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29 ゴームルの失踪 ~~異端撲滅の騎士~~

開いて頂いてありがとうございました!

なお、史実では、グレゴリウスは、大司教ではなく司教だったようです。もっとも、当時の混乱した官制の下、ガリア全土で最も尊敬されていた人物の一人として、実質的には大司教と呼ぶのがふさわしいということで、本作では大司教としました。もちろんこの作品の登場人物は実在の人物とは関係がありません。

結局、ゴームルの行方は分からないままだった。庶兄のシアンを通して修道院の事務方に確認したのだが、グレゴリウスからシアンに対してゴームルの呼び出しを取り次いだ人間は、地方に巡回に出たということで事情を聞くことができなかった。グレゴリウスは、「テウデリクに会いたいと思った。」というだけだし、シアンは確かに「テウデリクとゴームルに来るように伝えよ」と指示されたというのだ。もっともテウデリクはシアンを疑ってはいない。シアン自身も小さい頃からゴームルと家族同然に育ってきているのだ。害をなすはずがない。

案内に来た僧侶というのが誰かも結局分からなかった。修道院の僧侶全員を一堂に集め、そこで確認をしたのだが、見覚えのある僧侶はいなかったのだ。


明らかに修道院が関与しているはずなのだが、ぎりぎりのところで責任を追及されないように仕組まれている。テウデリクはじりじりしながら客人房で今後の対策を考えていた。

ゴームルが失踪したことが確実になってからは、従者も含めて単独行動を禁止している。また、シアンも一時的に修道院の業務から離れ、客人房で待機していた。身の安全が保障されないからだ。


扉が開かれた。ノックもない。完全武装した戦士が立っている。修道院では本来許されない恰好だ。


「誰だ。」ジャケが尋ねた。テウデリクは睨みつけたまま黙って座っている。


「トゥール大司教座付異端撲滅騎士団所属騎士、グィンドだ。」戦士は兜を少し上げて、顔を示した。


「グィンドだと? お前、レイズの第一騎士だとかって名乗っていたじゃねえか!」ジャケが怒鳴る。


いきなり妙な肩書を示された上、完全武装で乗り込まれたのだから逆上するのも当然だろう。しかもレイズはロゴの封臣だから、グィンドはロゴにとっては陪臣の立場だ。ジャケに対しても格下になるし、もちろんテウデリクに対しても同じだ。本来跪かなければならない立場のグィンドが、武装していきなり部屋に入ってくるというのは、無礼極まりない行為だ。


「これは俺が個人的に使命を負って果たしている任務だ。レイズ様は、俺が正統派聖教会に協力することをお許しになっただけで、別に関与はしていない。」


「お前のいう騎士団ってのは何だ。俺はそんなもの、聞いたことはないぞ。ポワティエ大公、つまりグンドヴァルドゥスの野郎が、息子のレイズを使って、お前を動かしてるだけなんじゃねえのか。ポワティエとトゥールとでは管轄も違うぞ。グンドヴァルドゥスの手は、この町には届いてはならんのだ。」


グィンドが答えた。

「だから言ったではないか。この件は、我が主君、すなわちロゴの封臣たるレイズ様とは関係がない。また、レイズ様のお父君、ポワティエ大公のグンドヴァルドゥス閣下とも関係ないことだ。これは俺が俺の良心に従って、聖教に奉仕するために行っていることだ。」


テウデリクが言った。

「大司教座付と言ったな。グレゴリウス大司教様の指示を受けて動いているということか。」


「いや、そういうわけではありません。グレゴリウス様は、トゥール近郊の有力な戦士のうち、志操堅固で信仰心の厚い者を選び騎士に任命されているのでして。その騎士はそれぞれ独立して異端に対する捜査を行い、逮捕、尋問をすることが許されているということになります。」

グィンドは流石に主筋のテウデリクに対しては丁寧な口調で答えた。


「そんな妙なものがあるとは知らなかったぜ。」ジャケがシアンの顔を見て言った。半分尋ねているような調子で言う。

庶兄であるシアンは、首を傾げた。

「そういえば、異端に対する戦いがなんとかとかいう奴らが町にいるとは聞いていた。そういうちゃんとした名前があるようなものだとは知らなかったな。」


テウデリクも、そのような組織があったとは知らなかった。ほとんど知られていないのではないか。テウデリクはかなり情報収集に力を入れていたから、そのテウデリクが知らなかったということは、その騎士団というのは、ほぼ秘密結社に近い存在なのだろう。


