渦 一
いつものように呼び出され、宰相の屋敷へと向かった。
屋敷の門をくぐると、庭にはたくさんの春の花が咲いていた。
綺麗だ。しかし、すぐに散るだろう。いや、花にとっては、散らなければならないのかもしれない。
花は知っている。永遠が美しくないことを。そして知らせている。永遠に咲き誇ることなど、人間の利己的な考えでしかないということを。
客室で少し待たされ、宰相の部屋へと案内された。
「ノークが、造反の輩ではないかと主張する者が絶えんのだよ。ライル」
そんなことはなかった。確かにノークは今の帝王に不満はあるだろう。しかしノークはそれだけの理由で帝国に逆らうほど浅はかでないことは、自分が一番知っている。
「何度も言いますが、それは中央とノークの、帝王と国との関係の認識のずれです」
「それは、何度も言った。所詮自分の身が可愛いだけの者どもなのだが。それに、今回の戦のやり方にも文句を付けている者もいる。皇国の協力を得ただのと」
「それは、仕方がないでしょう。戦争には、常に駆け引きの渦が巻いております。それに時代は動いているのです。信仰心など、あの地域にあるかどうかもわかりません」
「私はノークを信頼している。だからこういった声は、大きくならないうちにもみ消してしまいたい」
髪には、白いものが混ざり始めていた。それは年々増えている。
この初老の宰相が、今までどれだけ汚れてきたかは知らない。しかし、今の帝国をまとめているのは、この老人なのだ。
「画策と実行は、ロフトと聞いたが」
「その通りです。ロフトは元々、官吏を志望していました。なので軍人でありながら、軍人とは根本的な思考が違います。まさか皇国の将を引きずり込むとは、誰も思っておりませんでした」
「計画は成功した。ノークは征服した国を四分し、人を置いて納めさせるらしいな」「競わせるつもりなのです。その四人を。いかに素早く人心を掌握できるか。年齢が近い四人を選ぶらしいのですが」
使用人が茶を煎れた後、ジルトは人払いを命じた。
「そろそろ、本題に移ろうか」
「それほど重要なのですか?」
「そうだ。国の行く末を左右する民族のことだ」
「北の」
「そう。ライグル族のことだ」
ライグル族は民族意識が高く、帝国領に入り、自治を認められても、あくまで独立を叫んでいるため、不穏な空気が絶えなかった。
「何か動きでも?」
「ちょっとした、予兆かもしれぬが、思い過ごしかもしれね」
茶をすすり、一息いれる。
「実は最近、ライグルの地で穀物の密売が相次いで検挙されておる」
基本帝国では塩、鉄以外のものを売るのは自由だが、穀物は許可を得なければならない。
「それが何か」
「ふむ。出所は余剰穀物だ。しかし行き先はどこだと思う?アリアス島だった」
アリアス島。皇国の北。帝国の西。旧グリナッドの北西に位置するその島は、断崖に囲まれ、複雑な暗礁が迷路のように取り巻いているため、小さいが帝国が制圧に手間取った場所だった。
「何の、関係が」
「それがわからぬから、思い過ごしかもしれぬと言っているのだ」
「しかし思い過ごしでなかったら、これは大変なことです」
アリアス島は小さな島だが、島そのものが要塞のようになっているため、もしここで武装勢力が蜂起すれば、鎮めることは難しい。
「しかもどこを通ってあそこまで流れ着くのかはわからなかった。もしかしたら、想像以上に、複雑な道なのかもしれん」
「ライグルとアリアスの一斉蜂起。それを考えると」
「恐ろしいことだ。特にライグルは、帝都に近い。いくら近衛万軍がいようとも、奴らは湖を使うかもしれん」
帝都の北と東に伸びたその湖は、リア湖と呼ばれている。
「今懸命に調べてはいるが、もしもの時の対策を、副官であるおまえに任せる」
返事をし、その日はそれで終わりだった。
翌日から、対策を考え始めた。まずは、各地域の物流を調べることから始めたのだが、一般の政務の後にするので、なかなかはかどらない。
「これは一昨年の資料です」
補佐の一人のタージルが書類を抱え、机の脇に置いた。
「何か、わかりました?」
「少しな。これを見てくれ。昨年のだ。少しおかしな箇所がある」
「おかしな箇所?」
「どうも、これを見る限りライグルからここへ流れているようなんだ」
「そう言えば、一見しただけでは、不自然とはわからないようになっていますね」
「ここからどこへ流れるのかが解らない。道が、消えてるんだ」
「つまり各都市の官吏に協力者がいる」
「その可能性が、今一番考えられる」
前から、商人が報告書に記載しない、闇穀が問題となっていた。そのせいでもあるかもしれない。
「対外戦争は十分に耐えれますが、対内となると」
「難しいな。有能な将軍がいない。鎮圧は難しい。話は変わるが、私自身、お前はどう思っているかは知らんが、諜報の組織が欲しい」
「それは」
よい考えです。タージルが、語り始めた。