16 数か月後 ~~領地改良計画の進捗~~
開いて頂いてありがとうございます。
本日4話目の投稿になります。
内政の話は書いていても楽しいですね。
テウデリクは館の1階で行商人を前にして座っていた。テーブルには布が置いてある。色はくすんでいる。羊の毛を洗ったものがそのまま織られているから、仕方がないのだ。
「これを売るとすると、いくらで買うかね。」
行商人は、手に取り驚嘆を隠そうとする。
「ふむ。織り目が揃っていますな。これだけ腕の良い織物職人がこのお館にいるとは知りませんでした。良い奴隷でも買いましたか?」
テウデリクは鼻で笑う。単に腕の良い職人というだけでは、これは無理だ。製糸と織機を機械化したからこその出来だ。おそらく現時点ではヨーロッパ世界で最も品質の良い布のはずなのだ。
「まあ、そんなところだな。この手の布がかなりたくさんあるが、そちにはとりあえずこの一枚だけ売ろうと思っている。買値次第では、今後の大量取引も許す。」
行商人は、額に汗をかきながら考える。
「それでは、一巻きに付き、2デナリウスで如何でございましょう。こちらも加工しなければならず、このままで売るわけにも参りません。」
ある程度安く叩かれるのはやむを得ない。
雑草が丘は交通の便が悪い。
最も近くの大都市がトゥールなのだが、そこからここまで、25里(約100キロ)は西に進まなければならない。昔はロワール川沿いに船便が発達していたが、今は絶えて存在しない。荷馬車で川岸を延々と進まなければならないのだ。旧ローマ街道が残っているが、整備が悪く、荷馬車でも立ち往生することがある。盗賊も出るし、魔物や野獣に襲われることもある。それを考えると、行商人が来ることすら奇跡に近いかもしれない。
「よかろう。しかし次からは厳しい競争に晒されることを覚悟せよ。」
テウデリクは交渉をせずに即決した。粘れば金額は上がるだろう。この布は、おそらく行商人が理解している以上の価値があるはずなのだ。本当は、10デナリウスくらいしても不思議ではないし、もっと高くても買う人間がいるだろう。なにしろ、他では手に入らないのだから。しかし、現時点では、それほど値段にこだわるものではない。いずれにしても、市を開いて複数の商人が来れば、適正価格に落ち着くのだ。まずは呼び水を用意すればそれでいいだけのことなのだ。
「他の行商人にももちろん声を掛けていっている。今後、下の村では、毎月20日に定期市を開くことにした。布も多数売りに出すつもりだ。その他にも珍しい品が多くでる予定だ。良かったらまた顔を出してくれ。ああ、言い忘れるところだったが、この定期市では免許はいらぬ。」
商業ギルドが行商人ごとに縄張りを決めているのだ。雑草が丘の領地では、商業ギルドからの上納金などはないから、別に免許のない行商人に商売を認めても不義理でもない。
「まことでござりますか?」
行商人にとっては嬉しい話というわけではない。この領地は数名の行商人で独占している。そこが自由競争状態になると、その分不利になる。
「そうだ。そちにとっては良い話でないように思えるかもしれぬが、逆に考えよ。」
行商人は首を傾げる。
「商業ギルドで認められているのは、荷馬車一台分の免許であろう?」
テウデリクが聞く。
「はい、そうですが。・・・はっ!!」
そうだ。雑草が丘に限っては、その制約から外れるから、数台連ねて交易に乗り出せることになる。これはチャンスだ。
「この領地も、多くの商人に来て貰い、きちんと利益が出るように考えることにしている。そちも、ここに支店を出す大商人になるかもしれぬな。」
そういって、テウデリクは笑った。あと染料など持ってきてくれたら、高く買うぞと付け加えるのも忘れない。
これで、3人の行商人に声を掛けた。更に旅人も館に招いて宣伝している。布の切れ端を与えて、大商人などに見せるよう依頼しておいた。見せた後は、好きに処分して良いと言ってあるから、旅人にとっては美味しい話だ。これで初の定期市には、かなりの買い手が来てくれるだろう。
テウデリクは、村に降りた。
村長が出迎える。
「テウデリク様、便所がほぼ出来上がりました。」
「うむ。苦労であった。」
「便所は真に良いものでございますな。一度慣れると、もう外ではできませぬ。」
今までは野良でしていたのだ。用を足して、ちょっと土を掛ける。これは館でも同じだった。週に一度程度大きな穴を掘る。そして板を渡す。館の人間はみなそこに行き用を足していく。埋まったら土で蓋をして、別のところに穴を開けておく。それを繰り返していって、数年したら、また以前のところに穴を開ける。それで別に問題がなかったのだ。不潔さと悪臭を別にすれば。
