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甘い言葉にご用心

「ヴィー! また余計なもの頼んだでしょう? この支払い、いったいどうしてくれるのよ!」

「毎日の掃除が面倒だから代わりにだれかやってくれないかなって言っていたのはアイビーじゃなかったっけ」

「確かに言ったけど、お金出してまでこんなの欲しくない!」


 若干涙目のアイビーは使い魔(?)のヴィーをにらみつける。当の本人は意にも介さず、長椅子に悠々と寝そべりつつ、定期的に送られてくる小雑誌『週刊☆魔女通信』を熟読していた。

 アイビーがヴィーと契約を交わして数週間。彼はすっかり人間界になじみ、使い魔生活を満喫しているようだった。なかでもお気に入りなのが『魔女通信』に記載されている通信販売で、こまごまとした実用雑貨から用途の分からないシロモノまで、目についた端からどんどん注文していく。


「あ、これなんかいいんじゃない? 全自動野菜すりおろし機だって。早速頼もうかな」

「やめてやめて、いらないから! そんなんだからいつまでたってもお金が貯まらないのよ!」


 アイビーは忙しげに床を掃いて回る、『ホコリ察知機能付きラクラクお掃除ホウキ』の穂先をいまいましそうに踏みにじった。上級魔族であろうヴィーに対する遠慮など、とっくに消えうせてしまっていた。

 使い魔ではあるが自分より格上だからという理由で「さま」もしくは「さん」付けしていたアイビーに「使い魔に敬称はおかしいし気持ち悪い」と指摘し、同じく敬語使いもやめさせたのはヴィー本人だ。

 距離感のつかめない最初のころは、アイビーも恐る恐るといった感じで接していた。だが、くだけた話し方も多少きつい物言いにもヴィーが気を悪くすることはなかった。それに増長したアイビーは、この生活が十日も過ぎる頃にはすっかり彼にも慣れてしまい、ここ最近ではヴィーへの態度はごく親しい友人や、家族に対するものと変わらなくなってきていた。


「ちょっとはヴィーが手伝ってくれたらいいじゃない! そしたらこんなくだらない魔具に頼らなくたっていいのに」

「薬草集めとか、充分手伝ってるつもりだけど? へえ、それでもアイビーは文句をつけるんだ」

「そ、それは、そうだけど……でも!」


 言い返せずに口ごもった。確かにヴィーは役立っている。珍しい素材集めだとか、アイビーだけではとうてい手に入れられないだろう、強い魔物の体の一部だとか。それらは非常に高い値段で取引される。ヴィーが興味本位で『魔女通信』を介して注文しようとする魔具たちはたいして値が張るものではないのだが、なにぶん購入する頻度が高すぎた。


「なに?」


 長椅子に寝そべったまま不敵に見上げてくるヴィーの問いに、くちびるを尖らせながらアイビーは人差し指をびしりと突きつけた。


「と、とにかくもう通信販売は禁止! どうしても欲しいならヴィーが自腹で買って! わたしの財布からはもうほんとうに、絶対に! これっぽっちも出しませんからね!」







「金、金、金って、アイビーはいつもうるさいけど。生活には困ってないのに、一体何に使うつもり?」 

 夕食の席でのこと。流麗な仕草でスープを口に運びながらヴィーは尋ねてきた。

 見習い期間を修了したものの、まだまだ一人前の魔女と称するにはほど遠いアイビーは、師が己の領域で営んでいる薬草店のひとつを借り受けて商売をしている。自分ひとりで仕入れをし薬の調合を行い、売値を決める。時には新薬の開発を試したり、新たな人脈を築いたり。

 星を詠んで未来を視たり、四大元素を操るなどといった高い魔力に恵まれているわけでもなく、とりたてて秀でた所のないアイビーがいっぱしの魔女になるために通らなければならない道だ。幸いなことに彼女の師は、上級かつ善良な魔女として名高く常連客にも恵まれているので、ヴィーの言うとおり生活に困ることはない。しかしヴィーは若干、散財癖の気がある。今はそれほどでもないが、いつかそのせいで貯蓄もままならなくなるのではないか、というのがアイビーの目下の悩みの種だった。


