空はあおく 二
この隊は誰にも止められない自信があった。自分はその中の一人なのだと、誇りに思った。
この人に付いていけば死ぬことなど無いのだろう。いかに無謀だとしても、付いていける。五百の騎馬が波のように押し寄せる。リークは、その先頭を投げ飛ばした。 騎馬が、一瞬怯んだ。横に広がった隊がリークを先頭に敵中に飛び込む。流石に、五百の壁は厚い。だが、勢いが止まることは無かった。
壁を抜けると、次は人の波。その中に孤立した小隊がいた。リークは、これを救うためだけに引き返したのだ。一人でも多く、生き残らせるために。
トウエは、手の甲に付いた血をなめた。背中が、泡立つ。歩兵を蹴散らし、孤立していた小隊を救出した。すかさず、次に向かう。砂埃で前が見えない。それでもリークは駆けていた。その後を必死に追う。位置を覚えていたのだろう。目の前に、勢いを失い、消えかけた隊がいた。
剣を振るのが、必死になってきた。それでもやめない。やめられない。壁を破る。
「これより帰還する。全員、後れをとるな」
帰還。リークの後ろにいたトウエがそう叫ぶと、後ろで次々に同じ声が挙がった。リークが叫んだ、行くぞ。今までに感じたことのない高揚感。必死なんだ、みんな。敵も味方も。だが、生き残るのは自分達だ。
激突。敵の騎馬の数は、確実に増えていた。一人、剣を首に突き立てた。横にずらす。吹き出た血がかかったが、構わない。二人、胸に剣を突き立てた。一瞬、抜けなかったので、思い切り引き抜いた。
それからは無我夢中だったので覚えてないが、気が付いたときは、既に敵中を抜けていた。敵は追撃を掛けてきている。
「トウエ、クセス。俺についてこい」
急にリークが反転した。トウエもそれに続く。
三騎だけで敵を止めようとしている。無謀すぎる。心臓が跳ね上がる。
やるしかない。つべこべ言わずに。死ぬのが、怖かった。ただそれは、昔の話だ。いつしか、仲間のためなら死ねると思うようになった。それをリークに言ったら、即座に否定された。
それはただの幻想だ。それはおまえが、理由なしで死ぬのを怖がっているだけだ。俺もふと、死ぬのが怖くなるときがある。それを聞いたトウエは、初めてリークの弱い部分を垣間見た気がした。だが、リークは自分の弱い部分を人に見せることができる、強い人だというのにも気づいた。
だが、自分は弱い。だから、死ぬ理由がいる。リークは笑っていた。
隘路。道が狭くなった。出口に三騎だけで立ちはだかる。数百、或いは、数千の騎馬が迫ってくる。
リークの威圧は尋常なものではなかった。後ろにいても感じる。敵の動きが止まった。数日前の再現。敵はそれを感じたのか、狼狽える。リークが剣を敵に向けた。敵の狼狽えが激しくなり、崩れた。
伏兵などいない。
「行くぞ」
狼狽える敵の騎馬を背に、馬腹を蹴った。もう、追ってくることはないだろう。
凱旋。レタール城に着くと、その中は既に祭りだった。
夜、戦勝会が開かれた。
「いつも通り見事だったそうだな。トウエ」
カンルが隣にいた。カンルは、グリナッド方面の帝国軍を撃退した後、帝国領内にあるセイハス城を落とした。攻城、守城の巧みさにおいては右にでる者はいないと言われている。
「そんなことはありません。自分、はリーク様に付いていくだけで精一杯でした」
「何を。私など付いていくことすらできん」
カンルが、笑った。
「今回は、本当に死ぬかと思いました」
「全くだ。六騎で味方を救出。三騎で数千を食い止めようなど誰も考えん。昔からそうだったからな、あいつは」
「昔、とは?」
「ん?ああ、変革の頃だな、だからもう二十年くらい前になるんじゃないかな」
リークがなぜ変革に参加したかはよく解らない。そもそも、変革自体詳しく知らない。知っているのは、王の権力が剥奪され、権威だけになったということだけだ。今、グリナッドは大臣や官僚、小さな議会で動いている。
「あの頃は私も、いつも先頭に立って駆けていた。今じゃもうそんなことはないがな。知ってるか?あの頃のリークはな」
「昔話はその辺にしておけ、カンル」
「なんだ?聞いてたのか。これからが一番おもしろいところなんだが。そうだ、あの話はどうだ?最初に竜を見たとき」
「カンル」
リークに睨まれカンルは黙ったが、気になる。
「トウエ、明朝リルと共に王都に行け。王や大臣どもに戦勝の報告に行かなければならん」
「私たちは戦後処理がある。トウエ、若いもんは少し羽を伸ばしてこい」
羽を伸ばすつもりはないが、王都にいる兄弟達には会いたかった。
明朝、朝日が眩しかった。