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6 荒野の決戦 ~~幼児vsスライム 死闘~~

主人公の2歳ならではの弱さと、魔法での底上げのバランスを取って書くのが難しいですね。無双するのは早すぎますし、うっかりすると死んでしまうし・・・。

本日投稿2話目です。

ところで、この時代の時間の数え方が分かりませんでした。日の出ている時間を12で割るというのが基本型だということらしいので、とりあえずそれで行きます。

荒野での幼児たちに話は戻る。


「おい、これはいったんお預けだ。」テウデリクはネイに声を掛けた。


返事を待たずに、「ミーレ、子供たちと羊を纏めて退避しろ。」と言って、片手斧フランシスカ短刀スマクラサクスを受け取る。そして、「黒千代!」と声を掛けると、犬と共に駈けだした。


ネイも、「おいお前たち、この子と一緒に羊を守ってやれ。」と言って、テウデリクと一緒に駈けだした。


羊が襲われているのは、おおよそ150トワーズ(約300メートル)ほど離れたところだった。

(なんじゃ、あの魔物は。水でできた信玄の餅みたいじゃな。)


テウデリクは、信玄爺さんのことを思い出して、少し笑った。

(生前は腹立たしく、憎くてたまらん男じゃったが、餅の開発には定評のある大名じゃった。)


織田信長は、武田信玄が徳川家康と戦端を開いたことを、武田の裏切りと認識して激怒したことがあったのだ。

もっとも、徳川家康の側が挑発外交をしたという事情もあるので、本当のところは信玄が一方的に悪いともいえない。


テウデリクは走りながら身体の芯に意識を集中させ、野蛮魔法を発動させる。「お、おい。」ネイが驚愕した声を上げる。黒千代よりも早く走っているのだ。足場の悪い150トワーズをあっという間に駆け抜ける。


「羊を離せ!!」テウデリクは叫んだ。通じないだろうけど、そこは気持ちの問題だ。


羊の尻の方に、直径半トワーズ(1メートル)ほどの半透明に濁った水玉のようなものがひっついていた。羊は苦しそうに鳴いている。

テウデリクは短刀を抜いて水玉に切りつけながら駆け抜けた。おどろくほど手ごたえがない。まるで煙を切ったかのようだった。しかも、切った後に、すぐにくっついて、もとどおりの形に回復する。何も起こらなかったかのようだ。


スライムは、「ギギギッ」という音を立てて羊から離れテウデリクの方にするすると滑るように進みだした。驚くほど速い。

羊の尻は赤くただれていて、血が滲んでいる。あの水玉には毒性があるのかもしれない。


「黒千代!羊を群れに戻せ!!」テウデリクはそう怒鳴って、スライムに片手斧を投げつけた。斧はスライムに当たったが、そのまますり抜けて、岩に当たって落ちた。


(まずい。なんなのだこれは。)

全く攻撃が当たらない。


進んでくるスライムに対して距離をとった。

「ギギギ、ギギギ!!」更にスライムは不快な音を出し、高速で近寄ってくる。テウデリクはスライムの軌跡を予測し、その脇をすり抜けるようにして、もう一度切りつけた。


今度はスライムも予測をしていたようで、短刀が当たる直前に変形し、テウデリクの右手首あたりまでを飲み込んでから通過していった。一瞬だけテウデリクの手がスライムの中に入ったことになるが、ぴりぴりするような痛みが走った。


(なるほど、クラゲのようなものだな。)


テウデリクは焦りながらも考える。これは手が出せないかもしれない。


「おいっ、大丈夫か?」ネイが追いついてきて声を掛けてきた。


「僕の方は大丈夫だ!羊を見てやってくれ!!」と叫び返した。


「そんなこと言っても、お前・・・。」ネイは躊躇している。


「大丈夫だといったろ!」そう怒鳴りつけた。大丈夫かどうかは分からないが、4歳児に助けを求めても仕方がないだろう。


「わかった! とにかく正面から当たらずに逃げるんだぞ!」ネイはそういって傷ついた羊と黒千代の方に走って行った。


(これで、僕とお前だけになったな。)

テウデリクはスライムを睨みつけながらそう思った。しかし、このスライムの倒し方がさっぱり思いつかない。どうしたものか。


「ギギギ!」スライムがなおも音を出す。

そうすると、岩陰などから、更にたくさんのスライムが滲み出てきた。


(これは本格的に危ないな。)テウデリクは思いながら、スライムたちの動きを警戒する。

もっとも、スライムは警戒のしようがない。

形は重力に負けているせいで饅頭型で、色は濁った半透明。顔もないし前も後ろもなさそうなのだ。

動くときも滑るように動くので、予備動作がないから全く読めないのだ。

そして移動スピードが速い。


(表情の見えない奴というのは、扱い辛いな。)

