新たなる秩序 一
また、春が巡ってきた。
ノークはこの一年、新たに領地とした旧三国の軍備に忙殺された。忙しい、と思う時間さえ無かった気がした。
ほとんどの事は上手く進み、最近、やっと暇ができた。だが、早急に解決しなければならない問題も多い。
「申し訳、ございません。私の、責任です」
ロフトがうなだれて、絞り出すように、そう言った。
「いや、お前の責任ではない。あの書簡は俺も何度も見直した。何がいけなかったのか、正直わからん」
リーグリー王国の、暴走。書簡には、機を待て、と書いたはずだった。
裏で書簡のやりとりを慎重にしていたが、何かに捕まれた。そう、考えるしかなかった。
四人に持たせたの暗号化された書簡。さらにその後、暗号を解くための鍵を持たせたものを二人、送った。
それを全て捕らえて、改竄。あるいは、偽装。
「影部」
「まさに。それしか考えられん」 知府(地方の長官)のカラートが、口を開いた。
「今回のことは、仕方が無かった。影部に目を付けられてしまったのなら、仕方が無い。そう、割り切ろう」
「しかし」
「カラートの言う通りだ。こっちは、そういう組織を育てている途中だ。しかし、一つ気になることがある」
「何?」
「影部が絡んでいるとすれば、リークも絡んでいることになるな」
「確かに。影部は奴の組織だからな。だが、それの何がおかしい」「グリナッドにいた頃の話ならまだしも、今は、共和国の将校の一人だ。独断なのかエンスと決めたのか。もし独断なら、一人の将校がこの大陸を動かしていることになる」
「影部がどれほど大きいのか、想像するのが怖いな」
「この件に限った事じゃない。グリナッドを潰したのも、リークの意志だったのかもしれない」
「書簡はこちらから送ったはずだろ?」
「いや、シドルにしては、やけに判断が速かったなと。こっちからは、ただ、グリナッドを乱せ。としか送っていない。元々あまり期待はしていなかったからな」
「なぜ、自分の国を潰す必要が」
「それは、わからない」
「闇穀の件も、影部が絡んでいる気配があるな」
「あぁ」
「単なる賊ではないのかもしれんな」
「何かが起ころうとしているのかもな。俺らには想像もできない何かが」
何が起こるというのか。単なる賊かもしれない。影部の気配があった。気配があるだけで、実際にはいないのかもしれない。
「闇穀については、出所はライグルだけではないだろうし、行き先はアリアスだけでもないはずだ」
「分散と貯蔵」
「この国の富を、少しずつ削り取っていくつもりなのかもな」
「考えすぎだ」
「念には念を押す。徹底的に洗い出す。それがこの国のためになると思えばいい」
カラートが、息を吐いた。
「ところで、魔軍のことだが」「報告は聞いた。グリナッドの西の方を荒らし回っていたらしいな。皇国に駆逐されたらしいが」
「グリナッドだけではない。彼方此方を荒らしている。どうにかならんのか」
「現状では、どうにも」
「このままでは、帝国に対する敵意を拭えん」
「帝王に直訴することは不可能でしょうか?」
ロフトが顔を上げ、口を開いた。
「難しいな。何せ私らは嫌われておる」
「中央との食い違いが激しいからな。そもそも、平時の独立行動権というのがおかしい」
しばらく、沈黙。
「戦時なら、おまえの命令には従うのだな?」
「まぁな」
「なら、魔軍を常時臨戦態勢にしておけばよいのではないのか」
「どうやって?」
「皇国と共和国と教国。この三つの国境に魔軍をおけばいいのではないか。そのためには、あちらから攻めるてくるか、こちらから攻めなければならんがな」「なるほど。その後も、臨戦態勢を解かずにその場所に留まらせる」
「そうなるまでは、お前が釘を刺しておいてくれ」
「わかった」
話は、これで終わった。
翌日、ミレラームへと行くため、スクレートを発った。
ミレラームは、シドルの軍が入った際、荒らされ、跡形もなく、焼き払われた。トルナスがその再建に尽力してくれたので、予想以上の早さで城郭は元に戻った。
ミレラームには、十四日で着いた。
「お待ちしておりました」
庁舎にはいると、トルナスが出迎えた。
相変わらず、気の弱そうな顔が気になった。
「見事だ。正直、ここまでやるとは思っていなかった」
「ミレラームは、トレスゴ公国に対する拠点でもありますから。ところで、今日はどのようなご用件で?」
「リバレッジ皇国と、トレスゴ公国に対するお前の意見を聞きたい」
「書簡でよいではありませんか」
「この手の話は直接会って話したい。それとも、俺がきたら迷惑か?」
「そのような意味ではありません。わざわざ総大将がこのような辺境に来なくても。そういう意味です」
「まぁいい。とりあえずお前の意見を聞きたい」
トルナスは軽く頷き、話を始めた。
「まずはトレスゴについてですが、降伏勧告を隠さず、公に出すべきです」
「公に」
「はい。裏で工作をされるよりも、各国の目を向けさせ、不自然な部分を作らないようにします。断れば、討伐。恭順の意を示せば、公族の命は保障します」
「リバレッジは?」
「こちらについては、何も申し上げることはありません。この戦争を終わらせる。その名分で、戦うしかありません」
「違うな」
「はい?」
「お前の考えていることはそんなことではない。俺はお前の考えを聞きに来たのだ。世論を聞きに来たわけではない」
「私は」
「俺の目を見ろ、トルナス」
頼りない目は、ゆっくりと、しかし、しっかりと、見つめ返してきた。