34 大災害の始まり ~~魔物発生~~
投稿遅くなりすみませんでした!
ナントの町の中心部には、4階建てのすっきりした外観の建物が完成していた。辺境伯ロゴが、フランク族の宿敵、ザクセン同盟に対する遠征に参加する際、テウデリクはナントを拠点としてロゴの留守を任されることになったから、領主の息子として、また辺境伯の内政の要として、威圧により統治を容易にし、かつ洗練された文化を誇示するため、簡易な居館を作っていたのだ。居館というよりは、執務ビルという方が正確かもしれない。
戦国武将であったテウデリクは、軍勢のみならず内政のための事務が極めて煩雑であること、それらを適切に処理するためには、十分な事務官と書類仕事が必要であることを理解していた。人材はある程度確保できつつある。そして、一つの建物の中で事務処理を一括して管理していくことによって、無駄のない処理が可能になるのであるから、居館の建設は最優先であったのだ。
その最上階で、テウデリクは幹部を集め、緊急会議を開いていた。
出席していたのは、経済技術官僚であるヴェルナー、土木建築担当のユーロー、軍事担当のネイ、水軍担当のテイズ、テウデリクの近侍であるランマリア(王女)とミーレ、そして報告者である女忍者シノであった。
シノが報告を始める。
「ロワール河の南、アクイターニアで、魔物が発生しています。スライムからゴブリン、その他、想像を絶する巨大な獣が群れを成して現れ、各地の村や町を襲っているのです。」
テウデリクは、首を傾げた。
「魔物、であるか。あれは、魔の森とその周辺にのみ発生するものだと思っておったが。」
テウデリクは、織田信長としての生涯を終えた後、ローマ帝国の興亡を夢で一通り見る機会があったため、ガリア地域の地誌は全て頭に入っている。しかし、魔物が発生し始めたのは、ここ数十年程度の出来事なので、そのあたりの知識が充分ではなかったようだ。
「いえ、魔物は、このガリアの地一帯で発生しています。もちろん、魔の森のように多く発生するような場所はありますが。」
ヴェルナーが補足する。別にヴェルナーもガリアの事情に詳しい訳ではないのだが、各地の商人と交渉する機会が多いので、そのような知識を得る機会は多い。
「アクイターニアは、強力な武家がいないため、人々は魔物に襲われるのみで、抗する術もない、とのことです。」
シノが報告を続けた。
テウデリクは、胃の辺りに、キリキリと差し込むような痛みを感じた。
戦国大名であったテウデリクは、危機察知能力が異常に発達していた。個人としての死を恐れるのではないが、織田家の滅亡の兆しと思われるような出来事については、特に鋭敏だった。
(本願寺が背いたときも、こんな感覚がした。)
テウデリクは、ふと思い出す。畿内をおおよそ制圧したと思った直後、足利義昭の策謀により織田家に対する包囲網が出来上がっていた。その敵方の最前線に立ち、畿内各所で織田家の支配に対する破壊活動、公然たる敵対行動、過激極まりない抵抗活動を始めたのは本願寺であった。ある意味、あの時点で織田家が滅亡していたとしても決して不思議ではなかった。そのときの、「本願寺挙兵」の報が届いたときの、嫌な感覚が、再びテウデリクを襲っていた。
「魔物の数、種類はどの程度なのか。アクイターニア全域に広がっているのか。ポワティエ周辺やロワール河南岸にまで押し寄せてきているのか。また、魔物は一個の集団となっているのか。それとも小集団が好き勝手に移動しているのか。」
テウデリクはとりあえず気になった点を羅列して問いただしたが、シノは、
「申し訳ありません。忍びたちも、魔物のすぐ近くまでは近づくことができず、詳細はよく分かっていません。今のところ、ポワティエ周辺には魔物は大量には押し寄せてはいませんが、それでも、スライム、ゴブリンなどの小魔物の発生が増えているように思われるということと、ポワティエ南方から、村を追われた人々が避難してきているという噂があるという程度しか・・・。」
と述べた。曖昧な情報しかもたらすことができず、シノの表情も暗い。
