13 ほれみろ、占いなどを信じるからじゃ ~~テウトニ族の壊滅~~
少し長くなりましたが、これで戦闘シーンを終ります。
アンブロネス族は、ほぼ全滅に近い状態だった。後続の他のゲルマン人部族も相当な痛手を負っているから、戦場は小康状態になっている。そうはいっても、ローマの陣地からは飛び道具による攻撃が続いているから、ゲルマンの戦力は少しずつ削られている。ゲルマン人たちは、盾などを使って身を守りつつ、こちらも弓矢などで応戦しているが、それほどの効果は出ていない。
じわじわとゲルマン人たちが距離を詰めていき、二番目の壕の縁まで辿り着いた。そのまま盾を構えてゆっくりと降りて柵に近づいていく。最初からそうすれば良かったのではないか?
もっとも、柵の真下近くの壕の底まで来ると、ローマ軍の攻撃が強くなる。投槍や投石の効果が高いから、盾を構えているだけでは、盾もろとも押しつぶされる者もいる。また、盾を持っていない者も、どんどん傷ついて動けなくなっている。
上空から見ていると、赤い光を放つ者たちが、少しずつ柵の近くににじり寄っている。なるほど。野蛮魔法の影響を強く受けている戦士たちが集まって、一気に突破する構えだな。
(ホラ見ロ!ヤハリ野蛮魔法ハスゴイノジャ!)
「声」が喜んで指摘する。
ワシとしては、この、妙にゲルマン側に肩入れする、「声」の正体が何なのか、じわじわと気になってきたところだが、それよりも気になることがある。
ゲルマン人の軍勢は、まだ全てが森から出てきていない。ローマ軍陣地のある丘と森との間には、中途半端な平野部があるが、15万のゲルマン軍全部が出てくるには狭すぎる。そして、森の中から聞こえていた鬨の声や盾の音が小さくなってきている。
つまり、別働隊が出たということだ。
この蛮人たちに、そのような知恵が働くことに驚嘆しながらも、ワシはちらりとローマ軍陣地の側面を見た。
(右だな。)
(ン?左カ)
なんとなくワシは、ローマ軍陣地の側から見ていたから右なのだが、「声」は完全にゲルマン側の気分でいたようだ。
いずれにせよ、陣地の両側面のうち、片方は大きな岩がごつごつしていて足場が悪い。また、少し深い崖があって、正面の二段の壕よりも抜くのはきつそうだ。ローマ軍もそれが分かっているのか、そちら側には多くの予備兵を配置していない。問題は、右側だ。
(オイ、正面ノ方ヲチャント見テイロ)
声が注意を促した。
正面からの突破が始まったのだ。
ゲルマン人たちの盾の音が一際高くなり、彼らの精神が極限まで高揚した瞬間、壕の底で身をかがめていたゲルマン人の勇士たちが、ありえない高さまで飛び上がって柵に取りついたのだ。驚くべきことに、柵に取りつくのではなく、そのまま柵を飛び越える勇士もいた。軽装備とはいえ、人としてありえない高さを飛び上がったのだ。仔細に見ていると、空中に、目に見えない足場があるかのように、そこでもう一度跳躍している。それで飛ぶ高さが二倍近くになっているのだ。
ローマ軍は、柵越しに槍を突き出す者がいる一方で、柵を飛び越えたり、柵を倒した勇士やその他のゲルマン兵に対し、盾と剣で戦闘を始めた。
本格的な白兵戦が始まっている。ローマ軍にとっては、丘の斜面により少し自分が高いこと、武装が優れていることだけが頼りだ。飛び道具も、もはや危険すぎて使えない。もっとも、柵を越えたゲルマン兵は、それほど多くない。
野蛮魔法は、ワシが想像した以上の効果を有していたようだ。赤い光を放っている勇士たちは、およそ人の力を超えているかのような速さで槍を振るい、また、ローマ軍兵士の塊に対し、盾をかかげて突進したりしている。ローマ兵数人が、たった一人の勇士の突撃により、吹き飛ばされるのが見えた。その後ろからゲルマン兵が飛ばされたローマ軍を始末している。ローマの陣列のところどころに穴が出来ている。
(行ッケェ!皆殺シニセヨ!)
