渦 三
前方に、千の騎馬。見事な横隊を組み、駆けてくる。
リルは負けじと得物を振るい、手綱を握りしめた。
ぶつかる直前、リルの騎馬隊は矢の形となっていた。その形のまま、敵を二つに割った。徒も飛び込み、乱戦となった。
もう一度敵を割ろうとした時、丘の上で声が挙がった。逆落とし。百騎ほどだか、ついさっきの騎馬隊とは全く違う圧力だった。
三百で受け止めようとし、素早く小さく固まったが、逆落としをかけた騎馬隊に、分断された。その騎馬隊はそのまま味方の徒をも分断し、勝負は決まった。
悔しさが、こみ上げてくる。唇を噛みしめる。これで何度目だろうか。
常にあの騎馬隊に注意を払っても、どこからか現れ、分断される。正面からぶつかり合ったこともあるが、見事に負けた。
アルヴァーノとレブンがいる、丘の上に登る。
「さすがはガクレンの騎馬隊だ。よくわからんうちに勝負が着いてしまった」
「リルの判断も良かったんでがね。素早く騎馬をまとめたとこが。しかし、相手が悪かった」
「戦場で、一番会いたくない騎馬隊ですよ」
エルブや他の将校も登り、最後にガクレンが登ってきた。
「見事だった。ガクレン」
ガクレンと呼ばれた男を初めて見た時は、驚いた。
完全な黒髪黒眼だった。両方とも黒いのはこの大陸では珍しく、魔の象徴という教国が作り上げたおかしな偏見があった。「実戦であそこまで上手くいくかはわかりません」
「だが、訓練でやれないことは実戦でもやれない。今回出来たのならば実戦でもやれる」
帝国は、グリナッドにトルナスを置いた。他の指揮官と比べると、どこか戦に消極的だった。言うなれば、武官の中の文官。統治を第一と考えてるとすれば、適任と言えた。
皇国への侵攻は、ノークが指揮すると考えられていた。予想兵力は少なくて八万。多くて十七万。しかし皇国にはクラウクセスと並ぶ難攻不落のラージダル関門があった。関門の兵力は最大で十万。いくらでも耐えきる自信が、皆にあった。
問題は、アリアス島だった。帝国に陥とされて以来、海岸線の守りに不安が絶えなかった。
「皆、野営地に帰るぞ」
野営地は山の麓にあり、水が湧き出ていた。
「暇そうだな、リル」
木のそばに座り、一人で火を眺めていると、ガクレンが声をかけてきた。
「ええ、もちろん暇ですよ」
「おまえが、俺の逆落としに反応出来たことには驚いた」
「偶然ですよ。偶然視界に入った。それだけのことです」
「それが凄いんだ。おまえが偶然と思っていても、あれは普通の人間では反応できない位置から俺はでたんだ」
「目測を誤ったんでしょう」
「いや、何度もやったが一度も反応されたことはない」
ガクレンは、海から来たらしい。嵐か何かで船が沈み、皇国に流れ着いたらしい。
本人は、何も覚えていないと言った。どこの国にいたのか、どうして船に乗っていたのかも。
多分嘘だろう。本人は全て知っている。勘だが、確信していた。
なぜ隠す必要があるのか。そんなことに、興味はなかった。
グリナッドの昔の仲間達が、急に懐かしくなった。共和国に流れ着き、遊撃塞を任されたと聞いたが、詳しいことまでは知らない。
クラウクセス城は、未だに不落らしい。
皇国でも軍人になったものの、リルをあまり好ましくない目で見る者もいた。グリナッドにいた頃はそんなことはなかった。
皆で皆を認め合い、認め合いながら皆で進む。リークの人をまとめあげる巧みさもあったろうが、人の目を気にすることなどなかった。
今は、偶に冷ややかな目を向けられる。
それでも、戦い続けるしかなかった。戦うことしかできない。
今は配下の軽騎三百を強くすることだけを考えている。
「リルは、家族がいるのか」
焚き火が消えかかる。静かに薪を加えた。
「いません。皆、戦で死にました」
「そうか。なら、何のために戦う?」
わかりません。そういい、火を見つめた。
ガクレンの瞳が、異様な光を発していた。どこか、リークに似ている。違うのは、優しさがないこと。
「戦うことだけしかできないから、戦っているのか?」
「その通り。かもしれません」
「寂しく、ないのか?」
「どういう、意味で?」
「人として」
「捨てました。とうの昔に」
それ以降、ガクレンは何も言わなかった。
関門に戻ってから数日。アルヴァーノから呼び出された。
部屋には、多数の将校がいた。
「最近、こことミレラームの間に賊が出没しているらしい」
関門とミレラームの間には都市が無く、大小様々な村が点在していた。帝国がグリナッドを占領してからは、この間は自然と空白地帯になっていた。
国家権力による治安維持がないため、賊が出るのも当然だった。
「しかもこの地域のほとんどの村は、皇国領となることを望んでいる。この地域を引き込めば、防衛線と前線を上げることが出来る。賊を打ち払い、皇国領とする」
グリナッドが戦場となることは耐えがたかったが、ラージダルから攻め込むのは、難しい。
しかしその地域を獲得し、城か塞を築ければ、攻めやすくなる。だが同時に、攻められやすくなる。
城塞の建築を、妨害してくる可能性もある。城塞を建築させておき、後から奪うかもしれない。いずれにせよ、城塞を築く場合も、築いた後も、帝国との駆け引きはある。
単に賊を討伐するだけなら、将校の数が多かったが、城塞を築くのならば、この数で納得できる。
役割が、言い渡された。