9 ゲルマンの戦争 ~~_戦《いくさ》じゃ!戦が始まるぞ~~
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
今日も2話投稿致します。これは1話目です。
明日以降は、通常ベースに戻ると思います。
古代帝国の軍は、野戦陣地の中に入っている。木の柵を張り巡らせて、外側を浅い堀で囲っている。陣地側面の防御は、少し簡素なものになっているが、やはり柵と堀を使っている。
(堅固な構えだが、敵が攻めてこなければ、こちらから出て行かざるをえないことになる。しかし森の中だと、ゲルマン人に殲滅されるぞ。)
(ドウダネ。ヤハリげるまん人ガ勝ツノデハナイカ)
声が聞いてきたが、それは容易ではない。
ゲルマン人は、森の中でかなり不衛生かつ不便な生活をしていた。何しろ15万人もの兵士と、その家族が密集しているのだ。食料もすぐに底を尽きるだろうし、水も、ろくになさそうだ。みたところ、このゲルマン人たちは、我慢というものを知らないようにも見えたから、しばらく待っていたら、攻撃を仕掛けてくるだろう。古代帝国の規律正しい軍団は、それをじっくりと待っていたらいいだけのことだ。ここ数ヶ月、この軍団を見てきたが、補給もしっかりしている。何日でも陣地の中でじっと待っていることが可能だろう。
(ナルホド。デハ、ソノ堪エ性ノナイ軍勢ノ大将ヲ見ニイコウデハナイカ)
声がいうので、ワシはそれに同意した。
森の奥へ奥へと進んでいく。
ゲルマン人というのは、行軍に家庭と日常生活を持ち込む風習があるらしい。普通に村社会がそのまま移しこまれたように、森と一体化しつつ、好きなところで思い思いのことをしながら、開戦を待っているようだった。
森は、極めて足場が悪く、見通しもきかない。針葉樹の森ではあるが、凹凸もあるし、ところどころ藪のようなところもあるから、整然とした行動はできないだろう。
少しだけ開けた場所に出た。
老婆が一人、広場の中央に立っていた。一応毛皮を身に纏っているが、ほぼ半裸になっている。髪も振り乱していて、見苦しいことこの上ない。近づくと、尿の匂いがした。勘弁して欲しい。その老婆の周りを、少し空間をあけて武装した男たちが囲んでいる。
女が、
「この戦、敵軍の最も高貴な捕虜を生贄とすれば、汝らの望みはかなうであろうと出たぞ!」と叫んだ。ありえないほどの高い声で、人に不安と恐怖を感じさせるような声だった。しかし、その一方で、なにかしら神秘的な響きがある。
この女の言葉、僕の乳母、クロティルドたちの話す言葉と同じだ。内容がほぼ理解できるようになっていた。
男たちは、
「殺せ!勝利だ!勝利だあああぁぁぁ!」と叫び始めた。
最も大柄な男が、
「黙れええええ!!」と他を圧倒する大音声を上げた。
「最も高貴な敵の捕虜というのは、敵軍の最も高貴な者を捕虜とせよということか。それとも、捕虜のうち最も高貴なものということか。」
と、さっきの不潔な女に確認を求めた。
馬鹿馬鹿しい。たかが占いではないか。
もっとも、ここは実に興味深い。この占いによる託宣の曖昧なところに、この大柄な男は気がついているようだ。占いの真の意味は、別にどうでもいいが、この曖昧なお告げをこの集団がどう扱うかは、ちょっと見ものではある。
どうやらこの大柄な男が、この軍団の大将のようだ。金の首飾りをしていて、驚くほど大きな剣を背負っている。髪の毛が異常に長い。金色の髪に、碧い目をしている。ゲルマン人とやらの特徴なのだろう。
(髪ヲ切ラナイノハ、彼ラノ王族ノ男子ノ風習ナノダ)
と声が解説をする。
大柄な男は、続けて、
「汝らの望みがかなうだろうというのは、どういう意味だ。」
と女に尋ねた。
傍にいた男が、
「そりゃ、勝つっていうことに決まっているじゃねえか!」
と叫んだ。他の男たちも、王の面前であるにも関わらず、勝手に、そうだそうだ、そうに決まっていると騒ぎ始めた。実に無秩序かつ自由な連中だ。
大柄な王は、
「いや違う。俺は、ユトランドの地を離れ、この遠征に出るときに、『我に勝利を与えよ。若しくは、名誉ある死を与えよ。』と神々に願ったのだ。」
と答えた。
女は、ぶっきらぼうに、
「知らん。私は、神々の声を伝えただけだ。その意味は全く知らない。」とだけ答えた。
王は、
「よかろう。いずれにせよ、戦えば分かることだ!!!」と叫んだ。
余りに適当すぎる解決に絶句したが、この男たちには、その言葉が最も効果的だったようだ。
「おおっ!!」と雄たけびを揚げた。
森のあちこちから、それに呼応する声が響いてくる。
更に、男たちは、盾に剣を撃ち付け始めた。
ガシン、ガシン、ガシン、ガシン、と、森中が鳴り響いてくる。
(太鼓が欲しいな。)
ふと、そう思った。
日本の軍勢は、こういうときは太鼓を使っていた。あれは勇壮なものだ。
王は、更に叫んだ。
「捕虜を引き出せ!」
ご一読ありがとうございました。