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30 敵の接近 ~~大河の戦~~

シギベルト王、キルペリク王の兄であり、存命中のメロヴィング家の家長ともいうべきグントラムは、ブルグンド王国の中心地、シャロン・シュル・ソーヌに居住していた。

もっとも、特にやることはない。

騒がしい弟王たちの紛争を仲裁したり(もっとも効果はそれほどでないが。)、南東、イタリア北部にあるランゴバルド王国との抗争に対応したり(配下の武将がやる。)、といった仕事はあるが、自ら手を下すことはほとんどなく、流れに任せ、気持ちの赴くままに安楽な生活を送るのが、この王の仕事である。


配下は、なかなか忙しい。といっても、フランク族の一層の発展繁栄のためとか、ブルグンド王国の栄光のため、というような目的があるわけでもなく、単に自らの勢力を拡大し、金銀財宝を掠め取り、特にフランク族の憧れの的であった聖教会の要職に身内の者を押し込む算段をするなど、王が怠惰な日々を過ごしているだけに、下の者の野心は留まることがなかった。


ここに、エウニウス・ムモルスという人物がいる。古いローマ貴族の出であり、当代唯一の戦術家として名高い人物であった。

有能なだけに、グントラム王の傭兵隊長のような仕事をしていて、特に王の用命がない場合には、自分の領地や権益を更に富ませるのが常であった。それはこの時代の文明的有力者の典型的な肖像画を見るかのようであった。


先日は、シギベルト王に仕える大公、曲者《ボゾ》・グントラムと共にブリトン王国に攻め入って帰国したばかりのところを、王に命ぜられて北イタリアに攻め入り、大いに暴れまわってきたのだったが、今はブルグンド王国は平穏静謐な日々が続いており、少々目の前のビジネスが気にかかっているところでもある。


シャロン・シュル・ソーヌは、古くはカタラウヌムといい、フン族の名高い首領、アッティラ、ゲルマン族は畏敬の念を篭めてエッツェルと呼ぶ大王が、大敗北を蒙った地であるが、現在はその名残りは全くなく、グントラム王の安逸な生活を守るかのように優雅な邸宅街が拡がっていた。その一画、王の居住する大館のすぐ傍の屋敷で、名将ムモルスは、オルレアン商業組合の代表者と密談していたのだった。


「新たに開発されつつあるナント市の水運業を潰したい、か。」

ムモルスは呟くように言った。


「はい。かのナント市は、辺境伯ロゴの統治下にあり、ロゴは西フランク王キルペリク様の熱心な与党であります。キルペリク様は常にガリアにおいて第一の王となるべく策謀されておりますで、ブルグンド王グントラム様も日々心を痛めておられると聞き及んでおります。」

商人の一人が熱を籠めて言った。


「そちは、羊毛を商っておるのだったな。」

ムモルスはさりげなく牽制球を放った。

国際政治の話を仕掛けられても意味がない。そもそもグントラム王は、特にキルペリク王に敵対する動機はほとんどないし、仮にあったとしてもムモルスとしては、王の意向を先走って叶えてやる必要を感じていない。王に頼まれて初めて重い腰を上げるのだ。そうでなければ、都合の良い猟犬として使い潰されてしまうだろう。


「は。それはそうですが、私どもは、あくまでも全ガリアの平穏を願っておりましてですな、・・・」


「そして、そこのお前は、オルレアンからトゥールの陸運を掌握していたはずだ。」


ムモルスは、商人の言い分を無視して続けた。


「ナント市が新たな産業を次々に成功させていっているのは、私も聞いておるわ。それは何ら責められるべきことではない。オルレアンの商人どもの中には、それを歓迎する者もいるはず。お前たちの顔ぶれを見るだけで、お前たちの真意はもはや明らか。自分らの商売を守り、更にナントの成功を奪うのが目的であろうが。」


だから断る、ということではない。

別に大所高所からナント討つべし!と言われても迷惑なだけだ。己の軍略を買いたいのであれば、自分の財布を広げてみせよ、という意味を篭めている。


商人たちは、羊皮紙を広げた。ロワール河の、トゥールから上流にある水運業者のリストと所有する船舶がリストアップされている。


「これらの業者全てを我々で雇い入れるつもりでございます。それでナントを襲撃し、全て奪い尽くしてしまおうというのが今回の計画でございます。ところが、陸上の指揮を執るお方が見当たらず、閣下のところに参ったのです・・・。」


商人たちの計画は、かなり壮大なもののようであった。船に乗せる傭兵、陸上をロワール河に沿って下っていく部隊、いずれもオルレアンの有力商人が出資するつもりらしい。ムモルスとしては、自分の腹心の部下だけを連れて、指揮をとればそれでいいらしい。

もちろん報酬も払うし、ナント市を攻略すれば、そこの財物から分け前が得られる。オルレアンの商人たちは、ナントを破壊すればそれでよく、あわよくば新技術を奪うことができれば良いという考えなので、ナントにある金銀は全てムモルスを含めた傭兵たちに分配するという。


