26 脱出 ~~名案が浮かばない~~
長い間投稿していなくて、申し訳ありませんでした。
ヒューゴこと、明智光秀は、パリで聖ゲルマニヌスの下、文明魔法を研究していましたが、西フランク王キルペリクの長子、テウデベルト王子に誘われてヒベルニア(アイルランド)に布教した聖パトリクスの聖遺物を探しに旅に出ます。ブリテン島に上陸した後、ケント王国の援助を受けてブリテン島を横断しますが、不思議な老婆から情報を得て、マン島に向かいます。そこで、ヒベルニアの新王の許しを得て、聖遺物を探すために洞穴に入ったところです。
やはりパリで魔法の研究をしていれば良かった。
ヒューゴは大木の枝の上に跨って、痛切な溜息を吐いた。その溜息は、根本に蝟集しているラプトリクスの群れに降りかかる。
戦国武将であった頃、身体に叩きこまれていた処世訓が、「あなどられないこと」であった。
同輩との間であなどられると、生死にかかわるのだ。それは敵や主君よりも恐ろしい。
戦場には、捨て駒となる部署がある。どう考えても割りに合わない部署、犠牲ばかりが多くて失敗して当たり前、うまく行っても誰にも褒められないような任務があるのだ。
主君は、配下を見渡して、誰にどの役割を命ずるかを考える。そのときに考えるのは、「こいつをここに充てても、配下は納得するだろう。」ということなのだ。仲間内でも、「あいつなら、あそこを任されても文句はいえないだろう。いや、むしろ名誉挽回の機会を与えられて当然だ。」と考えて、仲間を死地に追いやる後ろめたさを封じ込める。
一度ならまだいい。こういうことは、何度も続くのだ。あいつは、そういうことに使ってもいい奴だと認識されると、他の人間を指名しにくくなってしまうのだ。だから、あなどられたり、臆病な振る舞いを人に見せることは、死を意味する。それも、名誉のない死だ。
木下藤吉郎が、越前口からの殿軍を務めたことがあった。
あれも、似たような状況ではあった。
木下は別に臆病な振る舞いがあったわけでもなく、同輩からあなどられていたわけでもなかったが、美濃攻めに際しては特に目立った功績もなかった。調略に際しては活躍したが、それも斎藤家の当主が代替わりして家臣団の人望を失ったために順調に進んだだけのことであって、織田家の中ではそれほど高く評価されていなかった。その割に重用されていたのは信長が目を掛けていたからだった。そういうわけだから、主君の危機に際して保身を図ることは絶対に許されない状況にあった。そのことが分かっていたから木下藤吉郎も殿軍を志願したのだ。あのときに自分から志願しなかったら、次からは辛い任務ばかりを押し付けられて最後には死んでいただろう。
そのような理由で、戦国武将は、他人から怯懦呼ばわりされかねない振る舞いをすることを絶対に回避するのが常であった。一度そのような烙印を押されたら、取り返しがつかないからだ。
(フランク人には、通用しなさそうな考え方だったかもな。)
ヒューゴは続いて考える。
フランク人は、そういう難しいことを考えない。
敵、殺す、負ければ逃げる、ということ以上に複雑な思考を持たないのだ。別にヒューゴもテウデベルト王子の誘いを断っても問題はなかったかもしれない。
(正直、テウデベルト王子は、途中で引き返すと思っていた。)
うんざりする。
フランク人は、結構飽きっぽいところがある。聖教の教えに触れて感激して多額の財物を寄進したかと思うと、つまらぬことに激昂して教会の所有地を荒らしまわったりすることもある。テウデベルト王子もそんなもので、ケルティック・クロスを手に入れるために、ヒベルニアに渡るのが大変だと分かれば、熱も冷め、適当なところで諦め、くるりと廻って、安楽な西フランクの宮廷に戻るだろうと思っていたのだ。
そもそもケルティック・クロス、聖パトリキウスの聖遺物なるものにどのような価値があるというのだろうか。
誰も欲しいなんて言っていないのだ。
西フランク王、キルペリク、欲しがり屋のキルペリクの王妃、テウデベルト王子の義理の母に当たるフレデグンドの機嫌を取るために、キルペリク王が考え付いたプレゼントなのだ。それもフレデグンドも、特にいりませんと言っていたはずではないか。
どう考えてみても、この明智光秀、すなわちトゥールネのヒューゴが命を懸けるほどの価値はないはずなのだ。
「ちきしょう。」
ヒューゴが口走った。
眼下のラプトリクスは、飛び上がったりして木を登ろうとしているが、どうもうまく登ってこれないようだ。一応、ミヒャルもヒューゴも剣を抜いて構えている。ラプトリクスが登って来たら刺し殺さなければならない。テウデベルト王子は、もう一段上の枝に跨っている。
「夜になれば諦めるかな。」