声は興奮しきっている。
ローマ軍の後方から、騎馬武者の一団が割り込んできた。兵装が異様だ。顔つきもローマ人のものとは少し違う。ゲルマン兵が突破した周辺に駆けつけ、侵入したゲルマン人を薙ぎ倒していく。
(アアッ!補助軍カ)
行軍途中で合流していた騎馬隊だな。ローマの正規兵とは違うようだ。
また、ローマ軍の弓兵が火矢を放ち始めた。陣地の外壕と内壕との間には、可燃物がかなり置いてあって、それに放火するのが目的であったらしい。風向きの関係もあって、ゲルマン人の後方は、煙にむせて、内壕に詰めるのに混乱が生じていた。これで、最前列が孤立することになる。また、白い服を着た男たちが杖を振るっている。白い雷光が飛び、可燃物に着火していた。
騎馬隊と放火によって、ローマ軍の最前列が優勢になり、ゲルマン人が開けた穴が塞がれ、また柵を挟んでローマ軍による虐殺が再開される。もっとも、ゲルマン人も、断続的に柵を越えるので、戦線のあちこちで小規模な勝利と敗北が入り乱れている状態だ。
突然、右側面(声にとっては左側面だが。)から喚声が聞こえた。ゲルマンの別働隊が迂回を終えたのだ。
騎馬の勇士らがローマ軍陣地の側面に迫ってきていた。もっとも右側面は低湿地になっていて、騎馬の突撃には向かない。また徒歩のゲルマン兵も足元がもたついている。そして、陣地には、少し規模は小さいものの、一重の壕と柵が設けられていて、少なくない数のローマ軍団兵が配置されていた。
ローマの対応は早かった。緒戦において正面の外壕を守っていた軍団兵は、陣地中央付近で腰を下ろして休んでいたが、互いに声を掛け合って、指揮官の命じるのと同時に右側面に殺到し、直ちに陣列を組んだ。
また、ローマ軍の司令官と思われる人物も護衛兵に囲まれながら騎馬で右側の督戦に向かっている。
(これは抜くのは難しいぞ。)
声は、
(ソウカ?ナントカナランノカ)
と問い返した。
なんともならぬ。それにローマにはまだ隠し玉がある。
右側面の低湿地の背後には、森が広がっていた。そこをゲルマン人の迂回部隊が通過して側面に奇襲をかけたわけだが、その通過後に、ローマ軍の最後の予備兵力が入っていた。
低湿地で、ローマの陣地と背後からの予備兵力に挟撃されたゲルマンの奇襲部隊は、押し込まれて戦闘能力を急激に低下させていた。
「俺は、テウトボドだ!勇ある者は、我に掛かってこい!」
テウトニ族の王が馬上で名乗りを上げた。
(野蛮魔法ノ効果ガ最モ強イ勇士ダ)
たしかに、キントリクスの首を刎ねた後、最初にその下をくぐったのは、この男だった。全身に血を浴びていた。
テウトボドは、まさに鬼神のごとく暴れまわった。ローマ歩兵たちは、盾と槍を構えて包囲しようとしているが、テウトボドの槍先は正確に装備の隙間を縫い、瞬く間に死骸の山を築いた。テウトボドの馬は傷つき倒れたが、むしろ、このゲルマンの王にとっては、自分の脚の方が強い味方だったようだ。全身で盾の壁にぶつかり、敵を突き飛ばし、あろうことか、防具をつけた敵の腕を引きちぎったりしていた。
(オヤ、モウ、オ昼ダナ。)
声が呑気な口調で言った。
テウトボドの身体から発せられていた赤い光がみるみる弱くなっていく。ローマ軍団兵は、あっという間に敵王に殺到し、男を組み伏せて縛り上げた。
同時に野戦陣地の最前列でも歓声が上がった。「マリウス!マリウス!!」とローマの司令官を賛美する声があがっている。
ゲルマンの軍勢が押し負けたのだ。
(マ、コウナルコトハ分カッテイタノダガ)
声が言った。
(知っていたのか?)
(夢ダガ現実ニ起キタコトダ。汝ハ、ハルカ昔ノ、大帝国ノ歴史ヲ見テイルノダ、ト言ワナカッタカ)
そうだった。声があんまり熱心に応援しているので忘れていた。
(コレデてうとに族ハ再起不能ニナルヨ。別ニ活動シテイタきんぶり族モ近イウチニ壊滅スル。)
声が解説した。
(てうとに族ハ、今デハちゅーとん人ト呼バレテ、げるまにあノ奥地ニ潜ンデイル。)
チュートン人か。なかなかあっぱれな戦いぶりであった。その名、心に留めておこう。
いずれにせよ、テウトボド王は、勝利もせず、名誉の戦死もしなかった。占いなど、そのようなものじゃわ。
ご一読ありがとうございました。
紀元前102年、アクアエ・セクスティアエの戦いを叩き台としてお借りしました。テウトボド王は、凱旋式で処刑されたそうです。昔の戦争も、面白いですね。