奇妙な話だが、魔物でも表情というものがある。

少なくとも哺乳類に近い造形の魔物だと、なんとなく表情で考えが読めることもありそうなのだ。

もっとも、テウデリクは罠に掛かった邪鼠を始末したことがあるだけなので、一般的な魔物の表情が分かるかどうかまでは知らない。しかし、とにかく顔の見えないスライムは対応が難しそうだった。


スライムは全部で6,7個くらい集まって来ていた。これ以上増えるかどうかは分からないが、1個でも対処に困るのに、数個となると更に厄介だ。しかも、集団戦に慣れているのか、おおよそテウデリクを包囲する陣形を作っている。


一気に寄せられたら負傷は避けられない。テウデリクは2歳の体力を野蛮魔法で補っているが、その体力は一般男性にも及ばない程度しかない。鍛えられた戦士には軽く負ける程度の体力しかない。一般男性が1メートル飛び上がることができないのと同じように、体重の軽いテウデリクでも垂直でようやく1メートル飛べるかどうかくらいだ。そうするとスライムを飛び越えることも容易ではない。野蛮魔法で跳躍するという方法もあるが、そう何度も使うことはできないだろう。


「よしっ」テウデリクは自分に気合を入れると、一気に右側に走り出した。右側という方向に大きな意味はない。正面の敵は大抵の場合警戒が強いということと、羊の群れから遠ざかる方向の方がいいと考えたに過ぎない。


「ギギギッ」とスライムたちが互いに警戒音を発するのを聞きながら、幸いテウデリクは包囲網を無傷で抜けることができた。少し走り抜けてから立ち止まって振り返る。スライムは、横陣を組んで迫ってきた。


(お、鶴翼の陣じゃな。)

ふと、再び信玄爺さんを思い出す。もっとも、信玄が鶴翼の陣を好んで使ったというのは後世の軍記物によるところが多く、実際、鶴翼の陣が使われたかどうかは分からない。しかし、信長も旅法師などから面白おかしく川中島の決戦の話などを聞いていて、話半分であるとしても一応記憶に留めていたのだった。


「よし、こちらは魚鱗の陣じゃ!」と言って、テウデリクはくるりと向きを変えて撤退する。魚鱗の陣とは何の関係もないが、気分で言ってみたのだ。


逃げながらテウデリクは戦略目標を確認する。

ここでスライムを討伐する必要はない。羊の群れも離れただろう。そうすると、テウデリクはスライムをどこかで引き離して逃げ延びたらそれでテウデリクの勝ちなのだ。


では逃げ切れるか。

スライムは大人の男とほぼ同じくらいの速さで動けるようだ。そうすると体重の軽いテウデリクなら、スライムより速く走れる。しかしそれは平地の話だ。スライムは地面の凹凸にほとんど影響されないから、テウデリクには少し不利になる。


しかも、野蛮魔法がどれだけ維持できるか、実はテウデリクは試したことがなかった。

魔の川を渡って罠を確認しているときは、警戒状態を保ったままなので、1時間くらいは問題なく維持できていた。しかし全力で走っているときに、どれくらいで魔法が尽きるのか予想がつかないのだ。


テウデリクは更に走りながら分析する。情報処理と事実評価は、テウデリクの得意分野ではある。


(目もなく鼻もない。しかし、僕を追いかけてきている。さっき短刀で斬りつけたときに、身体を伸ばして反応したから、やはり目が見えているのだろうか。しかも、ギギギと音を立てて仲間を呼んでいた。そうすると、目と耳を使っているということになる。)


おおよそ当たっていたが、実は違っていた。スライムは人間の目では分からない程度で常に微振動していて、それにより発する音波の反射を全身で受け止めて周りの状況を把握していたのだった。


いずれにしても、テウデリクに打てる手はそれほどない。


テウデリクは疾走しながら、近くにあった木に飛びついた。一番下の枝まで、かなりの高さがあったが、錆猫が蝙蝠を捕まえるときのように、ゲルマンの戦士が壕から飛び上がるときのように、一度跳躍し、空中に足場を作り、再度跳躍する。それで、1トワーズ(約2メートル)の枝にようやく手が届いた。枝にしがみつき、身体を持ち上げ、更に上に登って行く。結構大きな木で高いところまで登れそうだ。

