16 内政は進捗する ~~特産品ラッシュ~~
開いて頂いてありがとうございました!
雑草が丘の城には、本丸としてロゴの館があり、その二階は近代的事務所ともいうべき機能性を備えていた。一画にテウデリクの執務室があり、その奥にはテウデリクの寝室になっている。
隣に家宰のガーリナの部屋がある。ガーリナの部屋は大部屋で、数名の事務員が執務していた。税務、会計処理、外交関係、農政、先端技術の管理、人事などを掌る、ロゴの統治機能が集約されていた。
なお、ロゴは妻クロティルドと双子と3階で寝起きしている。起きているときは、館の1階で酒を飲みながら従士らと話をしていたり、村からの陳情を聞いたりしている。気が向いたら、城の前の広場で訓練させたり、外を巡回したりしている。2階の関係は、ほぼテウデリクとガーリナに一任されている。
「東の村でお茶畑の開発を指導していましたが、ほぼ完了しました。もう商業ベースに乗っています。」
ガーリナが報告する。
「うむ。」
テウデリクは満足げに答えた。
お茶は、シノとマイナが探し出してくれた。試しに栽培してみたところ、うまく行ったので、大量に栽培して売り出すことにしていたのだが、これも特産品になりそうだ。
「あと、ユーローからの報告ですが、領内の道路整備はほぼ完了しています。港湾施設、工場群、倉庫なども完成です。」
「良いな。」
「はい。領内の人口も順調に増えていますから、人手不足もとりあえずは解消されています。」
戦乱が続いていたが、その都度あちこちに兵を派遣して人間を略奪してきた。人口増の最大の原因なのだが、略奪された人間が、居心地の良さに気付き、家族を呼び寄せる例が見られるようになってきていた。
更に、生活環境の良さ、衣食住の充実が死亡率を低めているから、それもじわじわと効果を生んでいる。
そして、最近では、ロゴの領地の噂を聞いて、各地から移住してくる人間も増えている。
「ガレオ様とは協約が成立しました。海岸地帯の警備は請け負ってくれるそうです。謝礼は要求されましたが、それほど多額ではありません。」
ガーリナが報告を続ける。
西隣りのフランク人領主、ガレオとは、その若妻クレーヌの関係もあって、一時期緊張関係にあった。しかし、ガーリナが尽力したお蔭で、今では協力体制が出来上がっている。もちろん完全に信用できるわけではないが、塩田の警備に割く人手を節約できるのはありがたいことだ。
「陶器の販売も極めて順調です。」
ムールという少年が泥をこねていたのを見て思いついたのだが、これもちゃんと生産できているようだ。
「これは、ユーロー達が釉薬を開発したからですね。」
ガーリナが補足する。
「そうだな。」
「それと、これもユーローからの報告ですが、魔の森の端で木を切ったそうです。」
「ほう。」
魔の森の木は異様に堅くて加工ができない。しかし、伝説の大槌、ミョルニルで作ったのこぎりだと歯が立つらしい。流石に真銀製ののこぎりなどという贅沢な使い方は、ここでしかできないだろうが。
「炭にするのに最適だということです。」
「そうか。」
「更に、船の材料にも適していると。」
「ほう。」
堅くて軽い木が望ましいのだ。どうやら条件を満たしていたらしい。
「しかも、伐採してから一週間後には、元と同じように生えていたそうです。」
「まことか!」
乱伐のことはずっと気になっていたのだった。今のペースだと、領内の森は遠からずなくなってしまうのではないかと思っていたが、現時点では植林までやっていると、人的物的資源の配分という意味で辛い。その点で、魔の森は、木材供給の問題を一挙に解決してくれそうなのだ。
「もっとも、釘を打ちこむのが難しいそうなのですが、極力釘を使わないようにするということです。どうしても必要な場合は、真銀の釘を使うということだそうです。」
「よかろう。」
真銀の釘とは贅沢すぎるが、グラインガドルがミョルニルを離さないので、24時間稼働といっても大げさではないほどの生産ができている。
「ユーローは良くやってくれている。」
「はっ。伝えておきましょう。」
ガーリナが、もう一点思い出す。
「そうそう、先日、メーグ様からお手紙が。」
ロゴの封臣で、雑草が丘の北東にある村を任せられている。
「おう、どうだった?」
実はテウデリクがロゴに頼み、メーグをソワソンに派遣していたのだった。キルペリク王の近辺で、元家宰、ナントの代官であったゴームルの血縁を探して貰っていたのだ。
ドワーフとケルトの襲撃の際、ゴームルは小勢ながらも敵に突入して、壮烈な戦死を遂げた。その功に報いなければならないが、取り立てるべき子がいない。フランクの風習として、そういうときには、それはそのままほったらかしにするのだが、戦国武将としてはそういうのは収まりが悪い。きちんと報いなければ気が済まないのだ。統率の基本として叩きこまれている。
