21 我が庶兄シアン ~~犬耳少年とは、斬新じゃな~~
少し長くなってしまいました。ここで、宴会の場面は終わります。
「B U K K A K E は、アンティオキア公会議で、異端の技だとされたんだぜ。」
領主であるロゴの背後に立った少年は、気安い感じで口を挟んで来た。年のころは、12歳くらいだろうか。
「「えっ、そうなの?(そうなのか?)」」
期せずして、ジャケとクロティルドの声が重なった。動揺している。こいつら、やったことあるな。僕は、げんなりする思いで観察していた。
「なんだ、お前らやったことあるのか。」
ロゴもうんざりした風に問いただした。
「い、いや、まあ、あれだな、主君の奥方の話だからな。俺は、慎み深く、口を噤んでいることにしよう。」ジャケが誤魔化した。これでは、「やった」というのも同然だな。
ロゴが、クロティルドを睨む。
「今夜、するからな。」
あ、そっちの問題か。
「う、うん。・・・いいよ。」
クロティルドが小さな声でいう。
ちょっと僕席外していいですか。また吐くぞ。
「それより、シアン、帰って来たのか!久しぶりだが、立派な様子だな!どうした、トゥールから追い出されて来たか!!」
ロゴが大声でシアンと呼ばれた少年に声を掛ける。
「違うよ。クロティルドが男の子を出産したって、使いの者が知らせてくれたからさ、我が弟の顔を見たいと思って、大司教に頼んだんだよ。」
なるほど、このシアンという少年は、僕の兄ということになっているのか。
「ところがさ、グレゴリウスの野郎、『貴僧は、既に俗世を捨てた身。ご家族のことは忘れられよ。』とか抜かすわけだよ。」
グレゴリウスとは、何だ。大司教ということか。それで、シアンというのは、そこで僧侶をしているのだな。
「だけどさ、今回、親父がゴブリンを殲滅しただろ。その評判がトゥールの町にも響いてきたんだよ。そうすると、グレゴリウスの野郎がさ、俺を呼び出して、『そういえば、弟君が産まれなさったのだったな。』とか思い出したかのように言い出して、帰郷の許可をくれたわけさ。どうやら、トゥールの町にも、討伐協力金の要求がされてはいかんと、慌てたらしいわ。はい、これグレゴンちゃんからの手紙。」
しまいには、大司教グレゴリウスをグレゴンちゃんなどと呼びながら、シアンはロゴに手紙を渡した。ロゴは、「おう後で読んどく。」といいながら受け取った。こいつは文字が読めるのだろうか。大丈夫かな。なんだか、そのまま尻拭きに使われてしまいそうな危うさを感じるところだ。
「で、どうだいシアン、あっちの様子は。」とロゴが聞く。
「そして、かのメロヴィクスは、ゲピド族を撃ち払い・・・」
フォルトゥナトスが勝手に話を進めていく。
ところで、そこのシアンという少年の頭なのだが。
「BUKKAKEが異端だってのは、知らなかったな・・・」ジャケが深刻な顔をして呟く。
「お待たせしました!」レイナが焼けた肉を持ってきた。
「おお、これは帰り道に俺がやった鹿だわ。」とロゴがいう。
「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、それから鹿をくくって荷車に乗せて持って帰ったんだ。ちぎって、な。」と、ロゴの呂律が回らなくなってきている。
おい、ちぎっては投げというのは、フン族の王、諸民族の大王たるアッティラがカタラウヌムの戦いで、やってたことじゃなかったのか。鹿の話ではなかったと思うんだけど、ロゴの中では、もう全てがいい感じに混じりつつあるようだ。
シアンは、いきなり腰の短剣を抜いた。
お、こいつ危ない奴か。
と思ったが、違ってた。
ロゴの背後から手を伸ばして、肉を切り始めた。
ゲルマンの貴人は、息子に肉を給仕させる風習がある。夢の中でそういう光景を見た記憶があった。
最も信頼できる者にこれをさせるのは、まあ当然のことだな。
シアンの手つきは、なかなか洗練されていた。
それよりも、このシアンという少年の頭についてなのだが・・・。
「シアン、その、ぶっか・・・なんとかっていうのは、本当に異端なの?」
クロティルドが心配そうに聞いた。
「ああ、そうだよ、でもまあ、事故っていうこともあるから、そんなに気にするなよ。」
シアンはさらりと流した。親子とは思えない距離感がありつつ、特に険悪でもない。この空気、クロティルドが後妻に当たるということなのだろうか。
「母さんの墓には行ったのか。」ロゴが聞いた。
