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静天遠く  作者: トカジキ
12/17

渦 二

 湖に霧がかかっていた。

 この景色が好きだから、毎朝ここに来ている。何が好きなのかは、自分でもよくわからない。

 好きなのだ。

 馬に乗り、しばらく湖の周りを歩いていると、霧の中に一つの人影があった。

 漁師かと思ったが、軍服で、見知らぬ顔だった。

「俺は、この景色が好きだ」

 リーグルは、驚いた。突然声を掛けられたからではない。自分以外に、この霧の湖を見るためだけに来ている人間がいることに、驚いた。

「私も、好きです」

 好きなら、良いのだ。それだけで、わかりあえることもある。

 しばらく二人で、湖を見ていた。

「今、この共和国は霧中だ」

 霧が晴れてきた頃、男は言った。

「ちょうど、俺たちのように」

 いつの間にか、霧は消えていた。向こう岸まで、はっきりと見える。

「だが、霧はいつか晴れる」

 男が、顔を向けた。

「見えなかったのが、見えるようになる。いや、目をそらしていたが、無理矢理見せつけられた。そんな感じかな。そう思うだろう?リーグル」

「なぜ?私の名を」

 男は湖の方を向き、目を細めた。

「この状況が理解できる数少ない将校だ。一目見ればおぼえる」

 この男はリークだと、確信した。

 時報の鐘が、鳴り響いた。

「大佐、私はここで失礼します」

 リークは、笑ったようだった。

 少し駆けると、すぐルートロード塞に着いた。

 要塞の中では、人が慌ただしく動いていた。いつ戦が起きるかわからない状態であるため、要塞内の空気は、緊張感があった。

 ルートロードは、ナスクとルゼイラに対する、第一の拠点だった。その二国が今回帝国領となったので、この要塞の重要性は増した。

 他に、遊撃塞が作られた。これは旧三国から亡命してきた将や兵をまとめるためのもので、リークを大佐とし、ここに遊撃隊を組織させていた。

 共和国は、皇国とは少し違う階級制だった。大将は、皇国は方面の指揮官を指すが、共和国では中央の司令長官を指す。方面の指揮官は、中将だった。少将は、その副官を指す場合が多い。さらに戦時には、特別階級として準将が設けられる。これには前線の総大将が最も信頼している人物を任命する。下級将校が選ばれることも、たまにだがあった。

 大佐は、兵科や隊の長である。リークが、遊撃隊という一つの大きな隊の長となることに、誰も口を挟まなかった。

 次の日の朝も、湖へと行った。

 やはり、リークはいた。

「大佐は、共和国だけで帝国に勝てると思っていますか」

  何度も繰り返し、エンス―中将―に言われた。エンスに呼び出されて質問されるたびに、最後にこの質問が出てきた。

 何度も国力を対比させてはみた。

 見えるのは、敗北だけ。戦う前から、敗北は決まっていた。これはまだ、エンスには話していない。

「どこを勝利とするかにもよるが、まず勝てない」

 現実を突きつけられた。今まで負けることなど、この国が滅ぶことなど、認めてこなかったが、やはり認めるしかないのか。

「そう暗い顔をするな。共和国だけでは、勝てないとは言った」

「では」

「それはお前が知っているはずだ」

 自分が、何を知っているのか。

「教国と、皇国」

 思い出す。一度だけ中将に話したことがある。教国と皇国との共闘。エンスは、それをおぼえていてくれたのか。

「それは、決して実現不可能な話ではない。自国領に他国の軍を入れない。それさえ守れば、帝国と互角に戦える」

 光が、見えた。小さいが、確かに見えた。

 しかしその光はすぐに消えた。

 教国とは国境沿いでは紛争が絶えず、皇国は遠すぎる。

「今すぐ。でなくともよい」

 早い方が良いことに代わりはないがな。

 そう言い、リークは駆けていった。

 これは自分だけでできることではない。まずはエンスを説き、次に中央を説かなければならない。

 道は、けわしい。


 道は、順調に出来ていた。

 わざとライグルで密売者を検挙させ、闇穀の道から目を背かせる。一瞬だったが、道を起動させるには充分な時間だった。

 ここ一年の間、何本もの闇穀の道を造った。闇穀の道とは言え、時には金となり、時には塩や鉄となった。そうして目的地に流れ着く。わざと違う行き先を教えておいたので、たとえ話したとしても、本当の行き先が割れることはなかった。むしろ、話した方が好都合だった。

 しかし徐々に感じ始めるだろう。感じ始めているのかもしれない。

 中央は、道を徹底的に潰しにくるだろう。しかしそれには時がいる。あと二、三年は安全だろう。

「先生。茶です」

 エクトの声で、ロートは目を開けた。

「だいぶお疲れのようで。少し寝たらどうですか」

「この道が軌道に乗るまでは寝れんよ」

「そうですか。それと、書簡が届いております」

 書簡を受け取る。名前は書いてあるが、偽名で、内容は暗号化されている。

「動き出したぞ、エクト」

 エクトは直立したまま、ロートを見ている。

「各地方の総督が決まった。ナスクにクルノー、東ルゼイラにアイアス、西にはキラス、グリナッドには、トルナスだ」

「予想通りですね」

「全く。今の帝国には人がいない。探せばいるのだがな」

 エクトは姿勢を崩さぬまま、うなずいた。

 この男は仕事では効率を求め、余計なことは話さないが、仕事以外で口を開けば、いつまでも話し続ける。

 エクトの、そこが好きだった。

「少し、外に出よう」

 エクトを伴い、屋敷から出る。屋敷には何人もの使用人がいた。他の大商人がしているように、自分もそうして、目立たないようにしなければならない。

 帝都は、いつでもにぎやかだった。

 そのにぎやかさが、帝国の隙だった。

 表がまぶしければまぶしいほど、裏が深くなり、見えなくなる。

 人だかりが、出来ていた。

 一人の男を、十人ほどの男が囲んで、睨み合っていた。

 それに興味を持ったロートは、人の合間からその睨み合いを見ていた。

「金は渡したはずだろう」

 囲まれている男が、あきれたように言った。

「いや、足りねぇんだなぁ。それが」

「足りない?」

「なぁ兄ちゃん。怪我したくないんだったらさっさと渡した方がいいぜ」

 囲まれた男は表情を崩さずに、溜息をついたようだった。

「どこへ行っても低俗は低俗か」

「は?」

 男は、顔を近づけた男の股を蹴り上げた。

 絶句し、倒れ込む。

 他の男たちが刃物を取り出し、斬りかかる。

 しかし男は、一人の腕をつかむと、投げ飛ばし、蹴り上げ、拳を叩きつけた。

 後ろで、エクトが感心したような声をあげた。

「おもしろい男を見つけましたね」

「あぁ、得体の知れない奴は大歓迎だ。だが、慎重にやれよ」

 エクトが、その男の後を追った。

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