この作戦は、オルレアンの商業ギルドの名において行うので、ブルグンド王国は一切関知しないということになる。もちろんムモルスも単に雇われるだけのことだから、責任を負わされることはない。


これなら乗ってもいいかもしれぬ、とムモルスは考えた。


・・・



シャロン・シュル・ソーヌの密談から2か月後。

雑草が丘の辺境伯ロゴの留守中を任されたテウデリクは、手勢を率いてロワール川の北岸を進軍していた。

オルレアンの商人を中心に、大軍勢がナントに向かっているとの諜報に接したからである。エルフの血を引いた銀髪の少女、シノが忍者として各地に配下をばらまいて情報収集を怠らない。トゥールの大商人の動向も把握しているし、その関係で、さらに上流の大都市、オルレアンで不穏な動きがあることも察知できたのだ。


「ミーレ、水軍の方はどうか。」

テウデリクは馬上から隣を進む娘に声を掛けた。薙刀を構えながら馬を進める姿が美しくもあり、また恐ろしくもある。テウデリクの命令があれば、どこにでも馬を進めて敵を屠るであろう。


「はっ、大安宅船イズモを中心にロワール川を遡上しています。私たちよりも1里(リュー)」ほど西を保つようにしていますので、ここからは見えませんが。さきほど斥候が帰ってきて、問題なく進んでいるという報告がありました。」

ミーレは即座に答えた。


オルレアンの大商人連合軍は、800隻もの船を仕立ててロワール川を西に向かって下ってきている。そして北岸は、ブルグンド王国の英雄、エウニウス・ムモルスを中心とした傭兵部隊が船隊と歩調を揃えて西進しているという情報だった。それに対抗してテウデリクも陸上部隊と水軍とを並行して東に進めているのである。


「明日か明後日には衝突するな。」

テウデリクが呟く。

「そうですね。幸い、向こうはこちらにはまだ気が付いていないようです。」

ミーレが答える。シノとその配下たちの報告によれば、オルレアン軍の行軍に特段の変化が見られないということだから、数十里西にまでナント軍が迎撃に出ていることは知られていない。


「奴らは、トゥールまでは自分たちの味方だと思っているからな。そこを越えてから本格的に敵を警戒しはじめるのだろう。」

テウデリクが言う。

ロワール川は、上流から、オルレアン・トゥール・ナントと並んでいる。トゥールは、東フランク王国に属しているし、ナントとも商売敵の関係にある。今回のオルレアン軍の襲撃にも好意的だから、そこまではオルレアン軍としては友好地帯だと認識しているのだろう。ところが、テウデリクはナントの市民兵を動員するとすぐにトゥールを越えて迎撃に出たから、その時点で既にオルレアン軍の予測を超えた位置にあるということになる。


「トゥールからは頻りに使者が出ています。尋問の結果、我が軍がオルレアンに向かっていることを知らせようとしていることが明らかになりました。」

ミーレが報告を続ける。


「今のところ、情報はほぼ完璧に遮断できている。」

テウデリクが満足気に呟いた。


「テウデリク様!」

前方から、ヴェルナーが馬に乗って戻ってきた。小脇に布を巻いたものを抱えている。

「おお、どうしたヴェルナー」

テウデリクが応じた。

「はっ、この先の地形をご報告します!」


ヴェルナーにとっては、初陣に近い。基本的には家宰であるガーリナと並んで文官のトップとして養成してきた。ガーリナと違い、どちらかというと数字に強いので、経済官僚として、または領内のインフラ整備、産業振興に使ってきていたが、その一方で軍略家、軍政家としても重用していこうとテウデリクは考えていた。


「よし。ミーレ、行軍はそのまま続けよ。」

テウデリクはミーレに指示すると、ヴェルナーとともに道の脇に馬を止めた。ヴェルナーが布を広げると、かなり詳細な地図が現れた。


「今は、我々はここです。そして、敵軍は、このあたり。もっとも、敵軍の情報は古くなっているので、現時点では、ここまで進んでいると予測できます。」

ヴェルナーがきびきびと位置関係を説明する。

「で、あるか。」

「はっ。」


オルレアン軍の船は、零細な水運業者を搔き集めてきたもので、ほとんどが数本の櫂しか持たない小舟である。食糧も載せなければならないから、船上にはほとんど兵力が載っていない。戦力の要はやはり陸上部隊である。2000人はいるという報告が入っていた。


それに対して、テウデリクが動員できたのは、2500人であった。ナントの市民兵で軍役の当番に当たっていた者に加え、志願兵を募って2500人となった。ネイやヤンコーらがしっかりと訓練をしているし、防具や槍も真銀(ミスリル)を使った物をふんだんに供給しているから、正面衝突してもそれほど心配はない。もっとも、市民兵らにとってはこれがほとんど初の実戦であるし、市民から膨大な損害が出ると、今後の市政に影響が出るので、テウデリクとしては、できるだけ巧みに敵を撃破したい。それに相手はエウニウス・ムモルスである。有名な名将が相手なだけに油断はできない。


