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33 パリのヒューゴ ~~神聖魔法、文明魔法、そして野蛮魔法~~

また間隔が空いてしまいました。ゆっくり頑張って書いていきたいと思います!

「で、あんたは、王女様に剣で殺されそうになったってわけだね! そいつは、豪気だわ、わあっ、はっ、はっ!!」


ガハガハと豪快に笑いながら、パリの大司教、ゲルマヌスは、ヒューゴの下女が出したタンポポ茶を飲みながらヒューゴの話をまとめた。


「しかし、王女様は、たしかまだ5歳ほどだったはず。ヒューゴ様も5歳でしたか、もちろんヒューゴ様の武勇は世間に鳴り響いておりますが、そのヒューゴ様に5歳の幼女が襲い掛かっても、なんでもありますまい。」

控えめにプリスクスが口を挟んだ。


タンポポ茶は、お茶の代用品のはずだが、暗黒時代においてはタンポポ茶も高級品に当たる。タンポポは珍しくないが、それを乾燥させてお茶にするという知識がないのだ。信長こと、テウデリクは魔の森でとれたお茶の葉を売り始めているが、それも遠い地のこと、パリでは知られていない。


「あの王女、ランマリアは、恐ろしく手練れでしたな。」

ヒューゴが言葉少なに答える。あまり喋るわけにはいかない。前世では、自分の主君の稚小姓だったとは説明できない。


「ランマリア姫は、お生まれのときから、それほど幸運には恵まれておられませんでしたから。」

プリスクスが続けた。


プリスクスはパリで一、二を争う大商人だが、ユダヤ人であり、フランク王に高利で金を貸すこともあるから、時の権力者から突然に迫害されることを極度に警戒している。借金を帳消しにし、財産を根こそぎ奪われる口実を与えてはならないのだ。

そのプリスクスが、ランマリアの境遇に言及すること自体珍しいのだが、それは、大司教ゲルマヌスとヒューゴという二人の人間が、プリスクスにとって信頼できる人間であると判断しているということもあるだろう。


「そうだな。以前の王妃、アウドヴェラ様が、フレデグンドの陰謀によって追放されてしまってから、ランマリア姫はずっとル・マンの修道院で育てられていた。そこで、ずっと修業でもしていたのだろう。」

ヒューゴが投げやりに言った。


「アウドヴェラ様が追放されたのは、致し方のないことじゃったよ。ランマリア姫の洗礼母になってしまわれた以上、父親であるキルペリク王と臥所を共にすることは許されんのじゃわ。」

ゲルマヌスが言った。

それは正論なのだが、ここで問題となっているのは、アウドヴェラが洗礼に際して代母を用意できなかったことが、フレデグンドの陰謀によるという根強い噂だ。


「そういえば、ケント王国の勇士たちは、ケント王の要望として、王女を嫁にというお話だったはずですが。」

プリスクスが用心深く話題をずらした。これ以上踏み込むのはさすがに危険だ。恐るべき現王妃、フレデグンドの不興を買いかねない。


「いきなり俺に斬りかかってくるような王女、さすがにケント王にはお勧めできないでしょうが。」

ヒューゴがうんざりしたように答えた。

「ランマリア姫も、絶対に嫌だと言い張ったので。結局、別の血縁を探すということになりましたよ。」


この縁談話は、結果的には、今は亡き兄王、アクイターニアを支配していた故カリベルト王の娘の渡英という形で決着がつくこととなるが、それはここでは関係がない。


「しかし、その後ランマリア姫は出奔したという話であるが。」


ゲルマヌス大司教も、その後の噂には興味があるようだった。


「もともと父親であるキルペリク王にも良い印象はなかったでしょうからね。母を捨てた男ですから。」

ヒューゴは面倒臭そうに答えた。森蘭丸には、もともと因縁がある。本能寺で殺してしまった相手だ。その蘭丸が、テウデリクのところにいるのは面白くないのだ。ここでもテウデリクの話題に移ること自体、気分のよい話題ではない。


「追ってきたフランクの戦士を何人か討ち取って、そのまま行方不明という噂ですが。」

プリスクスはその後の情報も得ていたようだ。


「無茶苦茶しやがる幼女ですな。あの姫、野蛮魔法も使えないというのに、あの武術は化け物だな。」

ヒューゴも、ランマリアの非常識さに呆れて相槌を打った。


「野蛮魔法?」

ゲルマヌス大司教が反応した。


しまった。

ヒューゴは失言を悔いた。野蛮魔法は、聖教の教義では、撲滅すべき忌むべき技法なのだ。血を継承させることによって能力者を増やすことができるのだが、発見され次第殺されることとなっている。


「ああ、ワシのことは気にせんでいいよ。野蛮魔法は悪魔の技だという見解もあるが、ワシは、そのような不確かな見解に従って、大切な友人に危害が加えられて良いなどとは思っておらぬ。」


どうやら、ヒューゴが野蛮魔法の使い手であることは気が付かれていたらしい。


「ところで、ヒューゴ様、キルペリク王は、ヒューゴ様もテウデベルト第一王子にお仕えすることを求められたと聞きましたが。」

プリスクスが更に話題を変えた。

ユダヤ人商人であるプリスクスは、王の身辺をいつも注意深く見守っている。強欲かつ乱暴な側近が付くと、すぐに賄賂を持っていかなければならない。プリスクス自身のみならず、ユダヤ人社会全体に対する弾圧と強奪が始められるかもしれないからだ。


