8 俗ラテン語 ~~文明の衰退は目を覆わんばかりじゃわ~~
本日3話目です。なお、この作品はフィクションであり、実在の民族・宗教とは何のかかわりもありませんので、ご理解のほどお願い致します。
司祭は、聖水に浸かった俺と目が合うと、にやりと下卑た笑いを漏らした。
「いひひひ。テウデリクお坊ちゃまでしたっけぇ?拙僧は、こんなに醜くてみすぼらしい赤子は、見たことも聞いたこともございませぬな。本当に人の子でしょうかね。いやいや、獣の血が混じっているに違いないわ。黒い目は、誰の血だろうな。クロティルドはどこの男からこの種を貰ったのやら。」
嫌な笑い方をされた。
クレーヌは、少し口を離して、
「クロティルドは、身持ちは堅いと思うわよ。きっと間違いなくロゴの子ね。顔立ちも何となく似ているし。クロティルドは東ゴートだから、フン族の血が入っていても不思議じゃないわ。でも、そんなことはどうでもいいから、早く洗礼をしてしまいなさいよ、ジェーロム。この子、風邪を引くわよ。」
と、注意した。
司祭の名はジェーロムというらしい。あ、あと、僕の父親は、ロゴという男だということになっているようだ。ロゴな。覚えておかなければ。
司祭は、そうだったなとかぶつぶつ言いながら、祈りの文言を唱えはじめた。
「空ニオラレヌ俺ノ神様。頼ミマスカラ、コノオ子ノ生誕ヲ祝福シ、トコシエナ、ワガ下僕トナリ、スリヘルマデ働キ戦イテ死ネ。」
祝詞の意味する悪意に満ちた言葉に怒りを覚えるよりも先に、ラテン語の文法的誤りの方が笑えてきた。
僕は、長い夢を断続的に見ていて、ローマ帝国軍にずっとついていたから、正統な彼らの言葉も、ほぼ問題なく理解できるようになっていた。その彼らの格調高いラテン語に比べると、このジェーロムという下品な司祭のラテン語は、あまりに酷かった。
司祭は詠唱を終えると、そのままクレーヌの奉仕に集中した。さっきからの話をまとめると、クレーヌの夫は近隣のフランク族の男だが、クレーヌ自身はガロ・ローマ人、つまりここの現地人とローマ人の混血ということだ。だから、クレーヌは、俺やフランク族が馬鹿にされても、別になんとも思わないということなのだろう。
しかし、村井は、相当遠いところに僕を匿っているのだな。知らない地名、民族名ばかりだ。もっとも夢で適切に情報を補っているところなので、かなり事情が分かって良い。しかし、この聖水盆は、なんとかならないのか。かなり寒いぞ。
寒い寒いと震えている間、この司祭という貧相な男は、気持ちよく果てたらしく、しばらく僕とは別の意味で震えながら、余韻に浸っていた。おい、いいご身分だな、と思ってみていたら、司祭が、「さて、本日の仕事の仕上げといこうか!」と妙に元気に言い始めた。そして、クレーヌの口に指を突っ込んで、白濁する液体をぬるりとまとわりつかせた。その汚れた指を僕の顔に突き立てて、頬や顎に塗りたくる。最後に僕の口の中に突っ込んできた。
くさっ!えずくような味がして、吐き気を催してきた。
「ひひひひひひひ。このガリアの地で抗うものとてないフランク族といえど、神の御心の前では、このように無力でございますよ。つまり、拙僧の下僕のようなものじゃ。ひひひひざまあみろ」
というわけで、僕の洗礼は終わったのだった。この司祭、いつか殺す。
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