「明日の夜、敵はここで野営すると思うんです。」

ヴェルナーが地図上の一点を指さして断言した。


「なぜそう思う?」

テウデリクの見立ても同じだったが、一応確認した。ヴェルナーの軍事に対する理解の程度を探る必要がある。


「敵は、毎日おおよそ7里ほど進んでいます。これは地形によって多少の違いはありますが、ほぼ毎日同じくらいです。そして、周辺が開けていて奇襲を受けにくい場所を選んで野営しています。」


「野営の場所の条件はそれだけか。」

「いえ、敵の船団から食糧の補給を受け、船上の要員を陸で休ませる必要があるため、川の流れが弱く、北岸に岸のある場所を選んでいます。」

「ふむ。」

「本当は、それに加えて水のある場所という条件が加わりますが、今は敵はロワール川沿いを進んでいますので。」

ヴェルナーがほぼ正解に近い回答を述べた。


「よかろう。では、明後日の夜、敵はここだ。」

テウデリクが先を促す。


「はい。そこで、明後日の昼過ぎには我々はここに到着して、・・・この場所と、それからここ、そして、ここに兵を伏せておきます。明後日の夕方、敵の船団が野営地近くに船着けして、物資を下ろし始めたときに、水陸両方で襲撃するのが良いと思います。」


「なぜ夜襲にしたり、次の日の朝に襲撃しない?」

テウデリクは更に質問する。


「夜襲だと川でこちらの身動きがとりにくくなります。こちらは上流に向かって進みますし、船の隻数では圧倒的に少ないですから、見通しが悪いと敵の船に引っかかって動けなくなるおそれがあります。」

「ふむ。」

「陸上の方は、こちらは市民兵ですし、このあたりの地理はわからないので、夜襲はど思わぬ混乱に陥る危険があります。」

「なるほど。」

「朝の襲撃となると、夜のうちに敵の斥候に発見されるおそれがあります。ムモルスは、かなり慎重に斥候を巻いています。」

「そうだな。」

「それに、こちらの水軍が夜明け丁度に目的地に襲撃できる位置にいけるかが不確実です。ですから、航行速度を調節しやすい日中に進ませて、日没前に開戦に持っていくのが確実です。」


ヴェルナーが理路整然と説明する。


(非常に優秀だ。良くここまで育ってくれた。)

テウデリクは改めてヴェルナーを高く評価した。

そういえば、昔は、雑草が丘での定期市で、布を売る仕事をさせたことがあったが、そのときも冷静かつ丁寧な分析と発言で取引相手となる商人を唸らせたものであった。その才能は軍事面でも遺憾なく発揮されているようだ。


「よし、それで行こう。」

「ありがとうございます!」

ヴェルナーは自分の策が全面的に採用されたことが嬉しいらしく、頬を上気させた。修正が入らないというのは部下にとっては嬉しいものだ。今までヴェルナーは、内政面で立派な仕事をしてくれたが、実際の戦争に際して、ヴェルナーの献言がなされたのは、これが初めてだ。それが、全て良しと判定されたのだから、満足感は高いはずだ。


「細かいところは、頭に描けるか。」

テウデリクが確認した。

テウデリクは織田信長と呼ばれていた頃から、無理な仕事を部下にさせるということがなかった。客観的には無理だと思われるものでも、しっかり考えて、「これくらいなら、なんとかできるはずだ。」と判断した限度で仕事をさせてきている。能力以上の戦線を任せて大損害を出したらそのツケを払うのは大名である自分なのだ。


「はい。お任せ頂ければ、市民兵にも詳しく説明しておきます。」

ヴェルナーが答えた。これが意外と面倒臭い。市民兵は、急造の部隊だから、伏兵、奇襲といった複雑な戦闘行動をとらせるためには、事前に念入りに説明しておかなければならない。もちろん一人ひとりに説明するのではなく、幹部を通して意思を通じていくのだが、それにしても相当丁寧な説明を要する。その点、ヴェルナーは、きっちりやる自信があるようだ。


「水軍との連携も、そちから詰めておくように。」

「はっ!!」

ヴェルナーが勇んで答えた。


「テウ様!」

ミーレが前方から走って戻ってきた。一緒に見知らぬ幼女が白馬に乗って駆けてくる。ミーレが先導しているはずなのに、幼女は易々とミーレを追い越し、テウデリクの方に疾走してきた。

「何者か!」

ヴェルナーがテウデリクの前に立って、幼女を誰何した。まさか敵とも思われないが、何者かもわからない相手に主君(テウデリク)を無防備に晒すわけにはいかない。


幼女は白馬から降りた。

美しい衣装を纏っている。白いワンピースのドレスのような服で、ところどころに赤い色で模様が描かれている。髪は墨のように黒く、銀色のティアラをつけていた。よほど高貴な者の娘かもしれない。


幼女はヴェルナーを無視すると、テウデリクの顔をまじまじと見詰めた。

しばらく探るように見詰めると、やがて得心したように深くうなずくと、テウデリクの前に跪き、顔を上げて叫んだ。

「上様! 森蘭丸にござります!」

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