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静天遠く  作者: トカジキ
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空はあおく 三

 大地が金色に染まっていた。既に刈り取りが始まっている畑もある。

 際どい戦いだった。もしかしたら死んでいたかもしれない。いや、何度も死んだ。

 兜が弾け飛んだとき、もう少し下にずれていたら、あの矢は、兜ごと頭を貫いていただろう。

 敵将の剣が止まった。男だったら、斬られていただろう。

 不意に虚しさが浮かんできた。運に助けられたのが、嫌だった。

「確かに、戦場では運に頼ってはいけない。けど、それは頼りない運だろ?」

 王都へ行く道中、トウエと話していた。

「そうですが」

「運と言うより偶然と言った方がいいかもしれない」

「偶然」

「戦では、偶然がいくつも重なることがある。偶然に頼ってもいけないけど。それは解るだろ?」

「ですが」

「そんな深く考えなくてもいいと思う。死ななかった。生きている。それだけでいいんじゃないか?」

 言葉に、詰まった。遠くを眺めると、木があり、山があった。

「トウエさんは、死ぬのが怖くなるときがありますか?」

 やっと出てきた言葉が、それだった。馬鹿なことを聞いた。死を恐れて、戦になるのか。

「正直、怖くなる時もある」

 驚いた。戦場で死を恐れるのは、臆病者だけだと思っていた。

「もしそれが、意味のない死だったら。意味のある死は、怖くない。けど、意味のない死は、怖い。敵の追撃を止めようとしたとき、無謀だと思った。死ぬとも思った。ただ、怖くはなかった。自分が死んでも、それは時間稼ぎになる。その間、幾人もが助かる。仲間のためなら死ねる。自分は弱いから、そう思っている」

 仲間のためなら死ねる。それは、信じていいのかもしれない。

「弱いなど」

「いいや、弱い。リークさんに話したら、それは幻想だと、笑われたけど」

 仲間を信じているからこそ、仲間のために死ねる。

「リーク様は、仲間を信じていないのですか?」

「そんなことはない。あの人は誰よりも仲間を信じてるし、誰よりも仲間の為に戦う。この間もそうだったろ。誰も六人で数万の敵に飛び込んで仲間を救うなんてことは考えない」

「ならなぜ?」

「人間は、一人だ。リークさんは、そう言った。その意味は、今もあまり解らない」

 レタール城から南西のルアール城へ行き、そこから真南に行けば、王都ミレラームに着く。

 ミレラームは大きかった。大きいとは言え、国内の他の城より少しばかり大きいだけで、国外の都と比べるとかなり小さい。しかし、レタールなどの辺境と比べると、賑やかだった。 元来、グリナッドの王都はもっと南にあったが、纏めきれなくなった二代前の国王が、トレスゴ公に領土の南半分を割譲したため、元の王都ラルブルクはそのまま公国の都になり、グリナッドの都はミレラームとなった。