「はい。テルアンヌ地方まで足を運んだところ、どうやら遠い血縁に当たる少年を発見したそうです。ロゴ様にお仕えするように説得したということです。近日中にこちらに着くでしょう。」
「そうか。それは良かった。」
「そのままナントの代官になさいますか?」
ガーリナが確認した。
「いや、いきなりは無理だし、そこまではしない。まずは僕の下で鍛える。」
当然のことだろう。もっとも、テウデリクが自ら鍛えるのであれば、将来はきちんと出世していけるだろうとも思われるので、まずは妥当なところといえるだろう。
「ご報告は以上です。」
ガーリナが締めくくったところで、ミーレとシノが入って来た。
「どうした。」
「は、魔の森で、奇妙な植物を見つけたのです。」
ミーレが袋を出した。
「ふむ。」
草の先に花がついているが、その花の実が割れて、ふわふわなものが開いている。
「おっ! これはっ!」
テウデリクが叫んだ。
「ご存知ですか?」
ミーレが質問した。
「いや、知っているわけではないが、これは綿になるかもしれぬのだ。」
テウデリクが答えた。
綿は戦国時代においても重要物資だった。
極端に言えば、何にでも使える素材だ。羊毛の供給が少し頭打ちになっていて、製糸工場、機織工場の生産能力が過剰な状態になっていた。その点、綿製品も作れるようになったら、商品の幅が広がることになる。
「魔の森にあったか。」
「はい。ただ、これはこの一つだけでした。それも枯れかけていたので、そのまま持って帰ってしまいました。」
「ふむ。」
テウデリクは考えた。
「よし、行ってみるか。」
気軽に決断した。
最近は、幼児たちの能力も相当上がっているから、魔の森も散歩程度の気分で行けるようになっている。もちろん用心は必要だが、十分に警戒していれば大丈夫なのだ。
ガーリナに後は任せた。
ガーリナは、一般的に領内領外の事務処理を一手に引き受けてくれている。それで週に一度程度テウデリクに報告を上げ、その後、ロゴには、もう少し簡潔にまとめた報告をすることになっていた。もっともロゴは、外を出歩いていることが多いから、夜の食事中とかに雑談交じりで報告することも多い。ロゴは肉と酒を片手に話を聞いて、「おぅ、ばっちしだな。」とか、「ヴェルナーは、働きすぎじゃねえか。」とか感想を言うが、基本的には駄目だしはしない。
館の一階に降りて行った。
一階では、従士たちが武具の手入れなどをしている。また、下女らが食事の支度や掃除、洗濯、繕いものなどの作業をしていて、雑然とした雰囲気ながらも、明るい活気が感じられた。
テウデリクも全員に声を掛けながら外に出た。
「いい天気ですね。」
シノが口を開いた。
衣服関係が充実してきたことから、シノには忍び装束を新調することができた。ナントの服飾職人のところに行って、あれこれ説明してなんとか戦国時代の忍び装束を再現させたのだ。
もっとも、テウデリクは戦国武将であって、忍びの専門家ではない。忍びの者と会ったことはあるが、その装束までは細かく見ていない。どんなものか分からなくて、トゥールのヒューゴに手紙で質問したところ、恐ろしく詳細な図解入りで解説書が送られてきた。
明智光秀、若い頃より放浪の生活を送っていたものだから、色々なことに極めて詳しい。
なお、解説書には、
「女の忍びは、身体にきつく黒い布を巻きつけるが、自然な膨らみは残していなければならない。
更に、手を上に伸ばしたときには、上衣がずり上がって、それにより、
迂 闊 に も 脇腹がほんの少しだけ露出してしまうのが最適である。
この露出部分を
聖 三 角 形
という。」
という、良く分からないながらも欲望丸出しのコメントが付せられていて、ちょっと、いやドン引きしたのだが、とりあえず先達の言うことだからということで、そのように服飾職人にも発注している。
それからミスリルで鎖帷子を作っている。全身を覆うと、流石に重いし、動きも硬くなるので、心臓、腹などの枢要部分を覆っているだけだ。それでもかなり安全度は高まっている。なお、脇はヒューゴの指示に従って鎖帷子でも覆わないように配慮が施されている。
シノは銀髪で耳が尖っているのだが、忍び装束を着るとそれが見えなくなってしまうのが少し残念だ。その代わり、忍び装束を脱ぐときに、はらりと広がる細い髪が実に美しい。ほっと見惚れてしまうほどだ。
ミーレは、古代ローマ時代の女騎士風に考えて作った。
いや、古代ローマには女騎士などはいなかったが、美しさと実用性を両立させるべく、趣向を凝らした。
下の服は実用性を重視してミニスカートを履かせた。あくまでも実用性の観点からであって、決してやましい気持ちからではない。もっとも、西隣りの封臣、ジャケがロゴの城に顔を出したときには、「おぉ、テウデリク殿、エロだな! エロの極みだな!!」と叫んで、ミーレの母親であるレイナに白い眼で見られたのだった。ちなみに足元は革製のブーツでふくらはぎまで防御している。