もっとも、テウデリクはシノを責めるつもりはなかった。完全な情報を得ることは不可能なのだ。情報の重要さ、有益さを知っているテウデリクであるが、同時に、あらゆる決断は、不完全かつ流動的な情報を基礎に、その場その場で下していかなければならないということも理解していた。
それにしても、情報が少ない。
「よかろう。」
テウデリクが決心した。
「最悪を前提に準備をしておくこととする。」
魔物たちの大量発生がロワール河の北岸、ロゴ辺境伯の領土にまで及ぶかもしれない。その大量発生がどのくらい長期間続くか分からない。ならば、父ロゴの支配圏のみは、なんとしてでも守り切らねばならないであろう。父ロゴは、ザクセン同盟との戦争に参陣するため、西フランク王である欲しがり屋キルペリク王の下に行っている。その留守を任せられていながら、滅亡しましたなどとは、口が裂けても言えない。
領土の保全。それを第一目標とすることとした。
「ヴェルナー、周辺の領主たちに速報を送り、対策を打っておくように伝えよ。送り先は、領内の封臣たち、北隣りのギリエン殿、西隣りのガレオ殿、東のトゥールの都市伯、ロワール河南方のバシリウス殿とシゲール殿の留守の者。」
そこで一息ついた。
ロワール河の南は、厳密に言えば、ロゴ辺境伯の支配下にはない。しかし、乱れ切ったメロヴィング王朝下の地方官制度において、キルペリク王のシンパであるバシリウスとシゲールが、ロゴの代理であるテウデリクの指揮を受けることは、それほど不自然ではない。
「それからブリトン王国。」
続けた。
「ブリトン王国ですか?」
ヴェルナーが反問した。
「そうだ。今後どうなるか分からぬ。一応一報だけは入れておいてやろう。」
テウデリクは答えた。
ブリトン王国とは、現在も戦争中と言っても差し支えない状態にあった。
突然の襲撃を受け、こちらからも反撃している。水軍を使って、ブリトン半島の沿岸部を焼き払ったりもしている。今は暗黙の裡に休戦状態にはなっているが、特に和睦したということもない。
「ブリトン王国は、こちらのミョルニルを狙っているんですよね。」
ユーゴーが発言した。
ミョルニルは、古い宝物で、伝説上の大槌である。ブリトン王国は、ドワーフとケルト人の連合王国であるから、ミョルニルを持っているロゴに対する敵意を捨てることはないだろう。
「ブリトン王国が、全フランクの敵であるのと同じく、魔物は、全人類の敵であるからだ。」
テウデリクが明言した。
ブリトン王国は、フランク族がガリアに侵入してきたときからの土着勢力であったドワーフ族と、ブリテン島からアングロ・サクソン人に追われてきたケルト人の王国だから、フランクとは宿命的に敵対関係にある。それでも魔物の脅威が迫っているのであれば、協力しなければならないこともあるかもしれない。
「ブリトン王国は、良い機会だと思って攻めてくるかもしれません。」
ヴェルナーが注意を促す。
「構わん。ブリトン王国の軍勢がそれほど危険ではないことは、良く分かっている。」
ロゴの居城、雑草が丘を包囲されたこともあったが、ブリトン王国軍は、結局は算を乱して潰走したのだった。
「ブリトン王国には、下手に出るな。一応教えておいてやる、という風な書状を起案せよ。」
テウデリクが命じた。
「はっ。」
ヴェルナーが答えた。
「書面については、カッツに相談せよ。」
「はっ!」
カッツは、織田信勝のことだ。まだ1歳の赤子であるが、外交儀礼については十分な教養があるから、この際使っておこうと思っていた。
「父者にも報告を入れておくように。」
「は。」
「それから、ヴェルナーには、まだ仕事がある。」
「はっ!」
「周辺の傭兵を可能な限り雇い入れよ。」
「はっ!」
「ランマリアが補佐せよ。」
「はいっ、上様!」
蘭丸ことランマリアが元気よく答える。
テウデリクの側近たちは、このランマリアという幼女の存在に未だ馴染んでいない。
一つ、ランマリアは、王の娘である。
一つ、ランマリアは、こよなく暴力と殺戮を愛し、ともすれば味方も含め、殺害衝動を抑えられないことがある。