「その騎士とやらが、ここに何のようだ。」

テウデリクが詰問した。


「我が騎士団は、さきほど、重大な異端の疑いのある男を逮捕したのです。ロゴ様の家宰であるゴームルだ。現在尋問中なのだが、心配はいりませぬ。我らは異端でない者を傷つけたりすることはありませんから。」


それは詭弁だった。傷つけられた者、というよりは尋問に晒された者は、すべからく異端と結論づけられるという脅しに近かった。


「ゴームルが異端でないことは、この僕が保証しよう。そもそもゴームルが異端であるなど、嫌疑すらありえない。」

テウデリクが言った。


グィンドは、無表情に続けた。

「ゴームルは悪魔の技を使って布を作っている可能性があるのです。」


ジャケが激昂した。

「布を作るのに、どうして悪魔が関係するんだ! 馬鹿じゃねえのか!!」


罵られたグィンドも顔色を変えて怒鳴り返した。

「馬鹿だと? 馬鹿と言ったな? なぜそんなことをいうのか、正統派聖教会に対して不敬ではないか、異端に対する考えが甘すぎるぞ。そもそもジャケ、お前もゴームルと同じ、フランクであろう。数十年前までは、忌まわしきアリウス派を信仰していた者どもじゃないか。俗世の統治はお前たちが好きなようにやっておるが、信仰に関してはお前たちフランクが口出しできるようなことではないわ! ル・マンの僧院を焼いたのも、お前たちではないか!!」


昔の話だが、そういう事件があった。しかし、そのような筋違いの事件を持ち出して怒鳴ってくるということは、グィンドも自分の言い分のおかしさは充分に理解しているのだろう。


テウデリクが言った。

「俺は、王以外の権威をこの地に認めない。戦好きのシギベルト王、東フランク王国のあるじの代官でもない者が勝手に組織を作って、曖昧な容疑で我が家の重要人物を確保する。これは逮捕でもなんでもない。単なる拉致だ。直ちにゴームルを返せ。さもなくば、戦だ。レイズも含めて敵として扱うぞ。」


本当はロゴが言うべき言葉だが、ここではテウデリクにその資格がある。


グィンドは、ちらっと苦渋の表情を示した。


「曖昧な容疑などではないのです、テウデリク殿。あの男の容疑は固まりつつある。ゴームルに対し、布造りの製造方法を尋問したところ、頑として口を割らない。異端撲滅のための捜査だというのに協力しないのですぞ。それだけでもゴームルが悪魔と付き合っていることは明らかだといえましょうな。」


「だから、布と悪魔は関係ねえっていってんだろっ!!」

ジャケが更に大きな声で怒鳴る。


「悪魔は、そのような日用品に自らの力を忍ばせ、じわじわとその勢力を広げていこうとしているのだ! ゴームルも、悪魔に操られているのでなければ、布の製造方法を説明できるはずだ!」


「夢でもみてんじゃねえのか?!」


「ジャケ殿、貴殿の見解は、聖職にある方々が行うべき議論だ。それは異端審問の場で公正に裁かれるであろう。」

グィンドが投げ出すように言った。


無責任極まりない発言だった。60に手が届くゴームルが異端審問まで持つか分からない。ただでさえ拷問を匂わせているのだ。ジャケが怒りで震える。テウデリクも腹の中が煮えくり返っているが、だからこそ黙って座っている。対応を考えているのだ。対応、というよりは報復を考えているというべきか。


「ただし」グィンドが付け加える。少し声を小さくして続けた。


「テウデリク殿が、布の製法を知っているのであれば、ゴームルの嫌疑は晴れるであろう。」


  ○ ○ ○ ○ ○


ヒューゴは修道院の奥の間、グレゴリウスの書庫に忍び込んでいた。

朝一番で、幹部の僧侶に呼び止められ、使いに出されていたのだ。それで、直属の先任見習い僧に断りを入れ、「遠いところのようなので、今日一日戻ってこられないかもしれない。」と言っておいたのだ。

トゥール市内のとある布問屋に仮寓していたグンドヴァルドゥスなるポワティエ大公に「小鳥は鳥籠に入った。」と伝えるのが仕事だったのだ。


すぐに終わって幹部僧に報告し、それから見習い僧や、ヒューゴたちのような孤児たちに見つからないように移動し、裏の庭から屋根を伝いグレゴリウスの執務室の奥にある書庫に入り込んでいたのだった。これで丸一日分の時間を確保することができた。