村の人口は約800。戸数でいえば100軒程度だった。そこに5軒に一つくらいの割合で便所を作らせたのだ。これで衛生問題と肥料問題が一挙に解決する。管理が大変だが、女たちの糸紡ぎ仕事と機織り仕事を全て館で引き受けるから、そのことを思えば便所の管理は、単純な労力としては、それほどでもない。
ユーローが走ってきた。
「テウ様、共同浴場が出来ました!」
広場の近くに作らせていたのだ。まずは一つ作らせ、村人を順番に入らせることで浴場の良さを知らしめるつもりなのだ。慣れてきたら、20軒に一つ程度作るつもりだ。木炭で湯を沸かすようにしている。
「水道を通せばよいのだが、今は人間が運ぶしかないのが辛いな。」
テウデリクがそういうが、それはまだもう少し先の話だ。
「はい。しかし排水の方は、便所の流しに使えるようにしています!」
ユーローが答えた。
館に帰ると、ロゴが従士たちを連れて出かけるところだった。
「おお、テウ。オークを倒してくればいいんだな。」
「はい。お願いします。なるべくたくさんがいいです。」
オークは実は特産品なのだ。本当はこれも食べたいのだが、大っぴらに食べるには抵抗がある。しかし、オークの身体を炙って出てくる脂分は、良い蝋燭になることが確認できたのだ。
「それからゴブリンもお願いします。」
ゴブリンの肉は細切れにして肥料に混ぜるつもりでいる。何かの役に立つだろう。あと、豚の餌にもするつもりだ。
結局、魔物の肉を食べることについては、当座の目標としては諦めた。館の人間は大丈夫だったが、やはり村の人間に対しては抵抗が強そうだったのだ。しかし、肥料や家畜の餌にすることについては、全く抵抗がなかったので、強行することにしたのだ。これについては、教会とも調整をしなければならない。
グラインガドルが荷車を引いて丘を登ってきた。鍋、釘、針など、日用品をたくさん持ち込んで来ている。
農具や武具は、しばらくの間は領内から技術を流出させないつもりなのだ。外に出して差支えないもののみを売ることにしている。
「これで定期市の売り物は一通り揃いそうだな。」
テウデリクは満足げにうなずいた。
さて、気が重いが教会に顔を出すか。
テウデリクが教会の司祭との調整を今日まで引き延ばしていたのは理由があった。
今日は、村長の孫が洗礼を受ける日なのだ。村長は、それなりの地位の人間なので、それなりの人間が代母になる。クレーヌなのだ。
(懐かしいな。)
テウデリクは自分が洗礼を受けた日のことを思い出す。生後数日しか経っていなかったのだ。
司祭のジェーロムと近隣の領主の妻、クレーヌだ。
あのときは、自分が何も分からない赤ちゃんだと思っていたようで、テウデリクの前で堂々といちゃついていた。それで間違いだらけの洗礼を施してくれたものだ。クレーヌは、謝礼が貰えて嬉しい。ジェーロムはクレーヌから特別大奉仕をして貰えて満足する。馬鹿を見るのは親と赤ちゃんなのだ。
いつか殺すと決めていたのだが、実は別にどうでもいいかと思い始めている。どうせ別の悪人が次の司祭に来ることになるのだ。重要なのは、司祭の人事権を握ることだ。これはトゥールの大司教と交渉すべきことなので、かなり将来の課題になっている。それまでは、ジェーロムのように弱みのある人間の方が御しやすいだろうと考えていたのだ。
教会に着くと、幸せそうな顔をした夫婦がベンチに座って待っていた。村長の長男とその妻だ。そして教会の奥で、司祭と代母が礼の儀式を進めているのだろう。
テウデリクが奥の階段を上がろうとすると夫婦が慌てて止めてきた。
「あの、えっとテウデリク、様? 今、上では大切なことをしているんですよ。」
領主の子なので顔は覚えられているが、名前はおぼつかないようだ。
テウデリクはにっこり笑って言った。
「大丈夫だよ。司祭さまから、急ぎで持ってきてくれと言われているものがあるんだ。洗礼にどうしても必要なんだって。」
あざといまでに可愛らしい笑顔だった。最近、自分の笑顔が使えることに気付いたテウデリクは、出し惜しみなく笑顔を見せるようにしていたのだ。
そうっと音をたてないようにしながら階段を上り、ドアの隙間から部屋の様子を窺って、バンッとドアを開けた。
「痛っ!!」司祭のジェーロムが股間を押さえた。クレーヌが慌てて歯を立ててしまったらしい。その前にしゃがんでいたクレーヌは突き飛ばされて転んでしまった。上の服の前をはだけているので、豊かな乳房がこぼれている。
