芽のエネルギーに使われて種の皮ごと腐り落ちる文化なのか。

 

 だが育ちも腐りもせず、ただ興味を失われて廃棄されていく消耗品としてのボーカライド。

 もし彼女たちを拾い上げて、新しい土や風や太陽の元に届ける事ができれば、それはどれ程に美しい花を咲かせるだろうか。

 

 彼は、そんな妄想とも浪漫とも取れる考えから『ボーカライド中古ショップ』を開店させた。

 

 経営状態は悪過ぎも良過ぎも無い。

 ネットショップの価格を参考にしつつも自分なりの哲学で価格設定や品揃えを工夫している為か、

 目利きのある常連客からは「金の使い甲斐がある店の一つ」として一定の評価を受ける事ができた。

 

 捨てられたり飽きられたボーカライドを、その価値に気付いて対価を用意するに足る、と信じた人々に新しい出会いを仲介する。

 何度も何度もそのように自分の立場を結論し、ひたすらボーカライドの閉じた未来を開ける鍵を探し続ける。

 

 そう、一人くらいは捨てられたボーカライドの未来を案じても良いだろう。

 そして、宇宙の歴史や人類の発展に貢献できなくても良い。


 人類よりもボーカライドを選ぶ。

 その決意は、ボーカライドに出会うべきマスターを呼び寄せる。

 他の誰よりも、そのボーカライドを幸せにしてくれるはずのマスターを。


 ある日を境に、セクシャル機能を搭載したボーカライドの販売が禁止された。

 だが彼にとっては規制されようが、そのボーカライドを届けるべきマスターに届けるだけだ。


 とはいえ、販売猶予期間が終了すれば、店の売り場で扱う事は出来ない。

 そこで彼は一計を案じた。

 

「売っていけないならば、無料サービスの景品としてプレゼントするのはどうだろうか」


 結論から言えば、アウトであった。

 たとえ無料サービス景品としていてそれを目的に入店しても、他の商品を買う意欲に繋がれば「見せ札」のような扱いとなる。


「ならば事実上取得は不可能で、店内環境の演出として置いておくならばどうか」


 こちらは、グレーゾーンだった。

 バーの中央に高級車を設置し、法外な価格の値札を貼り付けていても、それは明らかに飲食店で扱う商品では無いから演出の一貫と見なされるだろう。


 ただ中古ボーカライドショップで、ボーカライドを景品としているのだから、たとえ売り物で無くても演出と言い切るのは難しい。

 しかし、UFOキャッチャーの中には絶対にアームの届かない位置に置かれた賑やかし用の景品も確かに存在する。


 やはりグレーゾーンであろう。

 それでも真っ黒で無いならば、やらないよりは、やった方がマシだ。


 手を汚すのを忌避し、焼却炉で燃やされていくボーカライドを一体でも減らす。

 埋め立てられるのを待つだけだったボーカライドを、一体でも多くマスターと出会わせて幸せにする。

 

 それが彼の選んだ決意だ。


 かくして、彼はセクシャル機能付きボーカライドを、絶対に取れない宣伝器具として店内に設置した。


 常連や一見客が何度か面白がって遊んでいたが、あくまでも「取れないと事前に伝えられている」上に「ジョークアイテムみたいな物」という説明を受けて、笑いはすれどムキになってしまう者は皆無だった。

 

 坂本が現れるまでは。


 坂本は、果たして神音シクを幸せに出来るのだろうか。

 欲望に支配されて、満足すれば捨て去ってしまう消費者では無いのだろうか。

 

 だがもし後者だとしても、これ程までに神音シクを求めている情熱を失わせるのはひたすらに惜しい。


 であれば、彼に出来る事は一つである。

 もしも運命とやらが彼に一度や二度の偶然では無く、三度という必然の数を微笑むならば、坂本に希望を見出してみよう。


 そして、坂本にボーカライドとは何かを理解する為の機会を持って貰い、神音シクを幸せにしてくれるかどうか試したい。

 それは傲慢ではあるが、同時に祈りでもある。

 坂本こそが神音シクのマスターとして相応しい、相応しくあって欲しい、それが店長の願いなのだ。



 * * *



 非常食を何度か食べて、何度か睡眠を摂った。

 坂本は、自分が無意味な時間を過ごしていると自覚していた。

 

 自分のような天才にして神と等しい存在が、なぜにボーカライドなる人形を前に、無為な時間を過ごすのか。

 人類にとって重大な損失であり、背任行為として死後は地獄行きだ。

 

 もっと別の事情で地獄行きは確定な気がしないでも無いが、そこは気付かないフリをしつつ、坂本はひたすらに神音シクと曲作りに励んでいた。


「シク、仰向けになって大の字で寝てご覧なさい」

「大の字、お断りします」


 簡易AIに学習機能は無い。

 これは単純に、坂本が作ったフレーズだ。

 話しかけてもまともな返事をしないのは流石の坂本でも寂しい。

 故に返事に聞こえる歌詞を作ったのだ。


 しかしこうして似非ながらも交流を取っていると、神音シクに本当のココロが宿ったのではないか、と錯覚してしまう程度には坂本の精神が参っていた。


 とにかく、歌が完成しない。


 シクの為に歌を作りたいと決心したが、作業は遅々として進まない。

 頭の中にはグルグルと「素晴らしい歌」が渦巻いる。

 武道館で坂本の歌を歌い上げる神音シクの妄想が、脳裏に張り付いて離れない。


 気分転換に変態トークを話してみたものの、沈んだ気持ちはちっとも晴れやしない。


「あーあ。才能無い人間に、ボーカライドなんて無理だ……」


 入力待ちのシクに、そんな弱音すら吐いてしまう。

 シクは答えず、緩やかな笑顔で坂本の続く歌を待っていた。


 自分には無理だ。

 自分に歌なんて作れない。

 自分は、シクを歌わせられない。

 