そして、真銀で胸甲と兜を作らせたのだった。後は籠手をしている程度だ。全身を守るとなるとやはり重いから、最小限に抑えたのだ。
館の外に出ると、少し階段を下りて広場に出た。
従士や村の有志が訓練をしているが、今日はそれに加えて村人を動員しての作業が進められていた。
「ヴェルナー、ご苦労。」
テウデリクが声を掛けた。
「あ、テウデリク様。」
ヴェルナーが返事をした。汗だくになって走り回って指示を飛ばしている。
「順調です。200個は用意しておこうと思っているところです!」
下の村で粘土を球の形に捏ね、それを焼き固めたものを納品させているのだ。これを城壁の内側に並べて置いて、敵が迫って来たときには真っ赤に加熱して転がすという戦法を考えたのだ。完成したら、布で覆って隠しておくことにしている。そうすれば客人が来ても何も分からないだろう。もっとも見たとしても何に使うかは想像もつかないだろうが。
「問題は燃料だな。」
テウデリクが言った。かなり大きな球だから、それを加熱するのは相当な火力を要するはずだ。
「ユーローからご報告があったかと思いますが、魔の森の木を使った炭が、ありえない勢いで燃えるんです。」
ヴェルナーが説明を始めた。
「ああ、それは聞いた。量は揃えられるか?」
「はい。倉庫に詰め込んでいます。200個くらいは加熱できる量が確保できる予定です。すぐは無理ですが、おそらく3か月後くらいには十分な量になるでしょう。」
「ふむ。」
近いうちに大規模な敵襲があるとは思えない。前回と同じ戦法で来たら、同じ戦法で撃退できるだろう。違う戦法で、違う兵器で攻めてくるのなら、もう少し時間が掛かるだろう。
いずれにしても、今回の攻勢でドワーフの王が戦死している。新しい王が据えられて、陣容を固めるまで時間が掛かるだろうし、ケルト人との間にも亀裂が走っている可能性がある。
楽観は禁物だが、しばらくは大丈夫だと考えていた。
「ヴェルナー。」
「はい。」
「1万に近い敵が攻めて来たら、村人の半分はナントに逃がす方がいいかもな。」
「あぁ、なるほど。」
ヴェルナーが考え込んだ。確かに、一万もの大軍であれば行軍速度が遅くなる。そうすると雑草が丘の下の村からナントに逃げ込む時間はあるはずだ。特に戦闘に参加しない層はナントに避難させておいた方が食糧の心配が減るのだ。
「ユーローとも相談して考えて置いてくれ。」
ユーローの名前が挙がるのは、ナントの防衛機能を担当しているからだ。
「はいっ、分かりました。」
ヴェルナーと話を終えて、城門に差し掛かった。
「テウ様!」
城門の上からマイナが声を掛けてきた。
レイズの村の孤児だったマイナだ。今はすっかり元気になって、一生懸命働いてくれている。
「マイナ、調子はどうだ。」
テウデリクが声を掛けると、マイナは満面に笑みを浮かべて空を指さした。
青い空が眩しい。そこにオスプレイが舞っていた。3羽いる。
「もう一羽、飛ばします!」
マイナが叫んで、止まり木からオスプレイを腕に移して話し掛け始めた。オスプレイもマイナに顔を寄せて真剣に話を聞いている。
「それっ!」
マイナの声とともに前に差し出された腕の上から、オスプレイが思い切りよく飛び出した。丘の下に向けて滑空しながらスピードを上げ、徐々に高度を上げていく。軽やかに羽ばたきながら、見上げるような高さに至り、悠々と舞い始める。
「順調だな!」
テウデリクが大声を上げる。
「はいっ!!」
先日の戦闘でオスプレイが一羽死んだ。そのあとは少し落ち込んでいたが、暗黒時代の幼女は強靭な精神を持っていた。その後テウデリク達と狩りに出て、再びオスプレイの巣を襲撃して、両親を射とめて焼いて食べた後に卵を回収したのだ。細かく考えれば酷い話なのだが、細かく考えなければ別に何でもない話だ。動物を擬人化して愛玩する習慣がないから、家畜として大切に可愛がることと、容赦なく利用することが自然に両立している。
「また鷹狩りに行きましょうね!」
マイナが叫ぶ。
「おう、父者も行ってみたいと言っていたからな!」
ロゴを誘うのをすっかり忘れていたのだった。
食卓で幼児たちが楽しげに鷹狩りの話をするものだから、いきなり機嫌が悪くなってしまって驚いたことがあった。そのときに、今育てている鷹の訓練ができたら誘うことを約束させられたのだ。
「マイナ、黒千代を連れて行くぞ!」
狼のような迫力のある風貌をした犬を呼び、一緒に来させた。戦力はある方がいいだろう。
・・・
城門をくぐる。
従士が必ず一人は立っていることになっている。
「魔の森に行ってくる。その後北の村によるつもりなので、帰りは明後日ぐらいになるだろう。」
テウデリクが告げた。
「はっ、いってらっしゃいませ。」
従士が頭を下げた。
焼けるような暑さだが、それも含めてお出掛け日和だ。
○ ○ ○ ○ ○
さぶっ!