(昨日までの俺だったら、恐れ多くてこんなことは考えつきもしなかっただろうな。)


ヒューゴは、これまで神、すなわち砂漠の神様を恐れ敬い、その地上における代理者たるグレゴリウス大司教のことを、世界で一番偉い人だと思っていた。その偉い人の持っている書物を勝手に見るなど、考えるだけでも恐ろしいことだ。


(しかし今は違う。俺は明智光秀だ。グレゴリウスなる原始南蛮人の書籍など、所詮は宝の持ち腐れ、俺に読まれるのが正しい使い道だ。)


書庫を見回した。羊皮紙で書かれた巻物が積まれている。全部で数百巻はあるだろうか。もっとも羊皮紙は分厚いから、一巻あたりの文字数はそれほど多くはないだろう。1年もあれば、必要なものは全て読み終えることができるだろう。


(もっとも、今日のように自分の自由な時間を作ることは難しいかもしれないが。)


必要な書籍を選び出すことも難しい。


(うーん、これは、「聖マルティヌスの憂鬱」か。なんだね、それは。駄目だろ。聖マルティヌスにも憂鬱にも興味はないわ。えっと次は、「クレアンティナの慕情」って、おいっグレゴリウスは何を読んでいるんだ。出先で突然死したら、焼却処分にしてあげないと可哀そうだな。)


次々に書物を改めていく。


(おっ、これだよこれ。神聖魔法初級編。こういうのを読みたかったんだよね。)


紐を解いて中身を開く。


(なになに、「おーべるにゅノ住人ぐれごりうす、若キ日ニらうぇんなノ修道院ニテ、同書ヲ書写シタリ。小生ノ信仰ニ基ヅキ、悪魔ニヨッテ歪曲セラレタリ字句ヲ修正シマショウカ、同書ハ遂ニ完璧ノ域ニ墜落シタモノナリ」って、勝手に修正するなよアホ! しかもラテン語間違っているじゃねえか。)


真面目で善良な神の子羊であったころのヒューゴは、もともとの頭の出来が良かったらしく、かなり正確なラテン語を学習していた。ヒューゴは、明智光秀であった頃の記憶は失ってはいたが、地頭じあたまだけは優秀なままだったのだ。


(よし、これにしよう。)


しかし、何故かさっきから腹が痛い。書庫に入ったせいか、どうも腹がぐずぐず言っているのだ。

昨日のあれのせいかもしれない。修道院の中庭でテウデリクに臣下の誓いを捧げたところ、テウデリクが、「主従の契りじゃ。」と言って、腰の巾着袋から火打石を取り出し、手を傷つけて血をヒューゴの手のひらの上に垂らしたのだ。

どん引きしているヒューゴの手も勝手に傷つけて、それを混ぜると、「血盟だ。」と言って自分も飲み、ヒューゴにも飲むように促したのだ。


(作者注:良い子は真似してはいけません。)


(あいつは変わってないな。)

ヒューゴは思った。

変わっていないのはいいのだが、あいつの血には下剤でも入っているのだろうか。どうも腹の奥の方で何かごろごろ言っているのだ。


(ま、まあよい。)

神聖魔法初級編を開く。座って読み始めようとした瞬間、がたっと音がした。

グレゴリウスの執務室だ。


「・・・そうか、では、グンドヴァルドゥス大公閣下の用意された隠れ家に移したのだな。」

「・・・い、・・・です、あとは私がテウ・・・と交渉致しますので、・・・様は、中立の立場で、・・・します。」


何か悪い相談のようだった。

(比叡山と同じだな。)


家柄が良くて、天台宗の奥義に通ずることを許され、教養深く人脈も広く、行いが正しくて信仰も厚い高僧たちは、尊敬されていたし、確かに尊敬に値いする人物も多かった。

しかし、そういう人物らも、結局は人脈の網の中で、大きな意味での比叡山延暦寺の利権構造の一部をなしていたものであって、表では綺麗な顔をしていながら、本人も意識せず、罪の意識も感じないままに、不正の歯車を回していたのだ。