 五百の兵を城外に布陣させ、リルはトウエと、数人の護衛と宮城へと向かった。

 宮城では、儀式的な祝いの言葉が王から述べられた。リルは、儀式的な行事が嫌いだった。

 長々しく、しつこい。受け答えはすべてトウエがしてくれているが、自分だったら、発狂しかねない。

「これからどうする?」

 儀式的な行事が終わり、解放され、大きく息を吸い込んだリルに、トウエが問いかける。少し悩む。

「兵達に自由にしていいってのは、自分から言っておくよ」 礼を言って、その場を立ち去った。

 何もすることがなかった。

 太陽が、真上に上がった。午前中はずっと通りをうろついていた。腹が減ったと思いつつ、においに誘われるがままに、飯店へと入っていく。

「リルか」

「スレイ」

 一人の懐かしい友の顔があった。その男は、リルと同じテーブルの反対側に座った。

「久しぶりだな。この城はお前の噂で持ち切りだぞ。戦場に咲く花ってな。誰からも声を懸けられなかったのか?」

「そんな話は聞いたことがない」

「それはそうか。顔を知ってる奴はほとんどいないだろうしな」

 スレイは、士官学校時代のリルの、数少ない親友だった。女だからと言って、敬遠はしない、手加減はなし。だから、話しやすかった。

「お前は、軍に進まないで何をしているんだ?」

 スレイは将校の推薦を受けていたが、蹴った。

「今は、城である人の護衛をしている」

「ある人?」

「セプリキア王女」

 器官に水がつまり、咳が止まらなくなった。

「の、妹のフィフ様だ」

「貴様、騙したな」

 咳が止まらない。昔からだが、何が言いたいのかが解らない、この男は。

「何だ?そんなに変か」

「当たり前だ。何で軍を蹴った奴が王家の護衛なんだ」

「人間仕事がなければ食っていけん。私は、軍だけは嫌だ」

「お前が私というと滑稽だな。仕事はどうした?」

「少し交代してもらった」 この男が作る笑顔は柔らかい。言動も、さっぱりしている。リルより二つ年上だが、気軽だった。

「そうだ、王女がお前に会いたがっていた。話を聞きたいそうだぞ」

「セプリキア様が」

「一緒に行くか?」

 会いたかったが、躊躇いがあった。

「いや。もう昔のようにはいかないだろう。身分だってはっきりしてる。それに話すようなことは何も」

「戦の話とかかな。と言うかその話しかできないか」

「どういう意味だ?」

「別に。まぁ、仕方ないか。俺。いやいや、私は仕事があるから、ここらで失礼させてもらう」

 また、会えるといいな。そう言ってスレイはゆっくりと出口に向かった。

 翌朝、思い残すことなく、王都を発った。

 レタール城に着くと、リークはいなかったがテトラはいた。

「リークさんは今、カーイン城に行ってる」

 城の一室、広くもないが狭くもない会議室で、テトラと話していた。

「処理がある。それくらい私でも解ってる」

「しかしリルは凄いな。そんなに剣が振れて。私は、人並みにしか振れない」

「人並みに振れれば十分だと思うけど」

 テトラの歳は二十五。他に誰もいないときは敬語は使わない。

「そうか」

「それより気になることがある」

「何?」

「カーインを奪った。これから積極的に帝国領内を攻めに行くのか?」

「難しいな、それは」

 地図を眺めながら、軽く流すように言った。

「確かに、セイハス、クナシラと言った城を攻めれる。けど、攻めればこちらが疲弊する。そこをノークに突かれると痛い。もし奪うのなら、短期間で素早く奪わなければならない」

「帝国領内の収穫高は半端な量ではないと聞いた。それを後ろ盾に籠もられると、短期間では落とせないな」

「その通りだ。それに上手くいったとしても、途中から進めなくなる」

「近衛万軍か」

「そう。百万はいると言われている」

 重い、響きだった。グリナッドは、必死に兵を募っても五万が限界で、それ以上増やそうとすると、兵糧の問題が出てくる。

「国力の差が顕著に出てくるな、この問題は」

「しかし万軍は士気が低い」

 扉の方から響いた女の声は、妙に落ち着いていた。

「この軍は、ただの壁。大半の者は食べるためか、囚人です」

「クシル。いつからそこに?」

「つい先程」

 扉を開けた気配がなかった。うっすらとした笑みを浮かべ、足音も起てずに近づいてくる。リルと違い、肩で揃えられたその黒髪は、明るい印象を与えるが、彼女は、国家の影の部分を司る、影部と呼ばれる組織の総長をしている。

「手強いのは中核である十万ほど。ただそれは他の国の侵略に備えるためではありません。ノークです。ノークが怖いのです」

「ノークが怖い。か」

「しかしノークが反旗を翻すことなどないでしょう。不満は大きいでしょうが」

 外で風を浴びると、既に秋の風だった。これから冬がくる。冬がくれば春は待ち遠しい。今年も、長い冬になりそうだった。

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