ヒューゴはぶるっと震えた。真夏の昼間なのに、このブリテンという島は時々肌寒く感じることがある。少しでも雲で太陽が陰ると、冷気が忍び寄ってくるのだ。どういう土地なのだろうか。この最果ての島に文明が繁栄することは決してないだろうと毒づきながら、足を速める。少しでも身体を動かすと寒さが紛れるだろうという考えだ。
延々と灰色の砂浜を左手に見ながら歩いて行っている。どこまで歩けというのだろうか。右手には、これもまた延々と緑色の草原が広がっている。牧歌的な風景といえばそうなのだが、人気が全くないとなると、それはそれで恐ろしい雰囲気を感じるのだ。
稀に羊飼いを見ることがあるから、完全に無人地帯ではないのだろうが、ほとんど人間社会の影響を感じない。
「悪い土地ではないのだがな。」
テウデベルト王子も同じことを考えていたのか、ぽつりと言葉を発した。そこそこ水もあるし、平原地帯だから耕すのはそれほど困難でもない。
ミヒャルが、
「ええ? 女もいないのに?」
と見当違いの意見を述べたが、それは無視する。
「このあたりは、ゲルマンとケルトの境界になっているのですか?」
ヒューゴが聞いた。そうであれば、常に戦争状態になっているから、人が住めないということもあるかもしれない。
「それは私も知らぬ。」
無理もないだろう。カンタベリからおおよそ西北西にほぼ真っ直ぐ進んで海に突き当たっただけなのだから、そもそも自分がどのあたりにいるのかもおぼろげなのだ。
「ああ、ここはゲルマンの勢力圏だったはずですぜ。」
ミヒャルが言った。
「送ってきてくれた騎士たちが言っていたんだが、ケルト人たちは、ここより南方に押し込められているらしいんだ。ここから北は海に至るまでサクソンのものだって言ってた。」
「では、なぜ耕さぬのでしょう。」
ヒューゴが疑問を示した。
ゲルマンは農地を求めて移動した。特に移動距離が短いフランクやサクソンはそうだ。
東ゴートのように、傭兵として地中海世界を渡り歩き、適当な場所に落ち着いてそこで軍事政権を立てるのとは性質が違う。基本的には開拓する土地が欲しいというのが移動の主目的で戦争や略奪はその前菜に過ぎない。
「そうだな、大陸には受け入れを望むサクソンの農民が、空いた土地はないかと待ち構えている。ここが使えるのであれば、この地の王が呼び寄せて開拓させるはずだ。」
テウデベルト王子が考え込む。
「そうするとやはり危険な土地だということになるな。」
ミヒャルが応じる。
「多少の魔物は出ると護衛の騎士たちは言ってましたね。」
ヒューゴが思い出して言うが、それくらいならどこでも同じことなのだ。
「分からんな。」
テウデベルト王子が諦めようとした。
「最後に考えられるのは、ヒベルニアですね。」
ヒューゴが結論を出した。
「え? なんで?」
ミヒャルが不思議そうに聞いた。
「海を隔てて向かい合っていますから、船に乗って襲撃に来るんでしょうよ。」
ヒューゴが解説する。
三人は立ち止まって海の向こうを見る。青い水平線が見えるが、その向こうには大きな島が横たわっているはずなのだ。そこにどのような人間が、どのような民族が住んでいるか、あまりにも情報が少ない。
ご一読ありがとうございました。
おそらくしばらくはこのペースでほぼ続けられると思います。
話は変わりますが、アオザイ、綺麗ですね。