「あとで行くさ。とりあえず、館の方から肉の匂いがしたんだ。」
シアンが答える。
「昔の家族も大切だけど、今の家族も大切だ。まずは親父とクロティルド、それから弟の顔を見ないと、さ。」
「明日ちゃんと行けよ。」
「ああ。」
と言いながら、シアンは肉の切り分けを終え、手をズボンで拭いてから、僕の方を向いた。
なぜだ!なぜ、このシアンの頭には、犬の耳のようなものがついているのだ。
それに誰もそのことに触れない。当然のことのように看過しているのだが、どうして誰もおかしいと思わないのか。これは僧侶の着物なのか。当たり前のことなのだろうか。
「お、白濁液出しまくりだな、テウデリク。俺なんか、坊主になっちまったから、出してはいけないことになってるんだぞ。」
「あんた、まだ12歳なんだから、そういうのは早いわよ。」クロティルドが注意する。
「いやいや、ジャケがイタリアであんたを略奪したとき、あいつは12歳だったって聞いたぜ!」
おお、クロティルドは略奪されたのか。東ゴート族と言っていたな。東ゴート族は、テオドリック大王によってイタリアに王国を作っていたはずだ。戦争でもあったのだろうか。
「ジャケは変態だから、仕方がないのよ。」クロティルドが庇う。庇ってるのか、それ。
「で、こいつの洗礼は、誰がやったの?」シアンが問う。
「村の司祭よ。ジェーロム。代母は、クレーヌに頼んだわ。」
「あいつらか。ジェーロムはいかん。おいテウデリク、洗礼はどうせちゃんとやって貰ってないんだろ。あの男は、自分の鼻とケツの区別もつかん阿呆だ。まともな典礼ができないんだ。よし、俺が改めてやってやろう。」
さっきからずっと疑問に思っていたのだが、なぜこのシアンという少年には犬耳がついているのだろうか。
シアンは、僕の頭に手を触れて、
「天ニマシマス我ガ神々ヨ。我ハ願ウ、コノ赤子ノ生誕ヲ祝福シ、アラユル災厄ニ耐エル強キ心ト肉体ヲ与エ給エ。」
と祈りを捧げた。それと同時に、シアンと僕の全身から、薄く白い光が溢れ出た。この光は、どうやら僕にしか見えないらしいが、そこにいた人間にとっては、神々しい印象だけは伝わったようだ。シアンは神聖魔法が使えるのだな。
「おめでとう!」みんなが叫ぶ。酒で辛かった頭が、すっきりした気がする。
ところで、このシアンなる少年の耳についてなのだが、
「シアンが洗礼してもいいの?親族がやるのは駄目なんじゃなかったっけ?」クロティルドが心配する。
いや、シアンの耳が、ちょっと、
フォルトゥナトスが口を挟んだ。
「おっしゃるとおりですぞ、親族は洗礼を授けることはできないのです。」
そこの耳についてなんですけど
「ここだけの話ですけど、」
フォルトゥナトスが、少し声を落としてロゴに話し掛ける。
「アウドヴェラ様が女の子を出産されましてな。そうそう、このテウデリクお坊ちゃまのように黒髪黒目の美しいお子様だそうです。」
「おお、めででえんじゃねえが。」ロゴがあやふやに答える。
ジャケが、
「アウドヴェラ様か!キルペリク王の嫁っこじゃねえか。俺たちの王妃様で、ものすっごい美人ちゃんだったよな。あのアウドヴェラ様にだったら、BUKKAKEも許されるに違いない。」
ちょっとBUKKAKEから離れろよ、ジャケ。いや、それよりこのシアン少年の耳が、
「ちょっと、アウドヴェラ様にBUKKAKEならいいっていうことは、私には駄目っていうことなの?なんか失礼なんじゃない?」
クロティルドがくってかかる。
「鹿をちぎっては投げ、」ロゴが呟く。妙な抑揚をつけるようになってきていた。もうじき武勲詩になるだろう。
「村は焼かれ、奴らは笑いながら去って行ったということですぞ。」留守居の爺みたいなのが憤慨する。
「はいお肉の追加ですよー。」とレイナが何か持ってきた。
「おいこれはゴブリン王の首じゃねえか。槍かなんかで突き刺して、門の外に立てておいてくれ。」ロゴが指示する。
「グレゴリウス大司教は、嫌な奴なんだわ。親父、俺は犬っこだから跡を継げないのは分かってるんだけどさ、その代わりに、俺を大司教にしてくれよ。」
シアンがいう。
そう!それだ。それだよ!それ、聞きたかった。犬っこって、言ったよね。そこ説明してくれないかな。
「アウドヴェラ様がお子様を産んで、洗礼をしようとしたのに、代母役のフランクの貴婦人が手違いで来られなかったのです。」フォルトゥナトスが続ける。更に声を潜めて、
「実は、貴婦人が来なかったのは、フレデグントの陰謀だったという噂です。」