「何に、って決まってるじゃない! ほかに新しい使い魔を召喚するの。今度こそ垂れ耳のワーラビットよ。素直で優しくて主思いの!」


 思っていたようにお金が貯まらずフラストレーションだけが溜まっていく。アイビーは小さな拳を握りしめて食卓をドンと叩き、かねてからの願い――ワーラビットを使い魔として使役すること――を熱く訴えた。熱が入りすぎて、ワーラビットの外見から生態にいたるまでアイビーが知る限りのことを切々と語ってしまった。当初ヴィーは、スプーンでスープをかき回しながら「へぇー」とか「ふーん」とか、いかにも興味なさげに相づちを打っていた。ところが、アイビーの熱のこもった語りが偏愛する垂れ耳に差し掛かったちょうどその時のことだった。


「そろそろニンジン料理にもうんざりだな」


 スープ皿を撹拌する作業にも飽きたのか、ヴィーがポタージュをほんの少しだけスプーンにすくい上げ口に運んだあと、顔をしかめて不機嫌そうに言い放ったのだ。


「ただのニンジンじゃないもん、星ニンジンだもん。だいたいヴィーは星ニンジンが大好きなんでしょう? わざわざわたしみたいな落ちこぼれの使い魔になるくらいだしね」


 アイビーはせっかく作った料理にケチをつけられ、今までの高揚した気分が一気にさめてしまう。

 そもそも上級魔族であろう彼が、まだまだひよっこでしかも魔力もさほど高くないアイビーの使い魔になぜ自ら進んでなろうとしたのか。ごく全うな疑問を抱いたアイビーに対するヴィーの答えは単純なものだった。


『星ニンジンに興味があったから』


 星ニンジンとは、普通のニンジンを栽培するときに流れ星の欠片を肥料として捲くことによってできる魔力を帯びた野菜だ。微量であるとは言え魔力がこもっているため、ワーラビットを中心とする低級魔族には人気が高い。輪切りにした外見は綺麗な星型で見た目は良いのだが、独特のえぐみと青臭さを持つため人間界ではあまり流通していない。それでもアイビーは、せっかく自分の使い魔になってくれるワーラビットのために星ニンジンの苗を大量に仕入れ、また量産させようと努力し見事成功させ特許までとったのだが、あまり懐は暖まらなかった。需要がなかったのだ。 


「だいたい、わたしが呼び出そうとしてたのはワーラビットであって、断じてその他の魔族じゃ……」


 アイビーが精一杯反論してみても、ヴィーはその言葉を聞く様子もない。頬杖をつきながらもう片方の手に持つスプーンでスープ皿の中身をただぐるぐるとかき混ぜるだけだった。


「ニンジンポタージュに、ニンジンサラダ、ニンジングラッセ、ニンジンケーキ。ニンジンニンジンニンジンニンジン。いい加減、馬鹿の一つおぼえにも程があるんじゃない?」


 ヴィーの冷えた眼差しと共に、周りの温度も下がってきたように思える。


「だ、だってわたしは本当はワーラビットが」

「僕がそんな下級魔族に見える?」


 そもそも召喚した覚えはない、と主張したくてもできなかった。アイビーは冷え込む一方の空気に何の言葉も出ずただ怯えたように目を伏せ、くちびるを噛むことしかできない。ヴィーはそんな彼女の様子を見てつまらなそうにふん、と鼻を鳴らすと弄んでいたスプーンをニンジンスープの海に投げ込んだ。


「溶岩トカゲの卵のオムレツ」

「え?」


 思いもよらない言葉にアイビーは顔を上げる。


「前に灰の樹海に行きたいって言ってたよね。火喰いグマの胆のうが欲しいけど、一人じゃ手に入れられそうもないからこの僕にぜひ手伝って欲しいって。でも、さすがにニンジン料理の連続じゃ思うように力が出ないかなあ。だから、溶岩トカゲの卵のオムレツで手を打ってあげる」


 にっこりと笑うヴィーが指すのは『週刊☆魔女通信』の後半、「なんとあの高級食材が驚きの価格でアナタの手元に!」という見出しの頁。

 本当に驚きの価格だ。即座に却下しようとするアイビーに、ヴィーは容赦ない攻撃を与えた。


「そういえば火喰いグマは胆のうの他に毛皮も高価で取引されてるんだって。たかがオムレツ一つで高価な素材が二つも手に入る機会を、まさか守銭奴のアイビーが見逃すはずはないよね?」

「う、うぅぅ……。その話、乗った!」


 目先の欲にとらわれたアイビーはやすやすと、ヴィー(悪魔)の甘言に乗ってしまったのだった。


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