一つ、ランマリアは、なぜかテウデリクに絶対の忠誠を誓っており、身辺の世話をしたがる。
この、わけの分からない存在について、テウデリクは、側近に対してきちんと説明をしていなかった。
そもそも、前世で戦国大名であったとか、蘭丸は自分の小姓であったとか、そういう説明をすることが難しい。下手をすると、その噂が広がってしまい、聖教会との関係が悪化するかもしれない。それに、テウデリクは、自分のことを配下に説明するという習慣がなかったのだ。
「もう一つ、ヴェルナー。」
「はっ!」
「直轄の村の村長を集め、食糧庫と避難場所を作らせるよう指示せよ。」
「はい。」
「小麦は、全て刈り入れるように。」
「少し時期が早いですが。」
「構わん。魔物が押し寄せたら、刈り入れもできなくなる。」
「承知致しました!」
「その他、食糧は可能な限り買っておけ。」
「はっ!」
とりあえず、ヴェルナーに対する指示は一通り終えた。
正直、荷が重いかもしれない。
短期間のうちに、色々なことを同時に処理しなければならなくなるはずだ。
家宰のガーリナがロゴと共に従軍しているため、ヴェルナーの負担が大きくなっているが、これはやむを得ないだろう。頑張って貰うしかない。
「ユーロー」
「はい。」
「領内の防御施設を固めよ。魔物が押し寄せてきたとき、村人がどう逃げるか、どこで魔物を撃退するか、どのように拠点と拠点が連絡を取るか、計画を立て、必要な工事を行うよう。」
「はっ!」
「更に、ガレオの領地の中、沿岸に近い村には、別途使者を送り、魚を大量に塩漬けにしておくよう注文しておけ。」
「魚、ですか?」
「食糧不足になるかもしれないからだ。必ず買うから、必ず売るように約束させよ。値段も決めておけ。」
事前に契約で縛っておかなければ、魔物の被害が出始めると、足元を見られて価格を釣り上げられるだろう。
「ガレオ様には、事前に断っておきますか?」
ヴェルナーが確認した。
「いや、知らせる必要もない。」
テウデリクが切って捨てた。もともとガレオという老フランク族の領主については、テウデリクは全く評価していない。機会があれば、滅ぼして自分の領土にしたいと思っているくらいなのだ。
テウデリクは指示を続ける。
「ユーローとテイズ、ネイは、水軍を増強させよ。」
「はっ!」
「ロワール河を渡らせるな。」
「わかりました。」
テイズが代表して答えた。唯一の大人である。ロゴの従士頭をしていたが、今は水軍を任されている。
「イズモと同じくらいの大安宅船を2,3隻は欲しい。」
「了解しました!」
「ネイは、ナントの市民兵の訓練を進めておくように。」
「はっ!」
一通りの指示を終えた。
「よし。」
テウデリクは言葉を切った。
「僕と、シノ、ミーレは、ロワール河を越えてアクイターニアの情勢を確認してくる。シノの配下の忍びは全て連れていくように。ミーレは、従士を数名選び、馬に乗せ、いつでも出られるようにしておけ。出発は、一刻後だ。」
威力偵察を行うつもりなのだ。
テウデリクは昔から自分の目で状況を確かめることの重要性を熟知していた。特に、今回の大量発生のような状況では、他人の報告では実態を正確に捉えられない危険性が高い。
将領が本拠地を離れることによる混乱は避けなければならない。
敵情を明らかにすることにこだわる余り、全体の指揮が乱れたら本末転倒というものだ。
しかし、ヴェルナーを中心に、テウデリク配下の幹部たちは、自分たちが何をすればよいか、しっかりと理解していると思われた。
若干の不安はあるが、後方は部下に任せ、自分の目で見ることを優先すべきだと考えたのだ。
(明智光秀がおったら、視察を命じるのだがな。)
そう思ったが、ランマリアが激怒しそうなので言わない。
「このたびの大量発生、何事もなく終わればそれで良いが、ことの次第によっては、われらの存亡にも関わる一大事である。その方らの尽力に大いに期待しているぞ。」
テウデリクは、信頼する部下たちにそう述べて、会議を終了させた。
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