「12歳で大司教は無理だ。せめて司祭になるように、なんとか頼んでみる。」
ロゴが答え、続ける。
「お前の母親は、犬頭族だった。まともな会話は全然通じなかったが、俺にとっては大事な相棒だったんだぜ。良く骨を投げて一緒に遊んでやったもんだ。俺の背中はあいつに預けてたし、あいつの背中は俺が命掛けて守った。それで生まれたのがお前、シアンだ。」しみじみ語り始めた。
「犬頭族と人間のあいの子の命令に従う戦士はいないから、お前に跡を継がせるわけにはいかんかったのだ。ちょうど、お前の母親も死んで、俺はキルペリク王から、この領地を貰ったから、後継ぎを作らなければならんようになって、ジャケからクロティルドを買ったというわけだ。そこでお前にも何かちゃんとした地位を用意してやらんといかんから、トゥールに送ったわけだ。この前ちゃんと説明しただろ。」
ジャケが、
「そうだった。クロタール王が亡くなって、ロゴは、キルペリク王子と密談したんだった。」
フォルトゥナトスが質問した。
「そんな事情があったのですか?」
ロゴが照れながら、「おいおい」という。
シアンが、「わかってるさ、跡を継がせてくれなんて頼んでないだろ。俺の望みは、大司教、ささやかなもんさ。」という。
クロティルドが「ささやかなもんじゃないでしょ。」と突っ込む。
ジャケが、
「クロタール王が亡くなって、その従士頭をしていたロゴは、キルペリク王子を説得して、兄王子たちを出し抜いてパリに行き、クロタールの遺産を確保させたんだ。」
シアンが、「そいつはひでぇ」という。
クロティルドが、「立派な行いよ。よくわかんないけど。」と擁護する。
ジャケが、
「そこからだ!ロゴの偉いところは、そこで、キルペリク王子に言って、その遺産を全部クロタール王の戦士や従士たちに分け与えさせたんだ。」と続ける。
フォルトゥナトスが思い出して言った。
「あのときはすごかったですな。戦士や従士たちが、こぞって、『KONING』(王よ!)と歓声を上げていましたな。多くのフランクがその瞬間、キルペリク王子に忠誠を誓ったのです。その後、兄王子たちがパリにやってきて、領土の分配がなされましたが、仮に土地が四等分されたとしても、配下となったフランクの手斧の数は、キルペリク王子が一番。こいつは後でものをいうでしょうな。」
「あと、キルペリク王子に二つ名がついたよな。」ロゴが呟く。
「「「欲しがりやキルペリク!!」」」全員が声を揃えた。なんか酷い名前だな。
ジャケが、「その功績で、ロゴはこの一帯を貰った。クロタールの従士だった俺も、改めてロゴの配下にして貰って、ロゴに忠誠を誓ったというわけだ。だから、クロティルドに、もう一度BUKKAKEしてえなんて、思っていないよ。もちろん。」
フォルトゥナトスが、
「それで、アウドヴェラ様は、フレデグントの勧めに従って、自ら母として、キルペリク王の王女様に洗礼を授けたのです。それによって、アウドヴェラは、キルペリク王の王女の代母となってしまい、キルペリク王と臥所を共にすることが許されなくなったのです。その結果、フレデグントが、キルペリク王の王妃になりあがったというわけです。」
ロゴが感慨深そうに、
「フレデグントか。俺が知っているのは、幼かったころの奴だが、確かに可愛らしい様子だったな。そんな腹黒いことをするとは知らなかった。」と感想を述べた。
僕が再度、ケポっと吐いた。
レイナが肉を持ってくる。
シアンが肉を切り分けつつ、「司祭でもいいよ。」といい、ロゴが、「お前の母親は、マジで可愛いワンコだったわ。」といい、フォルトゥナトスが、「王の死後、そういう事情があったのですか」といい、ジャケが、「フレデグントも美人だったな。」というのに対し、クロティルドが、「あんたが知ってるフレデグントは幼女だったじゃない。」と突っ込み、戦士たちが笑い、従士たちが歌い、村長が挨拶に来て、死んだ歩兵の嫁がなぜか誰かの膝に座って肉を食らっていて、ミーレが「母さん眠い。」と言い出して、僕もなんだかくらくらしてきてしまった。
寝るぞ。
ご一読ありがとうございました。
次話は、これまでの整理をしたいと思っています。
それと同日で、続きに入りたいと思います。
第一章はそれで終わりで、ようやく主人公の成長が始まる予定です。
ここまでお付き合いくださっている方、本当にありがとうございます。
引き続き、読んで頂ければ嬉しいです。




