遠きいただき 一
一隊が、巧く岩壁に張り付いた。
そのまま行けば、中腹を制圧できると確信した。しかしその隊も、上から降ってきた岩に押し潰された。
山の頂まではっきりと見える晴天。頂に建っている、クラウクセス城が生々しかった。
包囲を始めてから半年、未だにクラウクセスは不落だった。数ヶ月しか持たないとされていた兵糧も、予想を遙かに上回る量が蓄積されていることも、最近わかった。
帝国の弱みは、いつも不正確な情報だった。前の代の将軍が、諜報戦を考えずに編成したため、優秀な間者が少なかった。
「クルノー様、一度退きましょう」
攻撃を中止する鐘を打たせ、一度幕舎に戻った。
「くそっ。まただ。十二万だぞ。十二万いても陥とせん」
クラウクセスにいるのは一万。トルナルとレイオンには、四千ずついる。
三国で征服していない地域は、唯一、ここだけだった。共和国を攻める際の、後方の憂い。憂いは、絶っておかなければならない。
「ノーク殿に出てきてもらうしかないのか?」
そんなことをしなくても、陥とせるはずだ。原野戦に引き込めば、勝てる。しかし、そう簡単に誘いに乗るような敵ではなかった。何度も試みたが、敵は守ることしか考えていないので、乗るはずがなかった。
地図を取り出した。山の、地図だった。今までかかった罠などが全て記載されてある。調べた壕や、洞窟なども載っていた。調べる度に、兵の数が減っていった。
竜による罠の破壊も考えた。しかし山全体に拒竜壁―法術―が張ってあり、近づくことすら出来なかった。
本来拒竜壁とは、城を竜から守るために必須なのだが、山に張るという話は聞いたことがなかった。どこかに、法兵がいるはずなのだが、その法兵の位置すら、断定することが出来なかった。
工作兵を潜り込ませてみたものの、見つけられたか、動けないかで、連絡が取れなかった。
何年、この城を相手に戦ってきたのだろう。
八年だ。八年、この城の相手をしていた。いい加減に陥ちてくれと、泣きすがりたくなったこともあった。
犠牲は、増える一方だった。
「罠の数が減らんな」
そろそろ尽きるのでは。と幾度も思った。思っただけで、尽きることはなかった。
「やはりここ放棄するのが」
何度も、考えた。が、考える度に、押し殺した。
意地。というつまらない感情でそれが出来ないのは認めていた。
鶏肋。捨てることが出来なかった。しかし、いずれは捨てなければならない。
そろそろ、潮時か。対共和国のことも思案しなければならなかった。手を引くなら、今が時か。例え手を引いたとしても、あの城はさほど害にはならない。
「しかし、だな」
そこで、言葉を切った。今は、その感情を捨てるべきなのかもしれない。そう、思った。
翌日、ロフトが視察に来た。
千騎を伴い、巡察へと出た。麓の罠はほとんどないと思われるが、万一の場合を考え、山には近寄らなかった。
「クラウクセス、トルナル、レイオンを包囲し、孤立させることはできた」
「それでも陥ちないのですか」
ロフトの声に、侮蔑が混ざっている気がした。
「正確な情報が無くてな」
「戦時です。戦時に正確な情報など、一握りしかありません。いえ、全ての情報に疑いを持った方がよろしいかと」
「質を上げることはできないのかな?」
「質の問題ではありません」
ロフトは確かに優秀だった。しかし、ノーク以外の将軍を軽蔑している感があった。
若造が。クルノーは、心の中で思った。