ミヒャルが楽観論を口にした。
「甘いな。」
ヒューゴが吐き捨てる。もう敬語はなしにしよう。ミヒャルは王族でもなく、単なる騎士でしかない。この状況で遠慮する方が馬鹿らしい。
「んー、まあ、甘いか。そうだな。夜も動きそうだもんな、あいつら。」
ミヒャルも同意した。
ラプトリクスは、二足歩行する巨大なワニのような姿をしている。その動きは俊敏で、夜になって動けなくなるような感じがしない。
「どうします、王子? いっそのこと討って出ましょうか。」
ミヒャルが軽く聞いた。もちろんこのまま木を降りたら、三人ともまたたくまにもみくちゃにされて、後には肉の一切れも残らないだろう。
「ヒューゴ。」
テウデベルト王子は、相変わらず深く沈んだ声で呼びかけた。
沈思黙考といった雰囲気ではあるが、その実、この王子は何も考えていない。その割りに頑固なところがあるから厄介ではある。
「なんでしょう、王子。」
ヒューゴが答えた。
「お前、空を飛べるのだな。」
「いや飛べませんよ。」
「さっき飛んだではないか。」
ヒューゴは考え込んだ。この王子は何を言っているのだろうか。
「ラプトリクスの群れを追い払って、一瞬の隙をついてこの木の枝に飛び上がったではないか。」
そのことか。実は、秘密にしていたかった。詳細を説明すると手の内を明かすことになる。いくら冒険の仲間とはいえ、こういうことは可能な限り秘匿しておきたい。今後敵に回ることもありえるのだ。
「ああ、あれは飛んだんじゃなくて、跳躍したんです。」
「跳躍というのか。」
「ひょいっと跳びあがるんですよ。」
「あまりにも高く飛んでいたぞ。」
「うーん、魔法、ですかね。」
曖昧に説明した。野蛮魔法だと教えると厄介なことになる。テウデベルト王子がどれくらい信仰深い人間か分からないが、聖遺物を探しに海を越えるような人間だ。およそまともな思考をしているとは思われない。野蛮魔法は聖教から目の仇にされているのだから、ここは口を噤んでおいた方が良さそうではある。
「なるほど。さすがは、トゥールのグレゴリウス大司教の薫陶を受けてきただけのことはあるな。」
テウデベルト王子は、妙に懐かしい名前を口に出して、一人納得した。
「あー、まあ、そうですかね。」
ヒューゴは適当に相槌を打った。
「ここから跳んだら、どのあたりまで行けるか?」
王子が続けて聞く。
「うーん、4トワーズくらいですかね。」
ヒューゴが感覚で答える。
野蛮魔法で身体を強化して、更に一度、空中で足場を作って再度跳びあがれば、なんとかそれくらいは飛べるだろう。
「それを繰り返したら、この草原を抜けられるのではないか。」
テウデベルト王子が言った。
「着地したところで襲われますよ。」
ヒューゴが言い返す。
「いや、どこに着地するかは、ラプトリクスにも予測がつかないはずだ。追いかけてきて、攻撃してくるまでの間に、また飛べばいい。」
王子が言う。
「それは俺が助かるための方法です。でも、俺だけが逃げることはできませんよ。」
ヒューゴは心底、この冒険行を阿呆らしいと思っているが、それでも流石に王子を置いて自分だけ逃げるわけにもいかない。今後の評判にも関わるだろう。そんなことをするくらいなら、最初から参加を断っていた方がよほどマシだろう。
「いや、それは行けるかもしれねえな。」
ミヒャルが口を挟んだ。
「ケルティック・クロスをヒューゴの背中に結び付けるんだ。」
「なるほど、しかし、重くないだろうか。」
と王子が首を傾げる。
「まあ、それくらいなら大丈夫ですけどね。」
ヒューゴが答える。ケルティック・クロスは、その貴重性に比して笑ってしまうほど軽そうに見えた。
「それで、ヒューゴが草原を抜けたら、そこで俺たちを救い出すためになんとかするんだ。」
ミヒャルが言う。
「なんとかって、どうするんだよ。」
ヒューゴが聞く。
「そりゃ、なんとか、だよ。俺に分からないさ。」
ミヒャルが答える。
「そうはいっても・・・。」
ヒューゴが考え込む。自分だけが草原を抜ければ、何かできることはあるだろうか。
「俺に考えられるのは、せいぜい囮になるという程度ですけど、この距離だと俺が他のラプトリクスを呼び寄せても、ここにいる奴らは動かないと思うんです。」
「うーん。」
ミヒャルは考え込んでしまった。
ご一読ありがとうございました。
脱出方法を考えていると、全然書けなくなってしまっていました。今も困っています。
書けない間、ご感想下さった方、お気に入り登録して下さった方、本当にありがとうございます!
次の投稿がいつになるか、分かりませんが、なんとか脱出できるように頑張りたいと思います。
引き続きお楽しみ頂けますことを祈りつつ。




