12 野戦陣地が堅すぎる ~~押し負けるのがオチじゃな~~
やっと、戦闘シーンに辿り着きました。
「声」が、話しかけていたのに気が付かなかった。
(質問ヲシテオイテ、自分ノ世界ニ入ルノハ、ヤメテクレヌカ)
(そうだったな。で、あの赤い光はなんじゃな?)
(生贄ノ血ヲ浴ビタ者ダヨ。力ガ湧キ出ルトイッタダロウ?)
なるほど。たしかに、あの赤い光は、それぞれの小集団の先頭に立ち上っている。
(盾ト剣ノ音ガ揃ッテイルダロウ?ソレモ生贄ニヨルモノダ)
そういうことか。かのガリア人ハエドゥイー族の王の弟、高貴なるキントリクス君の尊い犠牲により、統制のとれていないゲルマン人たちにも、一体となった行動がとれるようになっているのだな。
ローマの側を見てみる。
驚いたことに、陣地の柵の向こう側には、まばらに兵士が立っているのみだ。柵の中をのぞいてみたら、他の兵士は、座り込んで、身体の筋肉を伸ばしたり、水を飲んだりしていた。
(随分と落ち着いているな。歴戦の兵士という奴だ。)
(ダラケテイルダケダロ)
声は、どうやらゲルマン人がお好きなようだ。
そうしているうちに、先鋒のアンブロネス族の背中に後続が詰めてきたようだ。アンブロネス族の首領と思しき大男が、一声叫ぶと、ローマの陣地に向けて突撃してきた。
突撃とはいいつつ、これもまた統制がとれていない。途中で立ち止まって、矢を射る奴がいたり、ぶつかって口論を始める者までいる。ローマ軍は、一瞬のうちに立ち上がって柵の前に整列した。
お見事!ワシは、心の中で言った。あの迅速さは、褒め称えられるべきだ。
ローマ軍は各軍団ごとに、鷲の形をした旗印を誇らしげに掲げている。そして静まり返って、ゲルマンが近づいてくるのを待ち受けていた。
アンブロネス族は、そのまま勢いを殺さずに、陣地前の壕に飛び込んだ。
壕は、丘の裾野に沿って掘られていて、その深さは、人が立って手を伸ばしたら上に届くくらいのものだ。そしてその深さの二倍ほどの幅がある。武装しながら上がるのは困難だろう。
アンブロネス族が壕に降りた瞬間、ローマ軍の陣地から、数えきれぬほどの投槍、投石、弓矢が降り注いだ。
これは瞬殺だわ。
ゲルマン人たちは、自分らが傷つけられたことが信じられないような顔をして叫んでいる。
その中で、赤い光を放つ首領が大音声をあげた。
首領の左肩に槍が突き刺さっていたが、全く影響はでていないようだ。なるほど、これが魔法の効果だな。
(人ハコレヲ野蛮魔法トイウ)
なんという呼び方だろうか。野蛮魔法とは、なんだかそのままではないか。
首領は、負傷者や死者を掻き分けて壕の端まで走り、飛び上がって柵に取りついた。壕の端から柵までは、手のひら一つ分くらいの隙間しかないから、壕を飛び上がっても、立っていることすら困難だ。
ローマ軍が一斉に首領に槍を付ける。首領は、「おおう!!」と叫びながら、身体をゆすって、柵を倒そうとしている。柵は、相当深く埋め込んでいるはずなのに、首領が狂ったようにもがくので、ミシミシ音を立てはじめた。襤褸雑巾のようになっているが、なぜか激しく動いていて、柵に損傷を与えている。なるほど、野蛮魔法と呼ばれる理由が良く分かるわ。
後続がどんどん壕に入ってくる。あちこちで柵に取りつく者が出始めた。ローマ軍は、機械のような効率性と合理性をもって、蠅でも落とすようにゲルマン人を槍で付いている。これはもう虐殺に近いな。もっとも、ゲルマン側の弓などが、少数ながらもローマに被害を出してはいるが、それほど多くはない。
アンブロネス族にも騎兵がいたようで、それが壕を渡ってきた。死体を容赦なく踏みつけて柵に飛び上がる。
ローマ軍の将校とみられる者が、鋭く指示を発している。すると、等間隔を空けていた兵士たちが、密集して姿勢を低くして衝撃に備える体勢をとった。その分足りなくなった陣列には、後列の兵士が即座に入ってきて埋めている。
騎兵たちは、軽々と壕の底から飛び上がるが、そこで柵に激突する。ほとんどの馬は、跳ね返されて壕に戻るが、いくつかの場所で柵が破れた。もっとも、それも一瞬のことで、槍衾に刺されて倒れていく。
(オオ、オオ、柵ヲ踏ミニジレ!)
声が声援を送っている。なんか、一生懸命だな。
ちょっと距離を置きたくて、ワシはふわりと宙に浮いて、上から見ることにした。
柵のところどころが倒れている。あちこちにゲルマンの兵士たちが取りついていて、ローマ軍の兵士たちも柵の隙間から槍で付いたり、柵が破れたところでは槍衾を作ったりしている。もはや槍を失って、盾と剣で戦っている兵士もいる。その後方からは、弓兵などが、飛び道具を使っている。これは開戦当初から同じペースで射続けている。
ローマ軍の後方から、白い衣服を着た男が数名歩いてきた。上にふわふわと白い光が見えるような気がする。杖を持っていて、前線に出ると、柵に杖を触れさせて、何やら呪文のようなものを唱えている。ゲルマン兵たちは、その男たちを攻撃しようとするが、ローマ軍が守りを固めているので、白服たちにはほとんど届かない。それでも殺された白服はいるが、残りの白服は呪文を唱えきったようだ。
突然、柵全体が、白く輝いた。空気がびりっと震え、しばらくしてから、「バリバリバリバリ!!」という音が響いた。
(ナント!魔法トハ卑怯ナリ!)
声が間抜けな感想を述べる。
(あれも魔法なのか。)
声に聴いてみた。
(アレハ魔法トイウヨリハ、詐術ダヨ!!)
声が悲鳴を上げている。
なんという魔法なのだろうか。
(文明魔法ト呼バレテイル)
まあ、そんなところだろうとは思っていたわ。
焦げ臭い匂いが漂ってきた。柵に取りついていたゲルマン人は、黒く焦げて動かなくなっている。
ローマ軍は、喇叭の音を合図に、負傷兵を抱えながら、退却していく。
その先には、二段目の壕と柵が用意されていた。その奥には、ローマの新手が控えている。
ご一読ありがとうございました。
次話で戦闘は終わる予定です。