「俺には、テウデリクという主君がいますからね。今回テウデベルト王子の冒険行に付き合ったのも、断るのが不名誉だったからです。王子の騎士団に入ることを断ったら、次は王の側近にどうかって言われましたよ。それも申し訳ないがお断りしました。」

ヒューゴはさりげなく自慢する。

ユダヤの大商人とパリの大司教、この人脈の広い二人に漏らしておけば、自分の名声も広がるだろう。もっとも、そのあと、恐るべき王妃、フレデグンドにも勧誘されたことは話さない。こっちは、断ったことを明らかにすると王妃の顔を潰すことにもなるし、王妃は、そういうことを見逃す人間ではない。


「では、別途恩賞は貰ったのかね?」

ゲルマヌスが聞いた。聖職者であるし、まっとうな人間だから、物欲に駆られての質問でないことは分かっている。ヒューゴの献身が正当に報いられたかどうかが気になるのだ。


「多額の金を貰いましたよ。それから、この、魔剣カリブルヌスは、正式に俺のものになりました。俺としてはそれで充分です。」


ヒューゴは控えめに答えた。

もともと金や宝物目当てで参加したブリテン島行きではなかったので、別に褒賞はなんでもいいのだ。


「ほう。」

プリスクスが目を光らせた。

価値がわかるようだ。


「別に、普通の剣ですよ。」

ヒューゴが軽く行って、背後に掛けてあった魔剣を手に取った。


「もっとも」

鞘に手を触れる。

ヒューゴは、手の平に力を込めて、静かに握った。


「おっ!」

ゲルマヌス大司教が声を上げた。

魔剣の鞘に火花が走ったのだ。


「どういうわけか、魔力の通りが良いのですよ。電光の神聖魔法ですね。」

ヒューゴが解説した。

「もっとも、何の役に立つのか分かりませんですけど。」


「なるほど。」

魔剣を渡されて仔細に眺めていたプリスクスが答えた。

「この魔剣には、色々と隠された秘密があるかもしれませんね。いずれにしても、鞘は、銅を含んでいるということ以外、特に不思議な点は見つかりませんが。」


「まあ、これを持っていると、ケルティック・クロスを探し出したヒューゴだと分かるので、看板替わりにはなりますかね。」

現代社会だと名刺代わりになる、というところだ。


「そういえば、あんたの主君、テウデリク殿は南の方でひと戦やらかしたらしいな。」

ゲルマヌス大司教が、話題を変えた。

こう見えてもかなりの情報通なのだ。

もちろん、オルレアンにもトゥールにも聖職者がいるから、情報は入ってきやすいのだ。この時代、紙に文字を書くのは、聖職者か商人しかいないから、彼らの情報力は他の有力者に抜きんでていた。


「詳細は聞いていませんけどね。」

ヒューゴは曖昧に答えた。

実はテウデリクから戦勝を知らせた手紙を受け取っている。

日本の戦国時代、情報戦が重要だったから、大きな出来事があれば、すぐに諸勢力に手紙を書くのが戦国大名の習慣だった。テウデリクもすぐにあちこちに手紙を出している。


「テウデリク殿は、辺境伯ロゴ様のご子息でしたな。」

プリスクスが記憶を確認する。


「オルレアンの商人たちが、ブルグンド王国のムモルス将軍を雇って、ロワール河を下り、ナントを襲撃しようとしたらしいのだ。どういうわけか、ほぼ全滅に近い被害を受けて帰ってきたらしい。」

ゲルマヌスが説明した。


「ほう。ムモルス様が戦争に負けるなど、初めて聞きますな。」

プリスクスが驚いた様子で受けた。


「プリスクス殿は聞いていなかったのかな。」

ゲルマヌス大司教が尋ねた。


「はい。そういう状況であれば、オルレアンの商人たちも対策に追われているのでしょう。こちらには、そういう話は入ってきていません。もっとも、ナント襲撃の計画は聞いておりましたが。」

いわゆる商業ルートでは情報が途絶えていたらしい。ムモルス将軍の敗北がオルレアンの商業界に与えた衝撃は相当なものだったのだろう。


「ムモルス殿が負けるとはね。」

ムモルスはこの時代のガリアで唯一にして最高の軍略家だと考えられていた。陣形を整えて敵にぶつけることができる、ただ一人の武人なのだ。


「なんでも、テウデリク殿がひそかに接近して、突然攻撃を仕掛けてきて、しかも圧倒的な水軍で、オルレアン側の船団を全滅させたとか。」

ゲルマヌスが聞いた内容を詳しく話した。


「オルレアンは陥落しましたか?」

プリスクスが目を光らせて聞いた。

オルレアンの主が変わったのであれば、商売上も大きな影響がある。それに、オルレアンは東フランク王シギベルトの所有する町だ。それを西フランク王に仕える辺境伯の息子が強取したとなれば、東西の戦争がはじまるかもしれない。シギベルト王は、弟王であるキルペリク王の支援を受けて、ゲルマニアのザクセン同盟との戦を始めているが、それも頓挫することになるかもしれないのだ。


「いや、周辺を荒らして引き上げたと聞いている。問題にならないぎりぎりのところを見極めたのかもしれないな。」

ゲルマヌスは答えた。


「ヒューゴ様のご主君は、優秀な方ですな。」

プリスクスは、テウデリク殿、と口の中で何度か唱えて、その名前を頭に刻み込んだ。

ご一読ありがとうございました。

今回は、動きのない話になってしまいましたが、次回は話を動かしていきたいと思います。

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