だから、信長が、「いいのも悪いのも、燃やしちまおう。」と言ったとき、光秀も「それだ!」と思ったのだった。


グレゴリウスも、自分では自分のことを清廉潔白な聖職者であると思っているのだろう。そしてそれは間違ってはいない。しかし、高官や大貴族の便宜を図ることは、社交上の礼儀としてグレゴリウスも特に問題意識もなく協力しているのだし、それが不正の構造になっているのだ。そもそもグレゴリウスもトゥールの大司教に就任したのも門閥による任命なのだから、グレゴリウスに貴族間の相互扶助を断る資格はないし、そういう意識もない。


「これは、・・・ございます。」

「ああ、どうも御丁寧に。」

人が歩く音がした。

(まずい、こっちに入って来るかもしれぬ。)


ヒューゴは慌てて書庫の奥に移動した。大きな棚が置いてあったので、そこに焦りながら飛び上がって、よじ登り棚の上に隠れる。

そのときヒューゴの身体から、目には見えない赤い光が発せられていたのだが、ヒューゴもそれには気が付かない。


グレゴリウスは、書庫の奥に袋を置いて、すぐに執務室に戻って行った。


ヒューゴはしばらくしてから床に降りて袋を確認した。ソリドゥス金貨が詰まっている。


(なるほど、協力の見返りか。これは修道院に対する献金ではなく、グレゴリウス個人に対する礼金なので、ここに置いておくのだな。)

書庫には書籍しかなく、この時代に書籍の価値、稀少性を知っている人間もほとんどいない。また書籍は盗んでも買う人間が限られていて転売できないし、転売したらすぐに足が着く。

だから、書庫の警備は無いに等しいし、そこに金を置いていても誰も気が付かないのだろう。


(まあ、いいか。俺には関係ないし。)

隣でごそごそされるとうっとおしいので、ヒューゴは、「神聖魔法初級編」を懐に突っ込んで、密かに書庫の窓から裏庭に脱出したのだった。誰も使わない物置がある。

金貨は一枚だけ抜いておいた。何か使う必要があるかもしれないが、とりあえず一枚あれば用は足りるだろう。



  ○ ○ ○ ○ ○



そのころ、ロゴの一行は、みるみる膨れ上がって行く西ゴートの王女ガルスウィンド花嫁の隊列で退屈し切っていた。もっとも車列の前後には美しい貴婦人などがいるので、ロゴは馬で走り回って挨拶して回っている。他の貴族たちも同じようにしているから、クロティルドも馬車の幌を上げて挨拶に答えたりしている。


「おい、どんどん行列がのろくなってきているぜ、いい加減飽きたな。」

ロゴが帰って来て言った。

「途中から加わる領主たちでごった返しているからな。ブレーヌまで何日掛かるんだろうな。」


クロティルドが答えた。

「結婚式はルーアンでするのですって。」

「はあ? メロヴィク王子はブレーヌって言ってたぜ。」

「王子は細かいことはいい加減でしょ。」

「まあ、そうか。」


ブレーヌは、フランクの王たちのお気に入りの土地であり、クロタールもそこで死んだ。かなり大きな都市であるソワソンの近郊にあり、現代風にいえば別荘地のような位置付けになっている。

その東には大都市ランスがあり、そこは戦好きシギベルト王の所有都市となっていた。

数年前、クロタール王が逝去した後、欲しがり屋キルペリク王は、東フランク王国の諸都市を掠め取ろうと企て、ランスを占領したことがあったが、ゲルマニアから帰って来たシギベルトに瞬く間に奪還されている。


メロヴィク王子は、そのブレーヌで結婚式があると言っていたが、どうやら間違いだったらしい。


「ルーアンか。あれ、アウドヴェラ様が隠棲しているところじゃねえか。」

アウドヴェラは、キルペリク王の昔の王妃、メロヴィク王子の母に当たる。

「それはル・マンよ。」

「そうだっけ。いずれにしても気の毒だな。侍女だったフレデグンドに追い払われたわけだ。」

「私がレイナにそんなことされたら、激怒するでしょうね。」


レイナは馬車の奥から、「そんなことしませんよ。」と言葉を返す。


もちろん冗談だ。


「しかし行列の進みが遅いな。」

「ごろごろしてましょうね。」


西ゴート王アタナギルドによって、アクィターニアの諸都市と交換に出されたガルスウィンド第一王女の気持ちを反映するがごとく、婚礼の車列は目的地に近づくにつれ、ますますその歩みを遅くしていくのだった。

ご一読ありがとうございました。

明日は休日ですね。少し多い目に投稿できれば良いのですが。

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