「俺って、どうして自分の気持ちを隠してしまうんだろうな。本当はボーカライドなんてどうでも良い。エロい事がしたい」


 血の汗を流しつつバイトして、一攫千金の万馬券を当てて、大学生活初めての長期休暇をボーカライドと二人っきりで過ごす。

 それが規制によって完全に狂った。


 なのに、いつの間にやら願いは叶っている。

 坂本の思い描いていた形とは、大きく違ってはいたが。

 

「でもシクが童謡を幸せそうに歌うのを見て、思ったんだ。俺も、お前を幸せにしてみたい。借り物じゃなくて、俺の歌で幸せにしてみたいと、そう思ったんだよ……クソ!」


 シクは何も答えない。

 答えるはずもない。

 彼女は人間でも高度なAIでも無い、どこにでもある普通の楽器なのだ。

 違うのは、彼女を「人の形」として認識している人間がここに居る、という一点だけ。

 

「らーらら、

 らーらーらーらーらーらーららー♪」


 思いついたメロディーを入力し、それを健気に歌い返してくれる。

 シクの感情は無くても、感情を見出す坂本が居る。


「いや、でも、もしかしたら」


 坂本は、とても単純な事実に気付いた。

 何度も失敗し、何度も諦めて、その度に新しくやり直した。

 だから、ここでシクが歌っているフレーズも失敗の一つである。

 

 だが「失敗」なのは何故だ?

 それを誰が決めた?


 シクは何も考えていない、観客も一人も居ない。

 決めたのは、坂本自身だ。


「俺が勝手に諦めているから、シクは幸せになれない」


 何も考えないはずのシクの幸せとは、すなわち、それを決められるのは……

 

「シク、お前の幸せは、俺が幸せにならないとダメなんだな」


 もちろん、シクは何も答えない。

 彼女は楽器である。

 楽器を鳴らすのは、楽器が泣いてしまうのは、演奏者が居るからだ。


「シク、本当に良いのか? 俺が幸せになって」


 シクの身体を抱きしめる。

 彼女の細い体躯が、ゆるゆると両腕を上げた。

 だが、しっかりと坂本を抱き返す。


「ありがとう、俺は、幸せだよ……」


 言葉にしてしまえば、それはあっけない。

 彼の歌わせたい歌詞も、感情も、メロディーも、そこにあった。


 そこまで気付けば、後は全て彼女が歌ってくれる。

 歌を歌えない坂本であっても、神音シクならば歌ってくれる。

 彼女こそが、坂本だけのボーカライドなのだから。



 * * *



「ボーカライドってのは、音楽の為の楽器だ」


 店長は、古いボーカライドの曲を店内に掛けて、呟いていた。

 それを聞く者は、カウンター越しに立っている。

 坂本は、神音シクを従えてそこに居た。


「楽器は音色に想いを乗せるが、彼女たちは言葉として想いを発する事が出来る。だから、幸せにしてやりたいんだな」


 雑誌には、何年も前のボーカライド・アーティストのインタビューが閉じ込められている。

 

「そして楽器はやがて朽ちる。捨てられていく楽器を拾い、直し、幸せと再び巡り逢わせるのが俺の商売だ」


 ボーカライド・アーティスト達の心は、無数に連なるボーカライドたちの声によって、いつまでも語り継がれるだろう。


「だがそいつは新品で、捨てられる理由はセクシャル機能だ。楽器じゃない。だから、そいつを楽器にしてやりたかった」

「ありがとよ。おかげで、俺にもボーカライドが何なのか、彼女たちの音楽とは何かが、やっと分かった気がする」


 彼の顔を見ると、サッパリとした爽快さすら感じ取れた。


「ボーカライドに陶酔しても、そこには何も無い。彼女が居る場所は、透明で空っぽな彼女に投影させた、自分の心の中」

「百年経たねば悟らない事を言うな。まだまだ導入部だ。これからも色んなボーカライド…いや、音楽との出会いがある。もっともっと彼女たちを幸せにしてやってくれ」


「ああ、何も知らない自分が彼女を抱いたら、きっと三分で飽きていたよ」

「早いなっ! 若いなっ!」

「でも今では、もっと色んな曲を作りたい。シクに歌わせたい。もっともっと、一緒に幸せになりたいんだ。その為には、こんな狭い部屋で完結していたらダメだ」


 坂本の言葉に店長が強く頷く。


 ここは墓場であり、教会だ。

 出会いと別れに祈りを捧げ、良い週末を過ごす為の祭壇。

 とても楽しい空間だが、同時に終わりの棲家でもある。

 

「街頭で歌わせたり、ライブ会場に連れて行ってあげたい。声と歌があれば、ボーカライドと人は、いつだって幸せだ」


 坂本はシクの深緑の髪を撫でて、彼女と視線を交わす。

 彼女はココロの無いアンドロイドだが、ココロを感じられる自分の心がある。

 だから、ココロと心を満たせるのは、坂本だけだ。


 店長の願いは、坂本の願いは、シクの幸せとしてここに成就した。

 彼らの幸せがここにある限り、ボーカライドは歌い続ける事だろう。




「それはそうとして、シクの拘束具を解く鍵を下さい」


「四十九万円になります、まいどありー」



執筆時、確かヘッドフォン・アディクションを延々リピートしてました。

「もう間に合いません」「全く書けない」と何度もへこたれましたが、

なんとか終わりまで書き上がった時に、それはもう心から嬉しかったですなぁ。


ちなみに今も私は天使の下僕でして、隔月誌のアレは当然購入し、

今度の武道館コンサートも友人が見事チケット当選っ!(私は落選でした)

9月が楽しみな今日この頃です。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!

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