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静天遠く  作者: トカジキ
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未だ解らぬまま 一

 澄み切った空から降る雪は美しく、穏やかだった。手が悴んでくるが、ノークは、早朝にこの景色を庭で見るのが好きだった。

 秋は終わり、穀物は今年も例年並みの収穫だった。穀物が有り余るほどの生産能力がある帝国は、基本食べることには困らない。職を失くしても農民になるか、軍に入ればとりあえず飢えはしのげる。近年、帝国は流民というものをほとんど出していなかった。

 軍議室に入ると、暖炉が盛んに燃えていて、暖かかった。

「肩はまだ治らないのか?ロフト」

 ロフトは苦笑しながら、今しばらくかかるそうです。と言った。

「春までには、治るらしいのですが」

「そうか。焦るなよ」

「気を付けます。今日は繰り上がって昇格した将校を連れてきました」

 四人。ノーク―三十―より若いと思わせる者や、既に髪に白い物が混ざっている者までいた。ロフトが順に紹介していき、最後は一番若く見える、かなり気弱そうな青年だった。

「トルナス=リビルナ。二十八歳。グリナッド方面の総指揮官です」

 既存の将校達が、ざわつく。

「ロフト殿、いくら何でも若すぎでは?」

 人事は全て―中央から派遣されてきた者以外は―ロフトに委任していた。だから文句はない。だが、その人事が失敗であったら、責任は自分がとる。

「そんなことはありません。彼の実力は既に証明されています」

「ロフト様、それは買い被りすぎです」

 トルナスが、初めて声を上げた。

「そんなことはない。先の戦で指揮官の死を知り、壊滅と言ってよい状態から兵をいち早く纏めあげ、追撃を阻止したのは、トルナス殿だ。さらにカーインの放棄を素早く決定し、膨大な量の備蓄品を一も失わなかった」

 新人の三人が肯いていた。既存の将校も、大半は納得したようだった。

「さらに」

「もういい、ロフト」

 咳払い一つ。

「すいません。少々熱くなってしまいました。私からの報告は以上です」

 そのあとは淡々と他の報告が続いた。

 軍議が終わり、ノークは意図的に各方面―グリナッド、ルゼイラ、ナスク―の指揮官とロフトを残らせた。

「クラウクセス城は、まだ落ちないのか?」

 クラウクセス城は、ナスクの難攻不落の城で、トルナル、レイオンと言った要塞と連携し、帝国を拒み続けていた。

「申し訳ございません。ありとあらゆる手を使っているのですが」

 クラウクセス城は高い山の上にある。何度も補給線を切ったが、山自体が穀物庫となっているため、飢えることなどなかった。

「攻めの方法は、任せる。さて、グリナッドのことだが」

 静寂が、大きくなる。大きく息を吸い、一気に、吐き出すように、言った。

「俺が攻める」

 驚く者、然りとした顔をする者。

「ルゼイラはどうするのです?」

「次の一戦でグリナッドを、潰す。グリナッドさえ潰せれば、ルゼイラ、ナスクを潰すことなどなんの造作ない」

「そう簡単には」

「いや、そうでもない。グリナッドは、皇国と共闘条約を結んだ。こちらが攻めるか攻められれば、皇国がでてくる。出てくるのは多分ラージダル関門のシドル。もしそいつをこっちに抱き込めれば」

 皆、息を呑んだ。

 皇国と帝国の対立を軸とした秩序の構成は、崩れかけていると感じていた。

 軍議は終わり、部屋にはノークとロフトの二人が残った。

「ノーク将軍、願いがあります」

「何だ?」

「征服した土地の民のことですが」

「解っている。たとえ上がなんと言おうが一人たりとも帝都には送らん。略奪も許さん。ただ」

 問題は、魔軍だった。戦場ではノークの指揮下に入るものの、それ以外の時は自由行動権が認められていた。それも帝王の勅書を持っているため、手が出せない。

「難しいですね。余計な血を流したくないものです」

 それはノークも同じだった。 帝王のために戦ったことはない。今の帝王に、忠を誓ったこともなかった。今の君主に誓う忠などない。と考えていた。言うなれば、帝国という、国そのものに忠を誓った。しかし、次の君主が愚かでなければ、考え方は変わるかもしれない。

「本当に、良いんですね?」

「何がだ?」

「グリナッドを潰して」

 しばらく、黙っていた。グリナッドという国自体は惜しくも何ともない。リークが、惜しかった。

「もしここで潰れれば」

「二度と戦えない。と言う訳でもないだろう」

 リークは、心の師と言ってもよかった。会ったことは一度もない。が、今の自分があるのはリークがいたからだった。リークに対する、憧憬、尊敬と言った感情が、二十年前の自分に浮かび上がってきたのは、リークが変革の時、名も無き一人の少年から、大陸全土にその名を轟かせるようになったからだ。それに触発され、軍に入った。今思えば、単純過ぎる理由で何とも言えないが、昇るところまで昇り詰め、今、この将軍という位にいる。

 憧憬や尊敬の気持ちは今も変わってはいなかった。

「皇国の将の抱き込みは、慎重にな。影部に見つかるなよ」

「影部に気付かれなければ何ら難しいことはありません。それが難しいのですが」

 影部には、かなり前から悩ませられていた。潜入から、攪乱、暗殺までする組織だった。その規模は未だに掴めていない。多分、それを知っているのは、リーク以下数名だろう。しかもどこに潜っているかも解らないため、手の打ちようがなかった。帝国にも裏の組織はあるが、影部には遠く及ばなかった。

「計画が露呈しても、グリナッドから撤退ということはない。数で押す」

 ロフトは頷き、静かに、部屋を出ていった。

 なぜ俺は、戦っているのか。今まで何度も、自分に問い聞かせてきた。帝ではなく、国に忠を誓ったとしてきたが、帝と国は、イコールで結ばれる存在だった。単に戦いたいだけなのかもしれない。強い者と戦い、越える。越えたいだけなのかもしれない。答えを見つけるために戦っているのかもしれない。

 兵を叱咤する、ロフトの声が響いていた。

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