5 帝国の戦争 ~~蛮族は皆殺しにせよ!~~
光秀はしばらくは出てこない予定です。
ワシは乳母に抱かれて、また、夢を見た。
ずいぶんと便利なことに、この前見た夢の続きであった。
軍団が兵舎を出て、都市を離れていく。都市の外は、綺麗に舗装された道路が続いていた。この道路は、石畳が敷き詰められていて、非常に歩きやすいように出来ている。しかも、良く工夫されていて、できるだけまっすぐ、しかも起伏が少ないように設計されている。
この道を建設したのは誰だろうか。是非とも当家でも召し抱えたいものだ。
(古代ノ軍ダヨ)
また知らない声が聞えた。
古代の軍か。なるほど、そうであったか。そういえば、そんなことを知らない声が言っていたのだった。
少し納得する。非常に規律正しい軍勢だが、どうも武具が稚拙な感じがしていたのだ。
まず、火縄銃がない。そうであれば当然のことだが、鎧兜も火縄銃に対応した防御力がなさそうだ。
触ることはできないので確信はもてないが、鉄の品質も悪いようだ。防具も槍も剣も、重さの割りには壊れやすそうな気がする。
騎馬隊らしきものもない。指揮官とその周辺のみが馬に乗っている。これでは、敵と会戦するかどうかは、敵が自由に決められることになってしまう。
弓も少ない。少ない上に簡素な作りだから、それほど遠くまでは届かないだろう。
軍装は統一されている。これは理屈抜きに美しい。もっとも、織田家の武者たちのような、色とりどりの華やぎがないのが残念だ。
軍団は、それから何日も掛けて、野を越え山を越え、川を渡り、森を突き抜けて進んでいった。
要所要所で別の軍団と合流していく。
(ドウカネ、他人ノ軍勢ハ)
声が問いかけてきた。
(良いな。軍団同士の連携が取れている。)
合流にほとんど手間取っていない。機を合わせて移動しなければ、こうはいかないはずだ。相当な訓練と密な連絡、事前の充分な準備と計画がなければ、なかなか難しい。司令官が優秀なのも確かだろうが、動員に慣れた組織でなければ、もっともたつくはずだ。
驚いたことに、軍団の先頭と最後尾に工人の部隊がついている。先頭は分かる。道路が悪ければ補修しなければならない。軍団が通る前に補修を終らせておかなければ、行軍に著しく支障を生じるから、これはちゃんとした軍勢ならやっておくべきことだ。
最後尾の工人隊は、軍団の通過によって痛んだ道路を補修して進んで行っている。こんなことまでやる軍は見たことも聞いたこともない。おそらくこの古代帝国では、軍が道路の補修を担当しているのだろう。軍団が通過すると、どうしても道が傷む。そこで、通過直後に補修するのだ。面倒ではあるが、極めて配慮の行き届いたやり方だ。これ一つをみても、この軍団が非凡な集団であることがわかる。
(もっとも、おとなしすぎる。)
整然としているということは、小さくまとまっているということだ。これでは、練兵場では優れた軍であっても、敵に正対したときに、充分な破壊力を発揮できるだろうか。
(実際ノ戦イヲ見テミルシカナイナ)という声にワシは同意した。
それから数日、軍団は、かなりの速度で行軍しつつ、友軍と合流していったから、いまや5万を越える兵力となっていた。いつの間にか、少数ながらも騎馬隊も合流している。そして、ある日、この軍団は、行軍をやめ、野戦陣地を構築し始めた。敵が近いのだろうか。ワシは、空中に浮き上がり、ゆらりと移動を開始した。
季節は春のようだ。はっきりとは分からないが、草木の青さ、その匂いで、そう判断した。ここは、森の多い地域のようだが、陣地の周辺は、ところどころに小さな林がある程度で、概ね見渡しが良い。緩やかな起伏のある土地で、地面は柔らかい土のようだから、陣地を設営しやすいだろう。
彼らのような規律正しい軍にとっては、理想的な会戦場所だ。
彼らの陣地を離れてしばらく行くと、林が増えてきて、気がついたら深い森に入っていた。木は高く密生している。少し離れたところだと、もう何も見えないくらいだ。薄暗く、鳥の鳴き声や、得体の知れない物音がしている。
物音の方向に向けて近づいていった。森の中のかなり広く開けた空間に、毛皮を纏って、髪の毛を長く伸ばした武装した男たちが大勢座り込んでいた。近寄るだけで物凄い悪臭がする。しゃがんでいるのがいると思ったら、大便をしていた。隣で水を飲んでいる男がいる。どこで用を足すかも決めていないらしい。馬も多数連れてきている。
空間の奥の方には幌のついていない荷馬車がたくさん置いてあって、女子供が乗っていた。
(蛮人だな。)
(帝国ハ、蛮族ト呼ンデイルノダ。げるまん民族トイウ人々ダ。)
ゲルマン民族。どこかで聞いたことがあるような記憶がある。南蛮人が、侮蔑を込めて、そう呼んでいたようだ。
(紅毛人という奴か。)
(汝ノ世界デ、ソウ呼バレテイタ者タチニ似テイルガ、別ノモノダ。)
(ワシの世界?どういうことだ。)
声は、(イズレワカルサ)というのみで、それ以上は何も説明を続けなかった。
実に騒がしい連中だ。
誰もが思い思いに喋ったり、大声を張り上げたりしている。人の制止も聞かないで柄の短い斧を振り回していたり、棍棒を削る者がいたり。指揮を執る者がいるのかどうかすら定かではない。しかし、この無秩序な集団からは、沸き立つほどの戦意が感じられた。
(これは、野獣じゃな。)
声は答えなかった。ワシも別に答えを求めていたわけではないので、それは構わない。
(これは強いだろう。)
上空はるか高くに上ってみた。森のあちこちに同じような空間があって、おどろくほどの広範囲に小集団がいた。全部、彼らの仲間なのだろうか。目算する。さっきの集団は、500人くらいの兵力はあったと思う。それが見渡す限りの森じゅうに充満している。空き地にいる兵と、森の中にいる兵を加えると、おおよその計算で、15万人はいると思われた。
(ホウ、ナカナカ正確ダナ。サスガハ、元戦国武将トイウベキカ。)
からかいの響きがあったので、返事をしなかった。
(汝ハ、ドチラガ勝ツト思ウカネ?)
くだらん質問をするものだ。
(事前に結果が分かる戦など、一つもない。戦はやってみなければ分からないものだ。もっとも、優勢なのは帝国の方だ。)
(ホウ、ドウシテ?オトナシスギルノデハナイノカ?)
答える必要を感じなかった。
ご一読頂きありがとうございました。