2 古代帝国の夢 ~~これは良い帝国じゃ~~
ワシは、夢を見ている。壮麗な都を見ている。これは、土を焼き固めた煉瓦だろうか。それとも石造りの建物だろうか。密集して高層の建物が並んでいる。舗装された道には、長い布を身体に巻きつけた男女が、徒歩で行き交っている。ざわざわと活気のある音まで聞えてくるかのようだ。
彼らの汗の臭いを嗅いだような気がした。夢の中なのに、臭いまであるのだろうか。明晰すぎる夢に不思議な気分がする。この都は、色が鮮やかだ。夢の中でも目が痛いほどに眩しい。真っ青な空の上から、太陽が照り付けている。上から殴りつけるような陽光が、この都市に降り注いでいる。
大きな広場もある。そして集会所のようなところも。一つ一つの建物が、目を見張るほど大きい。京の都よりも大きな都市だ。それなのに、御所らしきものはない。ここは、都ではないのだろうか。それとも、帝のいない国の都だろうか。
ワシは、少し身体を浮かして、空の上から都市を観察することにしてみた。
大きな川が、うねりながら流れている。堅固な作りの橋も渡されている。
重要なのは、城壁だ。都市全体を高い城壁が囲んでいる。これを作るのに、いったい、どれくらいの年月と、人手を要するだろうか。敵が攻めてきたときには、この城壁全体に兵を行き渡らせるためには、どれだけの軍勢が必要だろうか。
上から見ると、都市の中心地がよくわかる。丘の上に、大きな建物があった。四角い、堅牢で威厳のある作りだ。土色の石を積み重ね、外からは堅固に、内からは、広い空間を確保する巧妙な造りをしている。石には、巧みな彫り物がなされていて、気品があり優美だ。解放感にあふれる一方で、ものごとに真剣に取り組む空気が極めて心地良い。
全体として、ワシの好みの町だ。こういう、活気があって、それでいて威厳があるのは良い。人の勢いと秩序とは、ほとんど常に両立しがたいものだが、どのような国でも、また集団でも、ごく短い期間にのみ、勢いと秩序を共に持つことがある。織田家がそうだった。
この町が欲しい。この町は、ワシのような者に統治されるべきだ。
(名もなき町よ。いつかワシのものにしてやろう。そして、空前の繁栄を約束しよう。)そう強く思った。
ふわふわと浮きながら、建物の中に入っていったら、白くて長い布を身体に巻きつけた男たちが、大勢集まっていた。布には、赤い縁が付けられていて、簡素かつ上品な服装だ。一人の男が演説をしていた。内容は聞えないが、あの雰囲気は良く知っている。
「いくさだ!もはや話し合いの余地はない。敵を蹂躙せよ!殺しつくせ奪い尽くせそして征服せよ!全ては我らのものだ!」
そう述べているのだろう。そういうときの男たちの顔は、ワシは良く知っている。ワシも同じような顔をしたことが何度もあるだろう。あのときの高揚感は、何にも代えがたい。ああ、人として生まれ、敵を打ち破り、制圧し、新しい土地を支配すること、その喜びを超えるものがあるだろうか。
男たちは、椅子から立ち上がり、割れんばかりの拍手をして、盛んにその男を褒め称えているようだ。
いくさだ。
それからしばらくの時がたった。
ワシは、ゆらゆらと都市の上を漂ったり、市場を見たり、夜警の歩くのを見たりして数日を過ごしていた。長い夢だ。夢ではなく、現実なのだろうか。ふと、そう思ったが、ワシの中の何かが、これは夢だと確信していた。
(ソウダ、コレハ夢ダ。夢ダガ現実ニ起キタコトダ。汝ハ、ハルカ昔ノ、大帝国ノ歴史ヲ見テイルノダ。)
誰かが、頭の中で、そう言った。
(そうだな、これは夢だ。しかし現実に起きたことだ。ワシは、そのことを知っている。)
ワシは、その誰かに対して、何の違和感も持たずにそう答えた。
(サテ、兵舎ヲ見ニ行コウデハナイカ)
その声に導かれて、ワシは、ゆらゆらと都市の空を流れていった。
・・・
なるほど、これを兵舎というのだな。
都市の一画に、全く同じような形をした建物が数多く立ち並んでいた。砂埃が立ってはいるものの、極めて整然とした雰囲気だ。
(こういう秩序立っているのは、気持ちの良いものだ。)
ワシの兵どもは、少し違う。秩序よりも、勢いを大切にするからだ。戦は理屈でもなく、小手先の戦術などで左右されるものではない。優れた武器を備え、必死の覚悟で突き進む側が勝つのだ。
兵舎の脇に、広い土地があった。
(練兵場ダヨ)
声が頭の中で響く。
そこに軍団が整列していて、順次外に歩き出している。
(これが、この都市の軍勢か。)
ワシは、夢の中で、この軍勢についていくことにした。
見知らぬ異国のこととはいえ、このように上から戦を観察できることなど、そうはあるまい。出征の最初から最後までを見届け、全体を理解し、細部を漏らさず記憶することにしよう。