(こいつら、以前より大胆になってきているな。)テウデリクは失笑しながら、とんとんと前に進んだ。
「司祭さま、大丈夫ですか? 股間がいたいの?」
ケロッとした顔で聞いてやった。
「テウデリク様、洗礼中ですぞ。勝手に入ってはなりませぬ。」ジェーロムが青くなってその場を取り繕った。
「おや、司祭さま。どうやら新しい洗礼の方法を発明なさったのですね。これは是非トゥールの大司教様にお手紙でご報告して、列聖の申請をしなければなりませぬ。なんといっても、我が父の領地から聖人様が出られるとしたら、まことに誇らしいこと。司祭さまの方法は、広く世界に広めなければなりませぬ。」
にやりと笑った。
「いやいや、これは、あれです。」
あれって何だ。まあゆっくり考えればいいさ。そう思いながらテウデリクは続けた。
「それにクレーヌ様。うちの母がいつもお世話になっております。さきほどは、前に跪いて司祭様をお口で励まされていたご様子、まことに素晴らしく尊いお姿でした。ガレオ様にもご報告せねば。大層誇りに思われることでしょう。」
ガレオというのは、クレーヌの夫、近くの領主だ。テウデリクが密かに狙っている海岸地帯の所有者でもある。阿呆なことに、この領主は海岸を何にも使っていない。フランク人だが年寄りである。クレーヌはさぞかしこの夫に不満を持っているのだろう。
ジェーロムとクレーヌは慌てふためいて、何か言っているが、テウデリクは無視した。
「そういえば司祭さま、あなたの聖句はいつも間違っておりますな。」
昔、テウデリクもやられたのだ。適当かついい加減な聖句で済まされた。その後、庶兄のシアンにかなり正確な聖句で改めて洗礼して貰ったのが良かったように思う。
劇的でもなく、決定的でもないが、病いに強い身体に育っているように感じるのだ。
「天ニマシマス我ラガ神ヨ。我ハ願ウ、コノ赤子ノ生誕ヲ祝福シ、アラユル災厄ニ耐エル強キ心ト肉体ヲ与エ給エ。」
シアンは、「神々ヨ」と言っていたが、砂漠の神は一神教なので、その点を修正したのだ。それを司祭に繰り返させた。ちゃんと白い光で赤子が包まれたので満足する。
「さて、洗礼が終わったら、少しご相談したいことがあるのです。」
テウデリクは言った。少し教義上微妙な要求をしなければならないかもしれない。ゴブリンを餌や肥料にしたり、オークの油を蝋燭に加工して売るとか、色々微妙なのだ。もっとも、そのあたりのことに目を瞑れば、この教会に入る十分の一税も飛躍的に大きくなるだろう。村が発展して町になり、それが都市になったら、司教が置かれるかもしれない。ジェーロムが司教になる可能性は出自上それほど高くはないが、副司教くらいにはなれるかもしれない。大出世だ。そのあたりを突けば説得は容易なはずだ。そして、ジェーロムは、テウデリクに今、致命的な弱みを握られている。
・・・
テウデリクは無表情のまま教会を出た。表情に出さないのは、交渉事をしていた余韻が残っているからだ。
表情に出すと不利になることがあるので、喜んでいても笑うのを我慢していたのだ。
(全てうまくいった。しかもお釣りまでついてきた。)
クレーヌもじわじわ言葉で責めたら、海岸沿いの開発を許可する書状を書いてくれたのだ。これで砂鉄は取り放題だし、この書状を拡大解釈すれば港も建設できるだろう。クレーヌからすると、どうせ年老いた夫が放置しているところなのだから、どうでもいいのだろう。それよりは醜聞が漏れると夫に殺されかねない。
(思い出した。塩田を作りたいと思っていたのだ。)
塩は、ヨーロッパ中央部の山岳地帯で採れる岩塩を買っている。海からそれほど遠くない領地にいながら、高い岩塩を買うというのが、テウデリクには耐え難い不経済だったのだ。
(まずは、魔の川からロワール川に出る舟を用意しよう。それで拠点を作れば、海岸の開発もやりやすくなる。砂鉄の運搬も楽になるし、塩も大量生産して売れば儲かるぞ。)
儲かるだけではない。戦略物資でもある。この時代、戦のたびに、塩倉の在庫を確かめなければならないのだ。
(やることが増えた)そう思いつつも、テウデリクは内心笑いが止まらなかった。
ご一読ありがとうございました。
明日は、また5時頃に投稿する予定です。
引き続きご愛読下さいますようお願いします。
デナリウスは銀貨で、この時代はまだ流通していなかったようなのですが、それ以外に適切な少額貨幣が分からなかったので、デナリウスにしました。
1デナリウスで、おそらく2000円程度の感覚です。
うーん、難しいですね。