スライムはかなり凹凸のあるところでも普通に移動していたが、垂直移動までできるかは分からない。そこに賭けてみようと思ったのだ。


スライムは激しく鳴きながら木の根元に集まった。木を登ろうとしているが、どうやら登れないらしい。テウデリクは、ふぅ、と一息ついた。


しばらくここで休むことにしよう。

というか、他にどうしようもない。このまま相手が諦めるのを待つか、飛び降りてまた走るかどちらかだ。

走って逃げるとなると、また速さの問題が出てくる。

待っていても、相手が諦めるかどうか分からない。もっと仲間を呼んだらまずいことになる。


テウデリクは、音を立てないように、そうっと一番下の枝まで降りてみた。スライムたちは、鳴くのを止めていたので、おそらく仲間を呼ぶことはなさそうだ。

スライムたちは、顔を寄せ合って相談している風だった(顔はないけどそんな感じ)が、木の根元にぴったり寄って3個が三角形の形に並んだ。

そして、その上にもう1個が登ってこようとしている。いわゆるピラミッドを組もうとしているのだ。

おそらく現代人が見れば、「お、組体操ですか。」とコメントしそうなことをしている。丸いのがもぞもぞしているのが、なんとも可愛らしい。凶暴だけど。


なんとか1個が3個の三角形の上に上った。上のが一生懸命変形して、枝に届くように頑張っている。


そう思っていたら、下の3個がつるんっ!と滑ってころころと三方向に別れて転がって行ってしまった。上の1個も、ぽたんと真ん中に落ちる。


「うっ」テウデリクは思わず笑いそうになるが必死に耐える。なんだか、「頑張れー!」と声を掛けてしまいたくなる可愛さだ。幼稚園のうんどうかいとかを見ているようだ。


また7個のスライムが集まって、ごにょごにょ相談している。


(あれで下の枝に届いたとして、次の枝にはどう移るのだろう。枝の上でスライムの山を作ることはできないぞ。)

テウデリクはスライムのために心配した。いずれにしても、何か対策を考えよう。良く考えると、自分の方が大変な状況なのだ。


今度は、スライムはさっきと同じ1-3の山を作って、残りの3個が下の3個の外側について、転がらないように押さえることにするようだ。

1個が上に上がってから、押さえる担当のスライムがぴったりと1段目の3個にくっついて山が崩れないように支えている。上の1個は、なお頑張って枝に届こうとしているが、もう少しのところで届かない。そうこうしているうちに、下のスライムが重さに負けてしまったようで、ふにゃっと自分自身の形を崩してしまった。鏡餅の下の餅のようになってしまっている。つるつるとお互い滑りながら山を崩してしまっている。


(いかん、耐えられん。)テウデリクはスライムの浅知恵に悶絶しそうになったが、冷静に考えると自分の生命が危ない。死にそうになりながら、笑うのを我慢した。


スライムたちは、最初に崩れたスライムを責めているらしい。周りを囲んで、ギギ、ギギと罵っている。真ん中に置かれたスライムは自責の念からか、少し萎んでしまっていた。


(こいつら、仲良すぎ!)テウデリクは思いながらも、音がしないように、少し大きめの枝を折って、遠くに投げてみた。

ガサッという音がして枝が地面に落ちると、スライムたちが慌ててぶつかり合いながら枝に向かって突進する。枝はあっという間に襲われたが、すぐに単なる枝だと判明したらしく、スライムたちはまた協議を始めた。


(よし)

そう思って、今度は、身体能力を強化させて、もう少し遠いところに枝を投げてみた。

同じようにスライムが枝に突進し、人間ではないことが分かってから、また相談をしはじめている。


今のうちに、反対側から距離を開いておけば無事に気づかれずに逃げられそうだ。


そう考えて枝から地面に降りて、そうっと歩き出したとき、少し離れたところから、歌声が聞こえた。


「おーいらーは、ぁー冶やぁの、グラインガドルっとくらあ!」


まずい。あの男が次の標的になってしまいそうだ。


テウデリクは、

「おい、こっちに来るな! スライムの群れがいるぞ!」と警告を発した。


「あぁ、そこ、誰かいるのかあ。」


「だからこっち来るなって!! スライムがいるんだぞ!」


はっと気が付いてスライムの方を見ると、スライムたちは、すぐ傍まで迫って来ていた。凄いスピードだ。

ご一読ありがとうございました。

水信玄餅は登録商標なのだそうなので、そのまま使うのは遠慮しました。

ネットでしか見たことないですが、おいしそうですね。

明日も、短い目のを2話投稿する予定です。

引き続きよろしくお願い致します。

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